piece of resistance

18 ビラ

なんでそんなことにこだわるの? と言われるかも知れないが、人にはさまざま、どうしても譲れないことがあるものだ。奥様とは言わない、本に書き込みはしない、ご飯は最後の一粒まで食べる、日傘は差さない……等々。それは、世間には流されないぞ、というちょっとした抵抗。おおげさ? いやいや、そうとは限りません。嫌なのにはきっとワケがある。日常の小さな抵抗の物語をつづります。

 昨今、巷で取り沙汰されているNさんと対面するに当たり、私に微塵の逡巡もなかったとは言い難い。なぜ彼女は取材を承諾したのか、本当に本人が現れるのか、現れたとしてそこで何が起こるのか――、約束の喫茶店へ向かう私の胸中には数多(あまた)のはてなマークが渦巻いていた。

 いざ対面の時を迎えてみると、しかしながら、そこにいたのは至極普通の主婦だった。
 37歳。二児の母。保険のセールスレディ。不健康にくすんだ肌の色からは生活の疲れが見て取れるも、その面差しや物腰に狂気の色はない。いわんや猟奇の色をや、である。
 やや気勢を削がれつつ、約二時間にわたるインタビューを試みた。
 炙りだされたのは諸種の巷説とは甚だ異なるNさんの真実であった。

 そう、むしろNさんは良心の人であった。真心の人であった。人に優しく――これぞ人間の第一義だと童(わらべ)の時代からご両親から口酸っぱく言われて育った。ある面、それが悲劇の始まりだった。
「友人や知りあいに優しいのは当然のこと、赤の他人に対していかに奉仕できるかで人の真価は決まる。昔から毎日のようにそう言いきかされてきたせいか、私、誰であれ、人に冷たくできないんです。冷たくすることに罪悪感がある。たとえば誰かに道を聞かれて、うまく案内できなかったりすると、あの人は無事に辿りつけたのか、私のせいで余計に迷ったのではないかといつまでも気になって、夜も眠れなくなってしまったり……」

 人に冷たくできない。そんなNさんの人生に艱難多きことは想像に難くないが、事実、彼女にとっては街歩き一つにしても容易なものではなかった。
 路上は多種多様な他人の坩堝である。その一部は通りすがりの人間に何かを求める。アンケートの回答。カットモデル。試食。手相見の相手。芸能人の不倫に関するコメント。
「断る」選択肢を持ち得ないNさんは、何であれ、求められたものを求めた相手に提供せずにはいられない。あな、その労たるやいかばかりか……と天を仰いだ私に、しかし、Nさんは淡々と語った。
「でも、アンケートや手相見やワイドショーのコメントは、そうしょっちゅうあることじゃないから、いいんです。一番つらいのは、やっぱり、毎日のこと。例外なくどこの街にもどこの道にもいる、あの人たち……そう、ビラ配りです」
 突如、Nさんの瞳が怪しく光り、私は我知らず固唾(かたず)を呑んだ。

 言うに及ばず、Nさんは路上のビラ配りに対しても不親切にはなりえない。たかだか紙一枚の受けとりを拒むとは言語道断である。
 よって、差しだされたビラは必ず受けとる。何であれ受けとる。選り好みは許されない。
「若いころは、それもさほど苦ではなかったんです。今思えば、私、身軽だったんですね。でも、結婚して、子供ができて、育児と仕事の両立に追われて……抱えるものが増えるたび、少しずつ事情が変わっていきました」

 仕事帰りにせわしなく夕餉の食材を調達する。腹を空かせた子供たちのため、日々、駅からの帰路を急ぐ。そんなNさんの右手には常に仕事の資料が詰まった鞄が、左手はスーパーマーケットの袋が握られている。
 そこに、数十メートルごとに立ちはだかるのが、野暮天なるかなビラ配りの面々――とりわけ我らが若松商店街にその数が多いのは諸君もご存じの通りである。
「ビラ配り自体は、いいんです。受けとれるときは、快くいただきます。でも、どうして彼らは、明らかに両手が塞がっている相手にまでビラを渡そうとするんでしょうね。今は無理だなって、見ればわかるはずなのに。たぶん、見ていないんですね。ただ機械的にビラを押しつけてくるだけの相手に、それでも、私は親切でいなければなりませんでした」
 Nさんの語調がにわかに険しくなった。無理もなかろう。数メートル置きにビラを差しだされるたび、我が子の空腹を思いながらもNさんは足を止め、左手のレジ袋を右手に持ちかえて、それを受けとらねばならぬのだ。
「とりわけ荷物の多い日、さんざん苦労して荷物を一つの手に持ちかえて、ようやくビラを受けとると、怪しげなキャバクラのビラでした。片乳2000円、両乳3500円と書いてありました。意味がわからないながらも私、なんだかたまらず泣けてきてしまって、その時、初めて親を憎みました」

 かくしてNさんは我慢に我慢を、無理に無理を重ねてビラを受けとり続けた。ビラを見れば立ち止まり、左手のレジ袋を右手に持ちかえ続けた。来る日も、来る日も、来る日も――もはやそれは「親切」の守備範囲を超えた自己犠牲の日々であったろう。
 臨界点は突然訪れた。
「自分でもよくわからないんですけど、まるで何かの啓示のように、ある時、急にひらめいたんです。両手が塞がっているのなら、口でビラをもらえばいいんだ、と。そこで早速、ビラ配りの人に向かって口を大きく開けてみせました。すると、相手が驚いて後ずさったので、追いかけました。差しだされたビラを受けとらないわけにはいきませんからね」
 以降、Nさんはビラ配りと出くわすたびに、大口を開いてみせるようになった。相手が逃げれば追いかける。執拗に逃げる相手は執拗に追いかける。
「やりすぎ? でも、最初にビラを差しだしてきたのは、あっちのほうですよ」
 彼女に返す言葉を私は持ち得ないが、ともあれ、これが、巷で取り沙汰されている〈ビラ配りを襲う恐怖の口開け女〉の真なる姿である。
     ――若葉商店街HP『leaves』に掲載された投稿記事「Nさんの真実」より。

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