ちくま文庫

僕らの上の万国旗
『笛を吹く人がいる――素晴らしきテクの世界』(宮沢章夫著)解説

宮沢章夫さんから次々と出てくる万国旗とは? その魅力をよく知っているしりあがり寿さんならではの解説です。 宮沢章夫さん著『笛を吹く人がいる』の解説を公開します。

 察するところ、宮沢さんは口から万国旗を引っ張り出してるようだ。ズルズルと色とりどりの国旗をそれも猛烈な速さで。

 年に一度ボクはとあるイベントで宮沢さんのお話を聞く機会があるのだが、今年もすごかった。話題の映画監督の話から始まって、その監督のゴシップ→その子供の天才ぶり→昔の諺遊び、などなど話題が次から次へと引っ張り出されてゆく。聞いてるこちらはあっけにとられるばかりのスピードだ。それぞれの話題をつなぐ糸は細い、何の関係があるのかわからない、地元のアートイベントから、三十年も前の話にとび、世にもくだらない話もあれば、なんかちょっと大切な気にさせる話もあって、話はあまりに唐突につながり、森羅万象に及び、そして全てがオモシロイ。色とりどりの話題が次々につながって引っ張り出される状態。これをあの手品師とかがよくやる「万国旗が次々に口の中から引っ張り出される状態」でなくして何と言おう。

                             イラスト=しりあがり寿

 何であんなマネができるのか? 手品師はあらかじめ万国旗を仕込んでそれをわからないようにするのが大切なのだろうが、宮沢さんは違う、おそらく。あれはきっと「面白がる力」だ。面白いものを見つけてはそれを伝える力が尋常ではない。お話そのものは誰にでも起こる普通の事柄だったりする。でも宮沢さんはそれを瞬時に周囲三六〇度から検証し、笑える角度を探し当て、核心に潜り込み、それをえぐって伝える。

 たまに皆の前で宮沢さんと一緒に話をする機会があるのだが、ボクが発言したなんの変哲もないことを宮沢さんは面白がってくれる。普通の人ならスルーする言葉を笑ってくれる。いやー、あれは助かるよ。面白がるにはいろいろあって、嘲笑なんて嫌な笑いもあるけれど、宮沢さんのは愛でる笑いだ。他の人なら通り過ぎるくだらないものや、とりとめもないものを愛でる笑い、赦(ゆる)しの笑いだ。ちょっと変わってる人や日常のスキみたいなものや失敗や、そんな普通だったら恥ずかしいことを笑ってくれる。笑われて失敗は成仏するし、笑う方も楽しい。くだらないものを見て、くだらん! と怒る人生とくだらねーなーwと笑う人生では後者の方がいいに決まってる。つまり宮沢さんは世の中のしょうもないことを食べては万国旗にして吐き出してるわけだ。いやー、書いててさらにすごい人に思えてきたよ。

 そんな宮沢さんが今度は「テク」だ。テクノロジーでもなければテクノでもなく「テク」だ。いやー、あとがきには笑った。宮沢さんが大工さんのテク、あの耳に鉛筆を挟むテクについてえんえんと考察し自ら実践している。次の朝ラジオ出演を控えているというのに。原稿の締め切りで忙しいはずなのに。

 ボクがこれを読んで感じたのは「テク」があれば人間たいてい大丈夫だということ。ボクは学生時代、皆がサニー号と呼んでいた大変なボロ車にのっていたのだが、その車はラジエーターが腐ってて水が漏れてすぐオーバーヒートするし、エンジンのシリンダー内のブラシが摩耗しててエンジンがかからない。デジタルポンプからガソリンが噴き出るし、座席をとめてるボルトがどっかいっちゃって油断すると運転手がひっくり返るというシロモノだった。

 そんな車をボクはテクで運転してた。オーバーヒートしたらのっけてあるコーラ瓶の水をラジエーターに注げばいいし(ここ注意しないと熱湯が噴き出る)。エンジンがかからなければシリンダーの部分を、用意してあるブロックでガンガンたたけばシリンダーの位置が変わり、ブラシとまたどこかで接するようになってエンジンがかかる。もうどうにもエンジンがかからなくなった時には必ず友人をのせて走り、止まったらその友人と押しがけしてた。

 何を言いたいかというと人間、まぁなんとかなるのだ。ボロの車で知識も修理道具もないけど、身近なコーラ瓶とブロックを使った「テク」でなんとかなるものなのだ。

 そりゃあ人から見れば男がボンネットを開けてエンジンをブロックで叩き、何気ない顔で車をスタートさせてたら変だろう。当たり前のように男たちが笑いながら押しがけしてたら怪訝に思うだろう。だけど当人は何か誇らしかった。金も技術もないけどボクらはその場を「テク」でのりきってた。なんとかやってみせる、そんな自信に満ちていた。

 学生のころは金もないし、ソ連がアフガニスタンに侵攻して世界はきな臭くなるし、決して未来が明るいわけじゃなかった。それでも自分たちは自分たちでなんとかして、そんな「テク」でのりきれる妙な楽観的な気分があった。

 ボクは皆がホントに宮沢さんが口から引っ張り出してる万国旗を頭の上にぶらさげて暮らせばいいと思ってる。薄っぺらな布切れを細い糸でつなげただけのあのシロモノは、超大国のとなりに最貧国があったり、伝統ある王国に並んで内戦だらけの新興国があったり、世界中の国という国を無造作につなげた乱暴なもののくせに、色とりどりでどこか晴れがましい。ホント万国旗は小学校の運動会だけじゃもったいない。

 権威ある国際会議の会場にもあの安っぽい万国旗を張り巡らせよう、威厳ふりまく偉そうな国の頭上にヒラヒラさせてやれ。深刻に悩む若者の部屋にも万国旗を飾ってやろう。世界はクダラナイけど色とりどりで広いんだぞー。グローバルな企業のオフィスにもぶらさげてやれ、世界をつないでるのは小汚いヒモだ。

 そりゃあ世の中大切なこともあるし、深刻なこともある。熱くなることも何かに賭けなきゃいけないこともある。だけどその時でも僕らの上には万国旗がぶらさがってることを忘れてはならない。安っぽくてテキトーだけどにぎやかでどこか晴れがましい万国旗。きっとそれが僕たちの生きている世界。

 宮沢さんが口から引っ張り出してるものは実のところホントにステキなものだと思う。