ちくま新書

増殖を続けるタブーとネットの内閉化。悪化するメディア状況に一矢を報いたい。

 今回、メディアタブーをテーマに新書を出版させてもらったわけですが、この問題を扱うと、しばしば返ってくるのが「タブーなんてものが本当にまだあるの?」という反応です。自由に情報を発信できるネットがこれだけ影響力をもった今、触れることのできない領域なんて存在しない、というんですね。
 でも、先の福島第一原発事故をめぐる報道を思い起こしてみてください。たしかに、ツイッターやブログではかなり早い段階から放射性物質の拡散が指摘され、東電や原子力ムラに対する鋭い批判が飛び交っていました。しかしそれによって、状況は変わったか。実はほとんど何も変わらなかったわけですよ。東電は何の責任も追及されず虚偽情報を垂れ流し続け、政府はSPEEDIの存在を隠したまま住民を危機に晒し、テレビでは御用学者たちが平気な顔で出演し続けた。
 結局、ネットは閉じられたひとつの系にすぎず、単独ではネットの外の世界、現実社会に影響力を持つことができない。しかも、これはあまり語られていませんが、ネットにも既存メディアと同様、タブーが存在しています。たとえば、大手ポータルサイトやニュースサイトはほとんどが広告モデルのビジネスを展開していて、中には、報酬をもらって企業や商品のPRを請け負い、それを一般の記事の中に紛れ込ませて情報を操作しているサイトもある。そのため、こうしたサイトでは、スポンサー批判がご法度になっています。
 一方、ツイッターなどSNSでは内閉化によるタブーの拡大が進んでいます。みんなローカルルールに縛られ、炎上を恐れ、当たり障りのないことしか発言しなくなっている。これって何かと似ていると思いませんか。そう。抜け駆けを監視し合って何も報道出来なくなっている記者クラブと同じ状況なんですよ。
 いずれにしても、ネットによるタブー解体というのは幻想にすぎないと思います。ネットが力をもてるのは、当局や新聞・テレビが取り上げた時だけであり、結局、マスメディアがタブーを克服しないかぎり、タブーはなくならない。
 ところが、そのマスメディアでは、ものすごい勢いでタブーが増殖しています。私は二〇〇四年まで『噂の真相』というスキャンダル雑誌に在籍した後、フリージャーナリストとしてメディアのありようを観察してきましたが、以前からある皇室や宗教、ユダヤなどのタブーが強化されているのはもちろん、十年前には平気で報道していた政治家や官僚の不正、企業の不祥事などが次々に報道できなくなっている。
 しかも、愕然とさせられるのが、メディアで働く人たちにその自覚がないことです。原発事故の少し後に、新聞やテレビ関係者に取材する機会があったんですが、若い記者たちは「東電タブーなんてない」と口をそろえる。で、根拠を聞いたら「東電から圧力を受けたことがないから」というんですね。それは自主規制が徹底されて、圧力を受けるような報道をしなくなっているだけなんですが、彼らはそのことすらわからなくなっている。面倒な領域はあらかじめ自動的に回避するようになって、もはや自主規制しているという意識すらなくなっているんです。
 こうした状況に危機感を覚えて執筆したのが、この『タブーの正体!』という新書です。タブー克服の以前に、まずその実相を露わにすべきだと考え、電力会社はもちろん、皇室、ユダヤ、同和、宗教、検察、AKB48まで、メディアが抱えるさまざまなタブーを精査。その生成のメカニズムを明らかにしようと試みました。どこまで核心に迫ることができたかわかりませんが、少なくとも、これだけ広い範囲でタブーに向き合おうとした本はあまりないのではないかと自負しています。
 その意味では、出版を引き受けてくれた筑摩書房には驚きましたね。タブーを論じることには当然、リスクがつきまといますし、著者はあの悪名高い『噂の真相』の元編集者です。そんな本を出版したいという度量の広さというか無謀さには、当事者ながら「大丈夫か? チクマ」と心配になったほどです(笑)。