世の中ラボ

【第89回】夏休みの課題図書を読んでみた

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2017年9月号より転載。

 夏休み。今年も読書感想文コンクールの季節である。
 読書感想文というものに私はそもそも不信感を持っていて、子どもには、感想文より書評を書かせりゃいいのにと考えてきた。
 えっ、読書感想文と書評のちがい?
 それは簡単。「自分のこと」を書くのが感想文。「ひとのため」に書くのが書評である。
 この年になって、しかも書評だけは掃いて捨てるほど書いてきた私がいうのもナンだけど、いまだに私は感想文が苦手である。子どもの頃は得意だった。教師が何を求めているかを「忖度」して書くという、イヤな子だったからである。だいたい感想文てのは自分の内面をさらけ出さなきゃ書けないわけ。そんな小っ恥ずかしいこと、できますかいな。この難題をクリアするには、大人のニーズに合わせ、大人が求める「正解」を考えるしかないのよ。
 そこへ行くと書評は気楽だ。そりゃまあ書くのは楽じゃないけど、内容をきちんと紹介できれば、それで目的の半分は達成されたことになるからね。書評が本の内容を伝えるルポならば、感想文はいわば私小説である。んなもの、書きたくねーわ。
 というゴタクはともかく、久方ぶりに「青少年読書感想文全国コンクール」の課題図書を読んでみた。課題図書は時代を映す鏡だったりもするのだけれど、二〇一七年の課題図書はどうかな?

みんな「心の闇」をかかえている?
 選んだ本は「小学校高学年の部(五・六年生)」の課題図書の中から三冊。高学年の課題図書は四冊あって、このほかに、臼井二美男『転んでも大丈夫』(ポプラ社)というノンフィクション(パラリンピックの選手とともに歩む義肢装具士を追った作品)があるんだけれど、今回はフィクションに限って読んでみた。
 まず、いとうみく『チキン!』。小学六年生の「ぼく」こと日色拓を語り手にした、これは転校生の物語である。
 日色の隣家の麻子さんの家に、ある日、真中凛(真中さん)という女の子が越してきた。麻子さんは日色の将棋友達。真中さんは麻子さんの孫だという。真中さんは日色のクラスに転入し、同じ班になったが、初日から連日トラブルを起こしまくる。
 音楽室に貼ってあるバッハの肖像画に「このおじさんの髪マジキモーイ」とケチをつけた女子にマジギレし、「人の外見をアレコレいうな!」と怒り出す。おとなしい子に描いていた絵を見せろと迫り、ノートを破いてしまった女子のリーダーにも〈あんたなにさま? っていうかバカなの?〉と意見する。
 真中さんの意見はいつも正しいが、融通がきかないのだ。
 ヒイロという名前を聞き、くすりと笑って「ヒーローか」といった真中さん。〈「ヒーローっていうより、チキンだけどね」/「はっ?」/「だから、チ・キ・ン」/「なんでぼくが鶏肉(とりにく)なの?」/真中さんはプハッと吹(ふ)きだした。/「ちがうよ、弱虫とか気が弱いヤツのことをチキンっていうの。さっきのケンカ、あんた見てるだけなのに腰(こし)ひけてたよ」〉
 この本は、なかなかおもしろかった。なんといっても真中さんのキャラが魅力的。空気を読まない天才で、クラスの中では浮きまくっているが、筋を通すところは絶対通す。将棋でいえば香車(きようしや)みたいな子。この子の一〇年後、二〇年後が楽しみである。
 だが、ここが児童文学というか課題図書の限界で、真中さんはじつは母を亡くしており、終盤には空気を読まない自身の言動を反省するに至るのだ。真中さんは日色への手紙に書く。
〈お母さんは、わたしのいいところは物事をまっすぐに見ることができるところだといってくれました。(略)だけど、ここへ来て、日色やクラスのみんなとごちゃごちゃになりながら、正直でいるというのは、自分の思いや考えを押(お)しつけるんじゃなくて、わかってもらおうとすることなんじゃないかなって、思いました〉。
 こうやって子どもは集団に順応し、個性をなくしていくのだね。
 戸森しるこ『ぼくたちのリアル』もまた、転校生が重要な役割を演じる物語である。
 語り手の「ぼく」こと飛鳥井渡(アスカ)は五年生。隣に住む秋山璃在(リアル)とは幼なじみで、父親同士も大学の同級生という仲だ。五年生になって同じ一組になったことをリアルは素直に喜ぶが、アスカは複雑な気分である。リアルは何でもできちゃうスーパースターで学年一の人気者。「地味キャラ」であるアスカにとって、太陽みたいなリアルはまぶしすぎるのだ。
 そんな一組に転校生がやってきた。川上サジ。目が覚めるような美少年である(サジのパパはフィンランド人だが、それは終盤までわからない)。学級対抗の合唱祭でアスカがピアノ伴奏を担当するハメになったことから、三人は一緒に行動する機会が増えるが、やがてアスカは気がつく。サジはリアルが好きなんだ。
〈ぼくもね、前の学校で好きな子がいたんだよ。好きっていいたかったけど、どうしてもいえなかった〉と語るサジ。〈だってぼく、その子からきらわれてたから。ぼくのこと、キモいとかキショいとか、いろいろいってたし〉
 スターと美少年とイイ奴の三人組。これ、おばちゃん好みのボーイズラブ(BL)小説だよね。BL小説がいよいよ課題図書になる時代が来たのか、と思うと感慨深いものがあるけれど、もっともそこは課題図書。スーパースターのリアルもじつは「心の闇」を抱えていた。四年前に四歳だった弟を海の事故で亡くしており、以来、母は心を患って、リアルとも会っていなかった。リアルが明るい万能選手でいるのは、本心を隠し、無理をしていたからではないのか。〈なぁ、リアル。どっちが、ほんとうの、おまえなんだ?〉

