ちくま文庫

日本文学もおもしろい

『ちくま日本文学』刊行開始

父と息子、父と娘

北村 寺山は衰えないですね。

桜庭 一〇年に一回くらいはリバイバルみたいに、没後一〇年とか、二〇年で、書店に文庫が並べられるたびに買ってしまう。

北村 寺山のお母さんが亡くなられたのは、何年でしたか? あ、一九九一年一二月ですね。『ちくま日本文学全集』の寺山の巻が刊行された時は、ご存命だった。

桜庭 寺山修司のお母さんが生きていたっていうの、今すごく怖かったです。島尾敏雄の奥さんがついこの間まで生きていらしたというのも。ずっと前の時代の人という感じがあって。

北村 寺山のお母さんが太子堂に寺山修司資料室を作った時、「お亡くなりになって二年ですが」「お亡くなりになってないよ、今もいるよ、どっかに」「そんな気がしますよね」「いまもいるよ」と言うのです。

桜庭 なんか、本当に怖いですね。

北村 有名なエピソードですが、今日は何時に帰ってくる、八時に帰るというと、八時に焼肉を焼いて、その時間に帰れず一一時に帰ると、肉は火に載せたまま、真っ黒になっている。八時に帰るといったから、肉はおろさない。恐ろしい。

桜庭 お母さんの事は、よく書かれていますが、お父さんってあんまりないですか。

北村 娘が父を書くのはありますけれどね。

桜庭 男性の作家ってあまりお父さんのことを書かないのかと思ったんです。外国の小説を読むと、お父さんから自分のルーツ、移民だったら祖国を描いたのがあります。日本にはあんまりないのかなと思って。

北村 書き手の場合? 何人かいますよ。ただ、オヤジがやっている事を息子は嫌がることが多い、別のことをする。父と娘の話は胸を衝かれる話が多いです。幸田さんは父娘ともこのシリーズに入っていますね。
小堀杏奴は、父の鴎外が大好きで、学校から帰ってくると、いつも書き物をしているお父さんの背中をみる。赴任中でも留守のお父さんの部屋へ行く。やっぱりいないなあと。その日も、いないんだと思って部屋を開けると、お父さんの背中がばっとあって、「私は一生の間、あの時ほどの魂の震える喜びを感じたことはない」と書いています。胸がジーンとします。先ほどの軍服の鴎外の隠れた一面ですよね。

桜庭 いま、泣きそうになってしまった。

北村 桜庭さん世代では、百輭とか泉鏡花とかに対する言語抵抗というか、もう見るのも嫌という感じ方は、一般的なものですか。

桜庭 本を読む人と読まない人とでは、はっきりと分かれますね。読む人は習慣になっているから月に二〇冊くらい読むので、余り抵抗感はないのではないでしょうか。ただミステリーの読者でも、最近流行っている作家のものは読んで、意外とそのルーツの古典を読まない人とかも多いらしいです。逆に泉鏡花とかだったら、これを下敷きにしたマンガを描いている人とかがいらっしゃいます。その辺から入って読むのはあるかなあと思います。

北村 言語抵抗については、京極夏彦が売れているじゃないですかね。あんなに漢字が多いけれどね。

桜庭 いっぱい読みたいということはあると思います。何かすぐに読み終わるのはもったいないから、長いものはみんなすごく好きで読む。ゲームとかも、シナリオが長くないともったいないと、長い時間楽しめるものを読む。最近の小説を読んでから、これが書かれた背景にはこの作家を読んだという読書経験があるらしいぞと、連鎖して古典も読むということもあるかもしれません。世界文学とかは、最近、「カラマーゾフの兄弟」とかはやっているから余計に。なんか読もうという人は、ちょっと増えたかなあという気はします。

北村 桜庭さんはこれだけ本をお読みになっていて、どなたかと会話は?

桜庭 友達がみんな本を読まない人たちなので、この業界に入ってから編集の人と話すようになって初めて。だから、作家の名前など、間違ったまま読んでいる場合もあります。会話が出来るようになって、読む本に広がりが出てきました。

北村 外国で同国人を見つけたような(笑)。

桜庭 意外な国や時代に飛んだりするので、心の中の引きだしにグループ分けして入れているんです。『赤朽葉家の伝説』を出した時に、「イサベル・アジェンデが好きですね」と言われ、同じものを読んでいる人たちがたくさんいるって、すごく嬉しかったです。

作家の個性を生かしたカバー絵

編集部 桜庭さん、北村さんが日本文学の中でベストスリーを選ぶとすると? 作家より作品のほうがいいですか。

桜庭 そう言われると……、夏目漱石の「夢十夜」がほんとうに大好きなので、これが一番かも。あとは芥川龍之介の「地獄変」。いかにもの三本ですけれども、それと坂口安吾の「桜の森の満開の下」です。

北村 ベストということではなく、今、思い浮かぶ短篇を挙げていくと……。『ちくま日本文学』に入ってなくてもいいですか。高校時代に読んで、色っぽさがたまらなかったのが、泉鏡花の「櫛巻」。澁澤龍彦の「三つの髑髏」も忘れられない。小松方正の朗読が絶品だったのが、永井荷風の「雪解」。樋口一葉だと「別れ道」、これは入ってますね。当たり前すぎるけれど谷崎の「少将滋幹の母」とか「春琴抄」。桜庭さん、谷崎は?

桜庭 デビュー作の短篇「刺青」がすごく好きです。

北村 ところで、初回は六冊の刊行で、以後毎月二冊ずつですね。乱歩と太宰、安吾と三島、考えてますね。

桜庭 柳田國男と稲垣足穂が同じというのも面白いですね。

北村 夏目漱石と色川武大、微妙だ。

編集部 カバーの絵は安野さんですが、これは作家の個性を生かした絵ですから各巻違う。シリーズとはいえ、叢書として読めます。若い人には日本文学の入門書として、また、気になっていたけれど読んでないという人には、そういう作家だけ選べばいいので便利だと思います、一度手にとっていただけるとうれしいです。

北村 この編集に癖のあるところが面白い。ひとつ、読ませられてやろうかという気になります。

(2007.10.16 於山の上ホテル)

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