ちくま文庫

“常に新しい”獅子文六の魅力

獅子文六『バナナ』解説

8月刊行のちくま文庫、9冊目の獅子文六『バナナ』より、読売新聞文化部編集委員・鵜飼哲夫氏の解説を転載いたします。ちくま文庫から始まったと言っても過言ではない昨今の〈獅子文六ブーム〉を当初から追いかけていただいた氏のとても興味深い解説文となっています。

 この小説『バナナ』のちくま文庫が書店に並ぶ頃は、作者である獅子文六の名前が久しぶりにテレビやネット上でも評判になっているだろう。獅子文六の最初の新聞小説を原作にしたNHK土曜時代ドラマ「悦ちゃん」が、二〇一七年七月十五日から全八話で放送されているからである。
 早くに妻を亡くした作詞家の中年男に、突然人生最大の「モテ期」がやってくる。それは、亡き妻の形見である悦ちゃんが仕組んだ ―― というストーリーの『悦ちゃん』が報知新聞に連載されたのは昭和十一年。「ママハハというのは、ママとハハが一緒になったンだから、一番いいお母さんなのよ」という悦ちゃんのシャレた言葉で締めくくられる小説は、同じ年に起きた二・二六事件の暗い影はなく、妻と死別し、再婚するという自らの境遇を明るくユーモラスに描き、映画にもなった。平成時代に甦るドラマの主演はユースケ・サンタマリア、娘の柳悦子を平尾菜々花が演じる。昭和十年の東京・銀座を舞台に〈昭和モダニズムあふれるお洒落なドラマをお届けします!〉とNHKの公式ホームページではうたっている。

 戦前を描いてもからりと明るくモダンだった獅子は、敗戦後の混沌と混乱、つまりは、てんやわんやの時代を描いても笑いにあふれ、新聞小説の多くが映像化される流行作家だった。先だたれたフランス人妻との間に生まれた娘とのことを描く小説『娘と私』は昭和三十六年春から放送が始まったNHK朝の連続テレビ小説の第一号となり、漫才師の「獅子てんや瀬戸わんや」の芸名も、代表作『てんやわんや』から生まれた。「ゴールデン・ウィーク」という言葉も昭和二十六年、『自由学校』が大映と松竹で競作され、お盆や正月の興行成績を上回ったことで生まれたという。
 昭和四十四年、文化勲章を受けた年に七十六歳で死去してからの人気も根強く、昭和三十四年生まれの記者も、学生時代から獅子文学に親しんできた。生まれる前の時代のことが大半だから、風俗などはいっけん古めかしいが、主人公は、それぞれの時代の世相に浮き沈みしながらなんとか生きようとする生身の人間たちである。風俗をいきいきと描く小説はとかく人物が点景になり、人間をいきいきと描く小説はえてしてその時代の風俗がただの物語の背景になってしまいがちだが、獅子の小説は、登場人物が時代の空気とともに息づき、その空気が時代特有の人間像を生み出すから、過去が現前し、においまでかいでいるような臨場感がある。だからこそ、古くなっても常に新しい。
 なにより教養がある。明治時代に開明的な明るさのあった横浜で育った獅子は、慶應義塾に進学し、二十九歳で渡仏、パリで演劇を学び、帰国後は文学座を結成するなど、文学・演劇、海外の素養があったから、教養があるというのではない。フランス時代には、「観劇記」をつくるなど勉強熱心な獅子は、小説を書くに際しても綿密に調査した。常に新しくなる学問や文化の蓄積を貪欲に吸収し、古い教養にあぐらをかく人ではない真の教養人は、人間のすばらしさから愚かしさまでを知り尽くす心豊かで、ユーモアのセンスが抜群。今日よりも先が見えなかった戦中、敗戦直後を生きてきた作家には、現実を諦観する恐るべき老成さと、そんな現実もまた変わっていくことを身を以て信じる若々しさが同居していた。

