ちくま学芸文庫

【対談】柳宗悦という可能性

『柳宗悦コレクション(全3巻)』

「ほんとうの世界」
水尾
 柳宗悦という一人の人格、人間性というものをとらえるとすれば、それはやはり宗教性ということになるんじゃないでしょうか。宗教性というのは、柳宗悦その人が特定の宗教を追求した、極めたとかいうことではなく、本質的に生まれながらに宗教性というものを持っていたということです。これは言葉を変えれば、人間が還っていくべき「ほんとうの世界」を求めるということになろうかと思います。
 柳はずいぶん色々なことをやりましたけれど、そのどれをとっても中心、核心には宗教性がある。だから柳が主導した民藝というのは、美術の領域のものとして語られることが多いのですが、そうではなくて、民藝というものは柳の宗教性の表れなんだ、と考えるのが正しいと思います。
――最初期こそ柳は「科学」というものに期待する論考を書いていますが、すぐに人生の問いに応えることが出来るのは宗教なのだということで、以後晩年まで、宗教性、宗教心を軸に論を展開していきますね。しかもその内容は、若い頃に固まっている。
水尾 そうですね。柳先生ご自身も自分は同じことをくり返しくり返し言っているんだとおっしゃっていました。人間として一番大切なもの、という意味での宗教性を、いろんな形で、追求しようとし、人にもわかってもらいたいと思っておられたのではないかと思います。
阿満 柳の思想は価値観の転換など、私たちが歩んできた近代を超えるヒントに富んでいますが、柳が宗教的人間であるということ自体が、もうすでに近代批判なのだといえますね。近代社会というのは宗教を排除して成立している文明ですから。こんな科学的実証の時代に、宗教などと言っている人間は、人生の敗者か科学を知らない人間だと。特に柳の時代にはその傾向が強かったでしょう。宗教的人間だというのに、わざわざ「ホモ・レリギオス」と言ってごまかした時代です。そういう中で柳があえて宗教というものを前面に打ち出した意味は、すごいと思います。
 ただ残念なことに、近代社会が宗教との距離を置く中で、柳の主張を受け止める人は非常に少なかった。だから、柳が主導した民藝運動というのも、彼の宗教観が背景にあるんだけれど、そこにまで至って彼の民藝を理解しようという人は非常に少ない。
――メディアで柳が取り上げられることも多いですが、たいてい美しいものの話としての民藝の話に終始してしまいますね。
阿満 そうですね。先ほど水尾先生がおっしゃったように、柳の選んだものの背景には、「ほんとうの世界」への希求がある。宗教は、「ほんとうの世界」へのあこがれとも言えると思いますが、そのあこがれの「ほんとうの世界」があることの証左としてものを示す。柳のユニークなところは、宗教をものにまで及ぼすという、それまでに誰もやらなかったことをしたことです。
 それと同時に、「ほんとうの世界」があることを確信しているから、ものを作り出す人間や、社会、環境というものに敏感になり、その姿には梃子でも動かないような強さがある。

健全な美と健全な社会
――柳は、たとえば『工藝文化』などの著書で、ものの美しさを阻害する原因を社会システムの中に見つけ、それを変えようという主張を行っていますね。
阿満 『工藝文化』の中で私が印象に残っているのは、「健全な社会を組織せしめる原理と、健全なる美を構成せしめる原理とは、果たして別物か」という問いを出していることですね。非常に早い時期からそういう認識がある。
 かつてNHKで番組を作った時に、柳の盟友・寿岳文章さんにお話をうかがうことがありましたが、柳には、秩序というものは国家ではなくて自分たちでつくっていくのだという、意気軒昂たるところがあったと。柳は「正しさ」という表現をよく使いますが、美の問題だけでなく、人間社会のあり方についても、道理にかなうことを求める。福島で大変な原発事故が起こっていますが、大東京の暮らしを維持するために福島の人々に危険を押し付ける。こういう健全でない関係は、柳の基準からは許されないことですね。利潤を最大限追求する経済システムというものに対する強い批判も、柳の思想にはあります。
水尾 宗教的立場からすれば、人間社会というものはきわめて矛盾に満ちた、あるいは正道を外れたあり方ですね。そうではない正道を歩んでいた時代がはるか古えにあったけれど、それがだんだん個というもの、自我というものの登場とともにおかしくなっていく。それは根本的に人間という生きものの避けがたい「業」なのでしょうけれど、柳宗悦というひとのうちには、見失ってしまった「ほんとうの世界」に還ろうという気持ちが強かった。
 ところが世の中は、「ほんとうの世界」とはほど遠い状態。宗教的人間であれば特に意識せずとも、現状に対して批判的になるわけです。柳先生の諸々の行動は、そうしたことにつき動かされてのことでしょう。自然に、無意識に、近代社会に対しては批判的だったと思います。