課題図書は「正しい子」を求めている
『チキン!』と『ぼくたちのリアル』は、同じ構造の物語である。語り手は目立たないタイプの男子。四月、ちょっと変わった転校生(真中さん/サジ)が来る。いろいろあってクラスには小さな変化が起き、やがて強いと思っていた子(真中さん/リアル)も自らの中にある弱さを認める。そして本当に強いのは地味な語り手かもしれないという余韻を残し、転校生は夏休み中に去る。
 現代版の『風の又三郎』ともいえるけど、結末が予定調和なんだよね。この二冊で「忖度感想文」を書くとしたら、どうするか。
『チキン!』の正解は見えている。日色の戸惑いか真中さんが抱えるトラウマに心を寄せ、彼女の変化を歓迎するのが常套手段だろう。「真中さんの行動にはさいしょ、私もおどろきました。でも、真中さんもつらかったのだと思ったら、気持ちが変わりました。私にもそれに近い経験があったからです」云々。
『ぼくたちのリアル』はむずかしいぞ。なにしろ男子が好きな男子の話だからな。「どうして人は人をすきになるのでしょう。私にはまだわかりません。でも、サジがリアルをすきな気持ちは純粋で、心を打たれます」ってな線でまとめます? それともサジの片想いは無視し、「私はリアルのような男の子にあこがれます。でも、リアルにも悲しいことがあったのです。私はいままで友達の苦しみを考えたことがあったでしょうか」みたいな線で行く?
 もう一冊残っていた。アン・ブース『霧(きり)のなかの白い犬』。これは中学生の女子を主人公にしたイギリスの翻訳小説だ。「わたし」ことジェシーは犬好きの中学三年生。白い子犬スノーウィをおばあちゃんが飼いはじめ、大喜びである。が、おばあちゃんが変なことをいいだした。〈スノーウィを撃(う)たれたくないのよ。いいえスノーウィだけじゃない、全部守らないと〉。おばあちゃんには認知症の疑いがあり、何かにおびえ続けている。
 さらにはここに家族や学校の問題がからむ。父は、移民労働者のおかげで会社が倒産し、現在はフランスに出稼ぎ中。ジェシーにはケイトという車椅子で生活する親友がいるが、面倒な性格の持ち主だし、いとこのフランは不良仲間とつきあっている。そんな中、祖父母に第二次大戦の体験をインタビューしてこいという宿題が出る。でも、おばあちゃんに戦争の話は聞けない……。
 これを読むと、日本の児童文学が甘く思えてくる。前二冊にも子どもにとっては重い過去が仕込まれていたが、それは家族の問題だし、物語の中心は学校での人間関係だ。一方、『霧のなかの白い犬』は社会問題てんこ盛りである。認知症、移民、いじめ、そして戦争。とりわけユダヤ系の級友の祖母が語るナチス体験(高齢者や障害者も犬も殺された)は重く、これが認知症の祖母の隠された過去を暴き出す。イギリス人だったはずの祖母は戦時中はドイツにいて……。
 結末はドラマチックだが、「忖度感想文」を書くとしたら、ひどく空々しくなりそうだ。小学生に認知症について想像せよと? ナチスを通じて反戦感想文を書けと? いや、認知症でも戦争体験でもいいのだが、日本にだって同様の課題を扱った物語は存在するのだ。足元を見つめるのが先、日本の作品をなぜ選ばない?
 しかし、あれだね、三冊読んでわかったよ。課題図書はやはり道徳的に正しい子を求めているのだね。美しい友情をはぐくみ、過去の過ちを反省し、未来に向かって生きろと読者を鼓舞する。
〈いまから思えば、ぼくとリアルの前にサジが現(あらわ)れたのは、ちょっとした運命だったのかもしれない。/あの夏、ぼくとリアルにはサジが必要だった。/そして、それとおなじくらい、サジにもぼくたちが必要だったのかもしれないって、いまはそう思う〉。
『ぼくたちのリアル』の中の一文である。だからさあ、そんなに簡単に結論を出すなって。人生は矛盾だらけだ。矛盾を抱えた結末のほうが、子どもに考えさせる感想文になると思いますけどね。

