ちくま学芸文庫

地域から考える国のあり方

ジェイン・ジェイコブズ著『発展する地域 衰退する地域』

「ジェイコブズ」といえば、一般的にはファッションデザイナーのマーク・ジェイコブスが想起されるかもしれない。しかし、建築や都市計画の分野でジェイコブズといえば、まっさきにジェイン・ジェイコブズのことが思い出される。
 彼女は常に都市を観察してきた。初期の論文である「下町こそ住民のものだ」は、ニューヨークの下町に住んでいたころ、突然の再開発計画によって慣れ親しんだ町がよそよそしい都市につくりかえられるという経験から書かれたものである。続く『アメリカ大都市の死と生』では、子育てをしながら感じた都市の安全性や親しみやすさについて語っている。特に、都心部の再開発や郊外型の開発において、工業地域、商業地域、住居地域など地域ごとに機能を定めるゾーニング型都市計画を批判し、商店と住居、古い建物と新しい建物、大きな建物と小さな建物などが混ざり合った都市の豊かさを評価した。
 さらに『都市の原理』では、目の前で起きている都市の変化が経済的な繁栄や衰退に大きく影響されていることを示そうとした。こうした経緯を経てジェイコブズの視点は広がり、都市だけでなく、都市と地方との経済的な関係性から国のあり方を考えるようになった。
 本書はこうした視点の広がりによって生まれたのである。本書の主張を一言で示すとすれば、「国の経済や地方の発展は、都市の発展なしには考えられない」ということになろう。そのためには、それまで都市の外部から調達していたものを自前で作り出すようにすることと、都市から外部へと売り出すことができるものを作り出すことが大切だという。こうして都市が発展することによって、都市と地方との関係が良好なものとなり、国全体の経済が発展するというわけだ。
 中山間離島地域で活動することが多い私にとって、特に第4章の「供給地域」に関する記述が興味深かった。農林漁業などを主たる産業とする供給地域は、それらを加工し、うまく販売する都市との関係性を切り結ばねばならない。ただし、時代に応じて関係を結ぶ都市を見極めなければ、都市地域の盛衰とともに供給地域も浮沈することになる。したがって、状況に応じて柔軟に(即興的に)関係を持つ相手を選ばねばならないという。同時に、供給地域の中に都市地域を生み出し、自らの地域で製品を生み出し、外部との経済的なやりとりを生み出す必要があるという。そうでなければ、いつまで経っても都市に依存する地域のままであり、若い人はどんどん都市へと働きに出てしまう。都市で働く若者が供給地域に住む両親に給料を送金し続けたとしても、そのことで供給地域が自立することは無い。自立した地域が数多く生まれることが国の豊かさにつながるというのがジェイコブズの主張だ。
 本書における「経済」は、概ね「物や金のやりとり」として捉えられている。しかし、「経世済民」という視点から考えれば、もっと広く人々の幸せをつくりだす要素について語るべきだろう。『アメリカ大都市の死と生』のなかで彼女が語った「近所の仲間と顔を突き合わせて暮らすこと」や「ふと通りがかりの友人に五〇円を借りること」などの価値が、都市地域や供給地域の「経済」的な価値のなかで語られていないのは残念なことだ。本書では、成功する地域と衰退する地域における価値の多様さがあまり語られていない。それは、本書に続く著作のなかで語られることになるテーマである。
 一九八四年に記された本書は、ジェイコブズの著作群のちょうど真ん中に位置するものだといえる。このあと彼女は、仕事の倫理について対話型で語る『市場の倫理 統治の倫理』や、暗黒の時代へと向かう都市に警鐘を鳴らす『壊れゆくアメリカ』などを著すことになる。遺作となった『壊れゆくアメリカ』では、「経済」を物や金の多寡ではなく、人とのつながりやゆっくりとした時間の使い方という点にまで広げて語っている。『アメリカ大都市の死と生』で語った価値の多様性と、本書で語った都市と地方との関係性とが、遺作に至って統合されたといえよう。ジェイン・ジェイコブズは二〇〇六年に永眠している。

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