ちくま学芸文庫

『第二の産業分水嶺』文庫版解説

 本書が書かれたのが、1984年というのは驚きであり、かつ今読んでもとても新鮮である。本書は、「いま、時代は病んでいる。」という一文から始まって、「我々の経済は大量生産体制をとるのか、柔軟な専門化体制をとるのか。また、それぞれの体制において労働の果たす役割はどうなるのか。以上の点はまだわからない。その答えは、各国や各社会階層が自己の望む未来を思い描けるかどうかに、ある程度はかかっている」と結ばれる。
 いまから30年以上前に二人の著者が提起した問題はいまだ方向が定まらないようだ。とりわけ日本においては、21世紀に入って小泉政権のもと、「改革なくして成長なし」のスローガンを掲げ、2001年6月以降、毎年「骨太の方針」が打ち出された。その後アベノミクスがその路線を継承したものの、2016年時点で成長軌道に乗っていない。2015年10‐12月期の名目GDPは年率換算499.4兆円で、ピークだった1997年10‐12月期の524.5兆円を下回っている。
 この間、日本政府はデフレ脱却を掲げてきたので、目標としては物価も考慮した名目GDPが政策目標だったことになる。戦後において日本政府は一貫して著者らがいう第一の選択、すなわち「大量生産体制」の維持・強化を推進してきたようにみえる。企業サイドは残存していたクラフト的な要素をそうした政府の方針にうまく調和させてきたが、90年代に入ってバブルが崩壊したことによって、大量生産体制自体の硬直性が日本の長期停滞を招くこととなった。しかし、20年近くたってなお、デフレからの脱却はまだ道半ばであるし、消費者物価2%という目標に至っては、日本銀行の大胆な量的金融緩和政策にもかかわらず、ますます遠のいている(2015年12月の消費者物価、前年同月比ベース、総合指数で0.2%増、生鮮食品を除くベース0.1%増)。

第二の産業分水嶺

 山之内靖の「訳者あとがき」によれば、「本書の中心論点は(略)技術史的問題とそれを条件づけている社会的環境の相互作用に力点がおかれている」。そして、「技術的発展がいかなる径路をとるかを決定する短い瞬間を、産業分水嶺(industrial divide)とよぶ」(第1章)。「この産業分水嶺においては、一見まったく関係ないように見える社会的コンフリクトこそが、その後なん十年かに及ぶ技術的発展の方向を決定する」のである。だから、企業家や労働者、そして政治家が「とる行動は、長期にわたってその後の経済制度の有り様を規定する」。
 現在の選択は将来世代の運命を決定するのであり、重大な責任を負っていることになる。「最初の産業分水嶺は19世紀にやってきた」のであり、その後20世紀の四分の三はこの延長線上にあったことになる。いわゆる「巨大株式企業」(第3章)による「大量生産体制」の確立だった。この体制の「主導原理は、ある特定の製品を造るために必要な人間の技能が機械によって代行されうるとしたら、その製品を造るためのコストは一挙に削減される」点にある。
 その結果、このシステムは成功すればするほど、硬直的となり、かつ常に市場の拡大を要求するようになる。「大量生産体制は、非常に専門化された機械と、限定的技能に即して訓練された労働者に対する莫大な投資を必要とした」のであり、「この特殊製品の市場が衰退すると、資源は行き場を失った。それゆえに、大量生産体制は、単一で規格化された製品の莫大な産出量を吸収するほど大きい市場がある場合にのみ、利益を上げることができた」のだった。しかし、21世紀にはアフリカにまでグローバリゼーションは浸透し、市場の拡大もいよいよ先が見えてきた。まさに、「大量生産体制の危機」なのである。
 こうした指摘は21世紀の日本で現実のものとなって顕在化し、本書が指摘する第一の産業分水嶺の終わりがみえ、まさに「時代は病んでいる」といった様相を呈している。3.11以降、急速に世界の原子力発電所の建設が鈍ると、リーマン・ショック後、不正会計でなんとか凌いできた日本の大手重電メーカーが経営危機に陥り、さらに2015年になると、スマホやタブレット端末の市場規模の拡大が急速に鈍化したために日本の大手家電メーカーの一つも経営危機に陥った。
 著者はそこで、代替案を提示する。「今日我々は第二の産業分水嶺を通過しつつある」(第1章)という認識に立ち、19世紀、第一の産業分水嶺で棄却された「クラフト的生産体制」を再び採用しようと主張するのである。「既存のモデルにのっとって成長路線を再度打ち出せるような、より包括的な制度を構想するのは簡単だし、制度構築の政治的手段を見出すのも(全体の目標が混乱していても)簡単である。しかし、このような解決法が現実に実行されるかどうかは、国際政治の無数の未知の要因にかかっている」(第11章)とし、「このような国際的解決は、出てくるとしても、すぐということはありそうもない」と指摘する。
 TPPは、まさに国際政治手段による包括的制度の構築だったが、2016年の米大統領予備選挙において民主、共和党の指名獲得が有力視されるヒラリーもトランプもTPPに反対している。このような事態をまるで見透かしたかのように、著者は「各企業の戦略的選択の中から生まれてくる世界経済において、柔軟な専門化への移行を奨励する国は楽になり、ますます重要な位置を占めるようになる」と述べる。日本は閉塞感が強まり、苦しくなるばかりである。

