ちくま新書

『世界史をつくった海賊』から『世界を動かす海賊』へ

 海賊問題に関心を寄せるようになったのは、いまから約一五年前にマラッカ海峡で日本の貨物船「アロンドラ・レインボー」が海賊に襲撃され、日本人船員が人質になり、貨物船が行方不明になったという事件の一報に接した時であった。ボートで漂流していた日本人船員が救助され、船体の色を変えるなど転売目的で偽装された貨物船は、インド洋で発見された。インド海軍が銃撃戦の末に、同貨物船を支配していた海賊を制圧。海上保安庁は日本人船員の救出に向けて情報収集を行い、巡視船と哨戒機ファルコンを東南アジア海域へ急派した。事件の全貌が明らかになるにつれ、この海賊の正体、さらに海賊の発生するメカニズムについてもっとよく知りたいと思うようになり、国際関係のテーマとして海賊に注目するようになった。
 マラッカ海峡での海賊事件を調べるため、シンガポールからインドネシアの島々へ何度も渡り、組織暴力としての海賊の「正体」を解明する作業が続いた。中型から大型の原油タンカーや貨物船を狙うのは、単なるコソ泥ではなく、組織化され、多国籍で編成された海賊グループであるという結論に至った。司令塔は香港などを拠点とする中国系、長刀で武装する実行犯は東南アジア各国から動員されていることもわかった。元軍人や元警察官が実行犯であることもあり、地元権力との「黒い関係」を匂わせる情報にも何度となく遭遇した。
 現代の海賊の調査を行っている過程で、「海賊とは何か」という根本的な問いかけから、海賊の歴史に図らずも引き寄せられていった。寄り道だったかもしれないが、現代の海賊問題にアプローチするためには必要な作業であったと思っている。悪事を働く海賊は、小説や映画の世界では、夢、希望、ロマンスを描くストーリーの主人公として登場する。人気を博するディズニー映画では、海賊が英国上流社会の令嬢と結婚し大活躍する。なぜ歴史上の海賊は、かくも美しく描かれるのか――前著『世界史をつくった海賊』は、そのような経緯で執筆した。英国の国家権力と一体化し、国王や女王のマシーンとして活躍したからこそ、海賊は英雄として扱われ、学校教材では「冒険家」「探検家」「冒険商人」として描かれたのである。スパイス、コーヒー、紅茶、砂糖を取引するために設立された東インド会社も、実はエリザベス一世に仕える海賊グループが提案し、資金と海賊船も提供したことが解明できた。英国は「海賊国家」として富を蓄積し、海賊マネーを元手に産業革命を推進したのである。
「海賊の世界史」を手掛けた後に、現代の世界へと舞い戻り、インド洋で民間商船を襲撃するソマリア海賊の研究に着手した。ソマリア海賊の「正体」を解剖し、日本や国際社会の対応を現地でつぶさに調査したのが、『世界を動かす海賊』である。
 ソマリア海賊が出没する海域は、アジアとヨーロッパを結ぶ海上貿易のメインルートであったため、海賊の出現は世界貿易に甚大な影響を与えている。ソマリア海賊の特色は、犯罪集団として高度に組織化された点、さらに人質ビジネスに特化した点に求められる。自動小銃AK47や携行型ロケット砲RPG7で武装し、母船と小型ボートに乗り込み、洋上でタンカーやコンテナ船などを襲撃する。標準装備のGPS(全地球測位システム)と衛星電話を母船に積み込み、二〇人前後でチームを編成して、民間商船を狙う。船長や乗組員を人質として拘束し、一年間に約一〇〇億円以上の身代金を獲得してきた。それもすべて米国一〇〇ドル紙幣のキャッシュである。
 このソマリア海賊に対処するために、世界が動いた。米国、英国、欧州などは海軍の艦艇を派遣し、日本も海上自衛隊の護衛艦二隻(海上保安官八名同乗)をアデン湾に派遣している。そうした取り組みの一部始終を余すところなく伝えたい――それが本書執筆の強い動機であった。

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