ちくま文庫

旅の流儀

常盤新平著『銀座旅日記』

 常盤新平さんといえば、元々は伝説的な編集者であり、後には直木賞も受賞した作家でもあるわけだが、わたしにとってはまず、アーウィン・ショーやピート・ハミルなどのアメリカ文学を訳した翻訳家の大先輩――大をひとつ付けたぐらいでは足りないので、子どものように「大大大大だーい先輩」と言いたいところ――である。
 ああ、かつて翻訳家というのはまことに粋だった。『銀座旅日記』はこの粋人がどんなものから出来ているのか、さり気なく、また惜しげなく見せてくれる。今はなき「ダカーポ」での三年半にわたる連載を纏めたものだが、それが、味わいある挿画とともに一気に読めるという贅沢! 常盤さんは多才な趣味人で、しかも行動範囲が広い。とにかく、歩く、歩く、歩く。銀座だけでなく、あるときは電車を乗り継いで鎌倉や逗子へ、または箱根へ、秋田の栗駒山へ。一日一日のことを書いているだけ」なのに、どうしてこんなに読み手を夢中にさせるのか。毎日が一篇のストーリー。常盤新平という人が歩くと、歩くだけでその道筋がすべて翻訳になり、短篇小説になるのだ。ひとつだけ例を挙げてみよう。
 夏のある午後、彼はひとり八王子から八高線に乗り、途中の高麗川で乗り換えて寄居に降り立つ。車中しきりに思いだしていたのは、二十年前に亡くなった朋友の編集者・森一祐のことである。今日友人たちと集う割烹旅館「京亭」は、フィリップ・ロスの下訳のため森氏にカンヅメにされて初めて泊まったのだ。宿に着くと一風呂浴びて、友人らと鮎づくしの夕食に寄居の地酒を楽しみ、食後はブランデーに替えて森氏のことを偲んだ。
 森さんのお通夜の席を抜けだして、彼は銀座並木通りのバァ「きらら」へ行った(と、ここでなんの断り書きもなく、ふっと過去の回想場面に移行するのだ!)。この酒場に案内してくれたのも森さんだった。店はほかに客もなく、彼はママと二人で森さんが遺していったグレン・グラントを飲む。ママは泣いていた……。
 ……そうして最後は「ようやく床にはいったのが午前二時半」とあるのだが、これが通夜の日のことか、京亭に集った日のことか、はっきりわからない。ああ、ああ、なんだか余韻の深いウィリアム・トレヴァーの短篇でも読んだような感慨。このようなさり気ないけれど密度の濃い日記が四〇〇ページも続くのだ。これを贅沢といわずなんと言おう。
 それにしても、常盤さんの趣味の多彩なこと。日記にちょくちょく出てくるものをざっと挙げてみよう。映画、将棋、競馬、落語、大リーグ野球、ニューヨーク、洋雑誌(米の週刊文芸誌『ニューヨーカー』を愛読)、クラシック音楽、たばこ(佐々木商店で買うダヴィドフを愛好)、翻訳勉強会(何十年も続いている)、ボールペン(芯は伊東屋で替えてもらう)、犬(というのは趣味ではなく家族だが)、そして片手にはいつでも本。これはシムノンの『モンマルトルのメグレ』(もちろん矢野浩三郎訳)の古い文庫本だったり、青木冨貴子(ピート・ハミルの奥さんでもある)の新刊『731』だったり、そのブック・チョイスも読みどころだ。
 それからなんといっても、酒と旨い肴、ときどき甘味。浦安にある行きつけの「美佐古鮨」では煮はまぐりに二合徳利の熱燗、浅草からのれん分けした北習志野の「藪」ではタスマニア産の新そばと同地のワイン……。甘味は三越ジョアンの甘食がお気に入りで、一冊のうちに何十回)と出てくる。これだけ多趣味多才の行動派でも、電子手帳とケータイを手に飛び回るせかせかした「ブンカ人」の対極にあり、つねに泰然自若となさっている。
 知的なごはんがバランスよく全身に行き届いているという感じだ。こうして見ると、いまどきの翻訳界は偏食で小食になってしまったなァ。今風のことばで言えば「小じゃれた」ものばかりで、粋をなくしてしまった。
 これだけの知見を蓄えながら、常盤さんは日々新しい発見をする。『ニューヨーカー』は四十年購読し続けて「最近ようやくこの週刊誌のおもしろさがわかるようになった」とおっしゃる! わたしはそのことばに震えあがった。あるいは、レムニック編集長のイラクからのレポートに涙ぐむ。藤村の『夜明け前』も「今になってこの小説のよさ、凄さがわかる」と言うし、『荒野の決闘』も何度となくご覧になったはずだが、「今夜は名画だという感をいっそう深くした」とさらりと付け足す。もの柔らかな物言いに、静かなすごみが感じられる。
「悠々自適なんて夢のまた夢」というのを読んで、わたしは嬉しくなった。これからも常盤さんの旅は続くのだ!

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