人間の解放が招く21世紀日本の悲劇

 大量生産体制は先進国においてすでに役割を終えている。先進国における耐久消費財の普及率がそれを表しているし、日本ではコンビニの店舗数も人口当たりでみると、すでに北海道では追加1店舗は既存店の売上を減らすことになるだけとなった。大量生産体制のメリットよりもデメリットのほうが上回ってきたのである。スミスやマルクスが指摘していた「大量生産体制にたつ資本主義は、人間が歴史においてパラドキシカルなドラマを演じさせられているという証拠だ」というのが今の日本である。
 「パラドキシカルなドラマ」とは次のことをいう。「いくら満足してもまたすぐ新たな欲望が生み出されてくる世界の中においては、生存と繁栄を懸けた闘争は、生産効率の絶えざる革新をもたらす。しかし、この生産効率の不断の上昇は、分業と機械化の法則に従って、諸個人により厳しい制限を課すことになる。こうして、人間の解放は、専門化という非人間的論理に服従することとなる」。人間の解放が皮肉にも悲劇を招いているのである。
 こうした指摘は実はケインズも行っていた。「いずれ『経済問題』が人類の恒久的な問題ではなくなる日が訪れると、20世紀を代表する経済学者ジョン・メイナード・ケインズは考えてい」た(高橋伸彰『優しい経済学』ちくま新書)。「しかし、ケインズには一つの不安」があった。「それは懸命に努力するように訓練されてきた人々が、豊かな時代の生活を本当に楽しむことができるかどうかという不安で(略)その日が到来しても『なお、満たされない強烈な目的意識をもって富を追い求めるような人々が大勢いる』のではないかと懸念」していたのだ。
 高橋伸彰は2003年の同書で「このケインズの予言が二重の意味で的中したのが20世紀末の日本経済だ」という。未だ安倍政権は新・三本の矢で名目GDP600兆円を目指し、富さえ増やせばいいのだと「一億総活躍社会」実現のため働け、働けと大号令をかけている。人口減少社会にあってはイノベーションが切り札だともいう。
 たしかに、カール・シュミットが指摘したように19世紀が「経済主義の時代」で、20世紀が「技術の時代」であるのは間違いない。20世紀の成長理論である生産関数をみれば、資本(K)と労働(L)、そして「ソロー残差」としての技術革新(A)の三要素が生産量を決めるのであり、先進国では労働人口は大して増えないし(日本はすでに減少)、資本投入を増やせば、大量生産体制に拍車がかかり、90年代の日本や現在の中国がそうであったように過剰生産に陥る。
 残るはイノベーション(技術進歩)ということになって、第一の産業分水嶺以降の200年間は経済と技術が一体化することで、様々な問題を解決してきたのだった。今日それらはビッグデータの活用、第四次産業革命の象徴とされるIoT、その究極のAI(人工知能)に委ねられようとしている。第一の産業分水嶺が家畜などの動物性エネルギーを、化石燃料などを動力とした機械に置き換えて大量生産社会を築いたように、今度は、人類は人間の頭脳を機械に置き換えようとしている。近代において自然界の頂点に君臨してきたのは「人間は考える葦」だからである。大量生産体制の維持・強化は、その人間の定義を人間みずからの意志で変えることになる。
 著者が「第二の産業分水嶺の通過点」でヨーマン・デモクラシーの方向をとるべしとした1980年代から30年たって、現実は真逆の方向に向かっている。ヨーマン・デモクラシーは「集団的個人主義の一変種」(第11章)であって、「クラフト的生産の協調しつつ競争するという考え方を政治的にいい換えたもの」である。ヨーマンとは14世紀以降にイングランドで生まれた独立的自営農民であって、21世紀においては独立した小規模企業ということになる。
 著者の提案は、「新中世主義」(ヘドリー・ブル)に通ずるものがある。「過去と現在の理解が深まるにつれて、歴史を作ってきたのも未来を作っていくのも我々の選択である、ということが分かってくる」。あと、数世紀たって、決定的な誤りが21世紀のはじめの20年だったということにならないよう、願うばかりである。

 

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