単行本

五回読んでも、まだ面白い

『笑う子規』

『笑う子規』。
 思いつき名人、解説名人、発想転換名人の天野祐吉さんと、「オール読物」連載の〈今月の本人〉が大受けの南伸坊さんがコンビを組み、子規さんのライトな部分に光を当てて、お二人、大いに楽しんでいらっしゃる。そんなお遊びが読む者をも引っぱり込んで、共に楽しんでしまおうという、けっこうな企ての本。
 面白くて、俳句を読み絵を見、解説と照らし合わせ、合計五回も読み返してしまった。新年、春夏秋冬と分類され、新仮名遣い、ルビをふるなど、読み易いように心遣いされている。
 俳句革新の祖・正岡子規を正面から取り上げれば、これはもう大事だ。私も家の本棚にずらりと並んでいる『子規選集』十五冊(増進会出版社刊)のうち、「子規の青春」「子規の俳句」「子規と漱石」「子規と静岡」「子規の一生」など、ざっと読んでいる。そこには、文学に熱い大志を持つ素晴しい若者がいる。清清しい。いじらしくて、抱き締めてやりたいような純情が溢れている。おおらかで、飾らない。一途にまっすぐに、対象を見る青年だ。
『笑う子規』の表紙になっている“柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺”は、誰もが知っている子規の代表句。好物の柿の句はさすがに多い。伸坊さんは、パクリと食べた柿がまだ頬っぺの内側にあり、その柿のうまさにうっとり眼をつむっている子規さんを描いている。天野さんは、この句を成り立たせているのはおかしみの感情。柿を食ったら鐘が鳴った、なんの関係もない関係のおもしろさ、ズレの裂け目からおかしみが顔を出す、と、とても新鮮な解説。ほんの少し、子規の一生らしきものを知っている後世の人間としては、とかく感傷的に句を解釈してしまいがちだが、そこはそれ、転換名人の天野さん、子規のいまを捉えて、魅力的なお喋りを展開していらっしゃるのだ。南さんの絵もノリにノッて、
  初夢の思いしことを見ざりける
 という新年最初の一句、七福神のうちの福禄寿か布袋か、妙にワイセツに頭が長くて、膝打つおかしさなのだ。その種の面白さでは、
  夕立や並んでさわぐ馬の尻
 の馬の下半身も立派なものだ。天野さんは、それにしても、なぜバケツは馬穴なんだろう、と疑問を呈しておられる。
 宿痾のカリエスに苦しむ人とは思えない明るい句、“枝豆ヤ三寸飛ンデ口ニ入ル”と“冬帽の我土耳其というを愛す”のイラストがとっても可愛い。トルコ帽を被った子規さんの眼が離れて大きさが違うのがスルドイ。ひとめで、正岡子規! と解答できる絶品。
  睾丸の大きな人の昼寝かな
 なんてほんと、笑っちゃう。明るい子規さん。天野さんも、それにしても、褌からハミだしているあの人のアレは大きいなあ、と呆れていらっしゃる。
  柿喰の俳句好みしと伝うべし
 子規さんは、野球と柿が好きだった。刺身も好物で朝から食べ、家賃と同じ五、六円は刺身代に消えたとか。菓子パンも好きだった。“柿あまたくひけるよりの病哉”と胃病になり、それでも“柿くはぬ腹にまぐろのうまさ哉”と健啖だった。嬉しくなる食欲である。野球は「ベースボールの歌」として短歌九首を詠んでいるが、俳句は知らない。若い時分、左利きの捕手であり投手だった。ユニフォーム姿の写真が一枚、残っている。
 昨今、BSの中継で大リーグやプロ野球をよく観るが、そんな時ふと、子規さんにこの盛況を見て欲しかったな、と思い、
  衛星より野球賜はり子規忌かな
 隔世の一句を捧げた。
 私のいちばん好きな子規の俳句は、
  六月を奇麗な風の吹くことよ
 である。奇麗なのは、あなたの眼よ。あなたの心よ。そう思って、六月の風を全身に受けるのが好きだ。全身全霊、前向きに生きた早逝の子規さんを思いながら。

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