行動の人
水尾 柳先生は、社会的に大きな発言を何度かされています。軍国主義の時代に日本の朝鮮半島支配に異を唱えて、特高警察にマークされたりしていますね。沖縄の方言論争とか、アイヌ民族のアイデンティティーのことなどでも、積極的に発言をしています。多くの同時代人は、それらの行動を、民藝の柳とは切り離して考えていました。しかしそうではなく、当然の帰結なんです。民藝運動を推進した仲間たちにも、そのことは理解されていなかったのではないかという気が私はしますね。
――阿満先生は著書の中で、柳を「美の菩薩」と表現されていますが、それは柳の実践的な面を指しておられるのでしょうか。
阿満 柳は宗教哲学者として、その経歴をスタートさせ、大学に職も得ていました。しかし、彼は学者の道を捨てる。あれだけの業績を残していますから、アカデミックな世界にいたら大成したはずだと思います。しかし、柳は研究室に籠るのではなく、社会に出ていった。これは「智慧第一」と言われながら、学僧の道を捨て、遁世する法然を思い起こさせますね。彼はやっぱりどこまでも真実ということを求めざるを得ない資質を持った人なんだと思います。言うならば菩薩道ですね。
『美の法門』にしても、彼はなぜ地上を美しいもので埋め尽くしたいという志願を持ったのか。これは美しいものを作りたいとか、日々の暮らしの中で、より美しいものと触れ合って生きていきたいというレベルの願いとはまったく異質なものです。この世の暮らしのすべてを美で埋め尽くしたいなんて、普通の人の発想じゃないですよ。柳の美に対する情熱にはやはり別のところに根があるんですね。その別のところというのは、「ほんとうの世界」の追求ということだと思います。
 だから柳は、無量寿経という経典に書かれた法蔵菩薩の誓いの一つ、第四願「無有好醜の願」に目をとめた。そこにはすべてがあるがままで美しいという世界がすでに実現していると書かれているわけですから。
 このことに関連して言うと、武者小路実篤が「新しき村」を作った時の柳の感激が今回のコレクションの1巻に収録されていますね。武者小路という人の心の底から湧きあがってきた「新しき村」の理想というのは、単なる夢物語ではないんだと。そういうものが人間をつき動かしていくんだということを書いています。柳の民藝運動というのも、そういうものですね。
水尾 武者小路という人は、ほんとうに行動の人と言いますか、何かをやっていくことで自分の考えを実現していきたい、願いを実現したいという人でした。理想の世界を描いて、そこへ向かって進んでいかなければならない、それが人間の務めだという考えが非常に強かったように思います。
 しかし、柳宗悦の場合は、そういう世界があるのは「あたりまえ」という立場です。本来、世界は美しい「美の浄土」なのであって、問題は、どうしたらそこへ還っていけるかということ。今はみんな「美の浄土」から離れざるを得ないような境遇にあるけれど、どうやったら本来の「ふるさと」、人間が本来生まれてきた元の場所へ還ることができるのか。柳宗悦の仕事は、すべて本来あったところへ還っていくべき一つの道筋、手段というか、そういうものを示す仕事であるように思います。
阿満 それは仏教的な言葉でいえば「覚」、自覚の「覚」ですね。気がつけばすべては見えてくる、という立場でしょう。そういう意味では、武者小路の「新しき村」は、自分たちがある理想をつくって、それを手順を踏んで実現していくという、非常にヨーロッパ的な、近代的な発想でしょう。
 もうちょっと言えば、白樺派の人たちにはロダンの思想への共感に象徴されているように、自然というものには誤謬はないというある種の楽天主義的な面もあるでしょう。
 ただ、いま水尾先生のおっしゃった「本来あったところへ還っていく」という、お手本が現世にはなかなかない。