【この記事で紹介された本】

『チキン!』
いとうみく作/こがしわかおり絵、文研出版、2016年、1300円+税

 

〈面倒(めんどう)なことやトラブルをさけて生きてきたぼくのゆるゆるとした毎日は、真中さんによって一転した〉(カバーより)。いいたいことをはっきりいう転校生の真中さん。みんなは戸惑うが「真中効果」でクラスの中にもいいたいことをいう子が出てきた。しかし、真中さんにも辛い過去があり……。真中さんを助けるために「ぼく」がヒーローっぽい行動に出る終盤がちょっとわざとらしい。

『ぼくたちのリアル』
戸森しるこ/佐藤真紀子絵、講談社、2016年、1300円+税

 

〈ぼくたちは、すこしずつちがう。だから支えあえる。三人の少年の忘れられない夏の友情物語〉(帯より)。リアルこと秋山璃在は学年一の人気者。「ぼく」は彼に気後れしていたが、転校生サジの登場で距離が縮まり、文殊ならぬ「もんじゃの知恵」を出し合う仲になる。リアルに対するサジの片想いと、過去に不幸な体験を持つリアル。五年生の男子にしては大人っぽい気がするけどね。

『霧のなかの白い犬』
アン・ブース著/杉田七重訳/橋賢亀絵、あかね書房、2016年、1400円+税

 

〈少女の悩(なや)みと祖母が体験した戦争の歴史が交差する、深い悲しみと寛容(かんよう)を描(えが)いた物語〉(カバーより)。認知症の祖母には白い犬にまつわる辛い思い出があるらしく、始終何かにおびえている。一方、歴史の授業でナチスについて学習した子どもたちはヒトラーの真似をするようになり……。「わたし」ことジェシーは祖母の秘密に迫れるか。サスペンスフル長編小説だが、前半が退屈。

PR誌ちくま9月号

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