ちくま文庫

日本文学もおもしろい

『ちくま日本文学』刊行開始

尾崎翠は古びない

北村 ご自宅にはけっこう本があったんですか?

桜庭 文学全集と百科事典がダアーッとあったので、母親は百科事典好きでパッと開いた所を読んだりしていました。あとは図書館に行ったり、高校生になると自転車で市の図書館に行ったり、古本屋を回ったり、立ち読みをしたりとかしました。

北村 日本文学全集は、どの社の?

桜庭 日本と世界のがあって、箱入りでブーブー紙みたいので……。

北村 緑色だと河出だし、茶色だと講談社、青いと中央公論。筑摩、学研……。

桜庭 白っぽかったのがだいぶ茶色っぽくなってみたいな感じかなあ。けっこう大きくて二段組みで細かい字でした。

北村 このなかでおなじみの方は?

桜庭 その作家の全部を読んではいないのですけれど、内田百輭のすごく短い短篇が好きですね。夏目漱石では「夢十夜」、川端康成の「掌の小説」とか。北村先生の「六の宮の姫君」の中で、芥川龍之介がメリメを読んでいたんだよ、という話が出てきて、「あっ、そうか!」と思ったんですけれども、海外文学の影響があって、でも日本の雰囲気もある、そういう短篇がこの時代の作家にはあるなあと思いました。

北村 鴎外は「諸国物語」「即興詩人」など翻訳していますし、ドイツ語の講義を聴きながら漢文でノートを取っていた。二葉亭四迷の受けた授業では、ロシア語の朗読を聞いて、ロシア語で討論していた。文学者で語学が出来ないのは太宰治。

桜庭 明治の作家は外国のものを積極的に吸収したということでしょうね。

北村 いま、百輭を好きだという作家は多いですね。私が大学生のころは、なかなか手に入らなくて、古書店の文庫川村で戦前の「冥土・旅順入城式」を見つけて、読んだんです。本屋に百輭の文庫本があるという時代ではなかったですね。その後全集が刊行され、文庫になったり、そういうことを考えると、多少波があるにせよ、百輭は読み継がれていますね。また、明らかに百輭の影響を受けているなあという作家もいます。

桜庭 川上弘美さんなどそうでしょうか。

北村 そうですね。
 江戸川乱歩をお読みになりました? 日本探偵作家クラブ生みの親、ミステリー作家のお父さん、江戸川乱歩先生を入れていただいて、まことに感激です。もちろん、民俗学関係の三冊が入っているのも非常に特徴的ですけれども。

編集部 純文学と大衆文学が文壇的に分かれていた時代があって。だから江戸川乱歩とか寺山修司というのは、純文学作家ではないので、文学全集には入らない。宮沢賢治も、詩のアンソロジーには入るけれども童話というのは文学としては、まったく評価されなかった。尾崎翠になるとかけらもなかった。時代の評価というのはずいぶん変わってきますよね。

北村 かけらは私のころあって、「アップルパイの午後」は古書店を歩くと出ていたんですよ。

桜庭 尾崎翠は同じ鳥取の女性ということもあって、すごく好きな作家です。自分が育ってきたものに近い何かを感じます。物事をはっきり言わない感じとか、価値観がはっきりしない感じがすごく懐かしいというか、自分の育った土地の人の考え方だなあと。それに作品が時代に左右されないというか、古びてないですね。たとえば今生きていても同じようなことを書いたのかなと、不思議な印象です。少女マンガ的でもあって。「第七官界彷徨」がいいですね。

ためし読みにうってつけ

北村 足穂はお好き?

桜庭 やっぱり海外ものをずっと読んできたので、その影響があるような作品はすごく好きですね。同じ作家の作品でも差があります。森鴎外だと「最後の一句」「高瀬舟」とか……。

北村 面白さは人によって違いますよね。だから作家を読む、編集を読む楽しさを味わう。また、この並びの中で読んでみると面白い発見があったり。

編集部 宮沢賢治の巻に「銀河鉄道の夜」を入れてないのですが、駄目な作品というのではなくて、あえて外そうと。その枚数で他の物を入れようと。たとえば「毒もみのすきな署長さん」という、これは普通のピュアな賢治ファンはなかなか読まない作品なんですよ。悪い署長が、死刑になっても、あの世に行ってまた悪いことをする。ぜんぜん悔いない悪者の話で、これほど爽快な悪の話って、日本では珍しいのではないかと思うのですけれど。

北村 賢治が書いているというのが、ミソですね。この一冊で珍しい作品も読める。
 いまでも通用する、売れるという条件をクリアーして、林芙美子が入っているのがすごく嬉しいですね。この一月に出るちくま文庫の『名短篇、ここにあり』(北村薫・宮部みゆき編)でも触れているんですが、吉村昭先生が〈どんな好きな作家でもだいたい、全部読んでいくと、これはどうもというものが出てくるのだけれど、僕は林芙美子の短篇を読んで、裏切られたことは一度もない〉とおっしゃっている。

桜庭 えっ、そうですか。こう見ると、知っている作家は多いのですが、結構読んでない作品が収録されていますね。

北村 気になる作家は?

桜庭 そういえば読んだことがないぞと思うのは、宮本常一とかですね。開高健も「オーパ!」を読んだっきりで。

北村 宮本常一なら、「土佐源氏」なんかどうでしょう。最大の恋愛小説だという人もいますし。

桜庭 幸田露伴も、名前は知っているけれど、今まで手に取ってなかった。単行本ではなかなか買えないけれど、文庫だったら試し読みしてみて、気に入ったらもっと追っかけていけばいいですしね。

北村 露伴のエッセイは面白い。非常に物知りのおじさんが学をひけらかしつつ、いろいろ語っている。

編集部 「突貫紀行」は滅茶苦茶な旅行記です。露伴が北海道で電信技師かなんかで働いているんだけれど、東京に出て文学者になろうと思い、東京まで無銭旅行する。過酷な旅行で、ほとんど半死半生で、まさに突貫していく。

北村 私、父親の介護とかで精神的に追い詰められて、本が読めなかったときに露伴だけは読めた。不思議なもんだなと思いますね。

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