ちくま文庫

岩田さんと獅子さん

『七時間半』は長いけど短かい

 獅子文六という名前は、祖父が文学座で演出家をやっていたので、子供のころからなんとなく知っていた。けれども演劇方面では獅子文六ではなく、文学座の創設メンバーでもある岩田豊雄であり、その名前の方が、わたしには馴染みがあった。祖父も創設時から文学座にいたので、岩田さんには大変お世話になったらしく、普段の会話の中でも「岩田さん」という名前がよく出てきた。
 あれは祖母が亡くなったときだから十五年くらい前のこと。代々幡斎場で、祖母が火葬されているときに、祖父が若いころの思い出話をはじめた。
 あるとき、用事があって岩田さんの家に行くことになった祖父は、教えてもらった住所をたよりに幡ヶ谷の暗い道を歩いていたのだが、家がなかなか見つからなかった。困っていると、向こうの方にポッと明るい光が見え、「あそこだ」と思って歩いていくと、そこは斎場で、見えていたのは火葬の炎だった。
 気なのかドジなのか、そして、ちょっと恐ろしいのか、よくわからない思い出話なのだが、以来、わたしの中で岩田さんは、祖父に家を火葬場と間違えられた人になった。
 そして岩田さんのペンネームが獅子文六と知ったとき、炎の奥で獅子が猛っているような感じがして、ワイルドで威勢がよく、火葬というのもあいまって、憎悪にまみれた小説を書く人なのだと勝手に思っていた。
 だから「獅子文六」は「四×四=十六」をもじったという、ずいぶんふざけたものだと知ったときは、肩透かしをくらったような気持ちになった。さらに、ちくま文庫から刊行されている獅子文六作品を読んでいくうちに、炎の奥で憎悪にまみれた獅子というイメージは、わたしのどうしようもない勘違いだったということに気づいた。
 いまでは、勘違いのまま獅子文六作品を読まないで人生が終わらなくて、本当に良かったと思っている。
『てんやわんや』は、ユーモア満載のめっぽう面白い小説だった。『コーヒーと恋愛』は、ほんわりした気分にさせられた。『娘と私』は、不意打ちで胸に響くものがあり、何度も泣きそうになった。
 そして『七時間半』である。この作品は、東京から大阪へ向かう「特急ちどり」で起こる、てんやわんやが描かれている。つまり東京から大阪までの所要時間が七時間半なのだ。さらに列車という密室空間に多種多様な人物が登場してきて、それぞれ、大なり小なり問題や悩みを抱えている。陳腐な悩みだったり、深刻な問題であったり、いろいろある。このような人間が乗り合わせている列車の中で、次々と事件が起こる。悪事もあれば善行もある。
 男と女、恋の行方、色ぼけ、憎しみ、将来への希望、不安、酔っ払い、騙したり騙されたり、泥棒、策略、喧嘩、爆弾、肉、年増と若者、などなど、走る列車と一緒に、これらが進行していくのだった。
 設定や状況からすると、まるで手に汗握る息もつけない物語のようであるが、そうではない、ハラハラさせられる謎や、仕掛けもあるけれど、どこかおおらかで、ユーモアたっぷりなのだ。そこは獅子文六、とにかく飽きさせることがない。変にもったいぶったりすることはなく、、物語は車窓の風景のように、スパンスパンと心地よく進んでいく。読んでいると、走る列車の屋根を取り払い、上空から、一部始終を覗き見しているような気持ちになってくる。
 獅子文六にかかれば、七時間半の所要時間なんて、新幹線よりも速くて、快適なのだった。

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