 それでも、流行は流れ行く。次第に本が減り、本屋の店頭で彼の名前を探すのは難しくなり、平成十四年には週刊文春の連載「人生は五十一から」では作家、小林信彦さんが、「いかに出版不況とはいえ、こういう作家〈獅子文六〉の作品が書店に全くないのはモンダイである。〈漱石が教科書から消えた〉どころの騒ぎではない」と嘆いていた。
 そんな中で、今日の獅子文六の再来ブームに火を付けたのは、このちくま文庫である。よく過去の作品を復刊するときは、いかにも名作の登場という上から目線を感じるが、このシリーズには、それが一切ない。平成二十五年四月に出したちくま文庫の第一弾が、『悦ちゃん』『海軍』『てんやわんや』『大番』『娘と私』などの代表作ではなく、昭和三十七年から三十八年にかけて読売新聞に『可否道』というタイトルで連載され、後に改題された『コーヒーと恋愛』だったことに、そのことが如実に示されている。テレビの草創期を舞台に、恋あり、愛あり、コーヒー道あり、昭和レトロの味わいがある作品を、今日の感覚で面白がり、〈昭和の隠れた名作、ご存じですか? 今年1番面白い小説 早くも決定していいですか?〉と手書き調の気合の入った帯文で、今の読者にアピール。〈年前の作品が、こんなに楽しく読めるなんて新鮮な驚き〉とダメ押しまでした。
 教科書の名作を見てもわかるように、いい作品だから読もう、教訓になるから必携と言われれば言われるほど読みたくなくなるのが若い頃の心情である。それを、どうも三十代とおぼしき若い編集者が、今読んで、面白いというのだから本を手に取った読者が多かったのだろう。なんとこの四年間で十九刷七万九千部のロングセラーになっている。その後の『てんやわんや』『娘と私』につづく、平成二十七年の第四弾『七時間半』も秀逸だった。東京―大阪間が七時間半だった時代、特急「ちどり」の食堂車で巻き起こる恋の三角関係を時々刻々で描くラブコメディは初文庫化という代物で、ファンである記者も読んだことがなかったが、その感想は、まさに文庫の帯文にある通り。〈今まで文庫にならなかったのが奇跡 こんなに面白い小説がまだあるんだ!〉。
 元華族の別嬪さんが活躍したり、氷冷式の冷蔵庫が登場したり、まさに時は昭和レトロだが、恋のキュートさは昔も今も変わらず、鉄道とともに恋模様を駆け抜ける疾走感あるラブコメであった。

 さて、前置きが長くなったが、本作『バナナ』は、〈超絶ドタバタ恋愛劇に読んだら止まらない面白さ〉と帯にうたった『青春怪談』などにつづく、ちくま文庫第九弾で、記者の生まれた昭和三十四年に読売新聞に連載された。
 最初の新聞連載を主人公の名をとって『悦ちゃん』とした際、新聞社から愛想がないから変えてくれ、と言われた獅子は即座に、漱石に『坊っちゃん』という小説があり、あんなに売れているではないかと、反駁したと、「出世作のころ」(昭和四十三年八月二〇日読売新聞夕刊)に書いている。漱石が『坊っちゃん』の後にも『門』など愛想のない題名の傑作を書いたように、漱石の『猫』のユーモアセンスを継いだ獅子も先の『七時間半』など愛想のない題の名作が続いたが、それにしても『バナナ』とはあまりにも素っ気ない。が、読めば、なるほど、日本人が大好きなバナナをめぐる人間模様が、いかに時代を映す鏡であるかが、よくわかる。文化人類学の鶴見良行が、バナナの生産現場の低賃金から、安価なバナナが日本人の消費者に届くまでにいかに高くなるのかを検証し、バナナに群がる多国籍企業の暗躍を描いた岩波新書の傑作『バナナと日本人』(一九八二年刊)に先だつこと二十年以上前。獅子は、まだバナナの輸入が自由化されておらず、輸入割り当ての権利をめぐって、専門業者や、ニワカ業者、加工業者がひしめき合っていた時代に、バナナをめぐる日本人の社会の滑稽と悲惨を描いた。連載を始めるにあたり、新聞では、「バナナは日本でならない果物なのに、日本人はバナナ好きで、バナナなしに、生きられない様子である」とし、このバナナが織りなす人間模様を書いてみたいと宣言している。
主人公は、若き日のフランス滞在で、美味なるものへ探求心を磨いた獅子と同じ、グルマンの在日華僑の呉天童で、何でもござれの食いしん坊だが、「自動車とバナナは、嫌い」と公言する人物。バナナの産地近くの台湾で生まれ、バナナが一本一銭以下の最も下級な果物であることを知っていたから、それをありがたがる人の気持ちがわからない。しかし、ひょんなことから長男、龍馬がバナナの輸入に手を出し、金をもうけ、あれやこれやの大騒ぎ。龍馬の恋人の名誉欲、一攫千金を夢見る恋人の父親、よろめき婦人となりかけた天童の妻……。バナナ一本、一皮むけば人間の金銭欲、権勢欲、愛欲、独占欲など欲望が乱舞するさまを獅子は否定もしなければ肯定もしない。やれやれと嘆息しつつも、人間という生き物の面白さを活写している。事業の展開で思わぬ窮地に陥った息子を救うために父、天童が最後にとった行動は天晴れで、幕切れは、食いしん坊らしい見事なせりふである。
「今晩は、神田のテンプラ屋の天丼でいいよ。明日の昼は、千葉田に頼んで、洋食にして貰いたいな。ロースト・ビーフの厚切りに、添え野菜を沢山つけてな。カラシも忘れずに
……」
 人間の欲望を笑いつつ、自分もまたその人間の一人であることを知る作家は、バナナに群がる人間を笑いつつ、バナナの皮に滑って転ぶ主人公を描く。これぞ人生の辛酸を知る大人の文学である。

【特設ページ公開中】忘れられた昭和の人気作家・獅子文六の時代がやってきた!

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