エゴを超える道の発見
水尾 柳はそれを民藝によって示したんですね。誰もが本来の世界に還っていくことを可能にする道、一番普遍的で、みんながわかりやすい道。それが民藝にあると。
「民藝の発見」というのは、ただ今まで無視されてきたものに美を見出したというだけではないんです。現象としては確かにそうなんですけれども、柳の民藝の発見は、ものの奥にある、「ほんとうの世界」を見つけ出した、ということなんです。
阿満 柳はたくさんの美しいものを示した上で、本来の世界に還っていく手段として、「伝統」とか「型」、そういうものに積極的な意義を見出していきますね。これは、先にお話ししました近代的なエゴと主体性というか、自己といいますか、そういうものとも関わってくる問題でしょう。柳は、いわゆる自分を売り込むようなエゴ、そういうものに裏付けられたような作品は評価しないわけですよね。むしろ、エゴがいっぺんいろんな手段によって薄められたもの――例えば型染め――を評価する。これはコレクション2巻の対談で、柚木沙弥郎さんがおっしゃっていたことなのでくり返しませんが、生の字とか、生の絵とかは非常に優れているように思うけれど、いっぺんそれを型にしてみんなでよってたかって個性の醜さというか、それを薄めてしまう。そのことによって生まれる美というものをとても評価している。
水尾 それが結局は自力と他力ということに繋がっていくのではないかと思います。やはり近代というのは徹底して自力の世界なんですね。自分自身の能力や才能や力でもって、何かを発見しそれに向かって進んでいくというような世界を是とする。そのことについての根本的な問題提起が必要だということが、非常に強く柳先生の中にあったように思います。
 だから、他力によって生まれた美しいものを具体的に民藝館という舞台で示す。力の優れた人であれば自力で美しいものを生み出していくことができるけれども、それはいわゆる天才と呼ばれる人たちに限られることであって、もっとそれを一般の人、ごく普通の平凡な人たちにも可能になる道がないのかということで見つけ出した。それが柳宗悦の一番の大きい発見ですね。民藝とはそういうものだと思います。
阿満 私たちがエゴと主体性、エゴと自己の区別というようなことに気がついたのは、つい最近のことですよね。団塊の世代が定年になるようになってきて、あらためて、自分たちのやってきた経済的活動とか人生というものを支えていた人間のあり方と、本当の人間が求めているものとは、ちょっと違うんじゃないかという反省が少しずつ出てきた。だから先ほどの型染めの話でも、個性を、個性のいやらしさを消すなんていう言い方は当時受け入れられなかったと思うんですよね。
 そういう自分たちがリーダーシップをとって世の中を引っぱっていくんだとか、世の中をつくっていくんだとか、経済成長をしていくんだという時代には、それぞれのエゴのあり方を全面的に肯定せざるを得ない状況だから、それとは違う主体があるという言い方は、とても違和感があったと思うんです。それが、今こういう時代になってくると、やはり近代以降、日本人が追い求めてきた人間のあり方というのは、エゴという領域を出なかったんではないか、と。
 これは、夏目漱石が早い時期に言っていることだけれど、最近の人間というのは文明という角が生えて金平糖みたいになってきたと。四六時中イライラしていて、お墓に入るまで一刻も安心しない。昔の人は、無我になれということで、我を張るということの醜さを知っていたのだけれど、今はとにかく金平糖のように角を出していかないと生きていけないような時代になった、と。こんなことで生きていけるのか、という疑問を、早い時期に出しているんですね。
 明治の頃には、漱石の苦しみというのはある種天才一人にしか感じられなかった苦しみだったけれど、いま百何年経って、この、みんな金平糖の角を生やしていて本当にいいんだろうかという、そういう問題提起ができるようになってきた。だから、柳が言っていた美をつくる新しい主体のあり方。型とか、伝統とか、一昔前では否定されたようなものの中に意味があるという、それがまたものすごく新鮮に映るようになってきた一面がありますね。

『美の法門』
水尾
 柳宗悦という人のものを見抜く目はやはりするどかった。直観的にほんものかどうかということを見抜いてしまう。もちろん最初はいかに柳であろうとも、これはどこのなんとかで、何時代のなんとかでというような、概念的な見方を絶対しなかったとは言えないでしょう。だけれど、そういうことを全部洗い流してしまって、自分の選択への確信が、短期間のうちに出来上がったように思うんです。そして、そのことをみんなに知ってもらいたいという願望が起こってきて、民藝館という構想ができてきたんだろうと思いますね。数々の著作もそうでしょう。
 柳の早い時期の著書に『工藝の道』という名著があるんですが、その中に、柳がずっと晩年に至るまでやってきた仕事の全体像が提示されている。あとは、それを具体的に示すものを探していく。
――しかし、柳思想の到達点と言われる『美の法門』は理解するのが難しいですね。
阿満 宗教というのは、どの宗教でもそうですけど、その宗教を求めざるを得ない人間の立場から解説していく場合と、その宗教の真理だと言われていることを皆に説き示すための視点・立場で解説する場合とで、ずいぶんイメージが変わってくるんです。柳の仕事は後者の視点からのものが多いですね。彼は先ほどの水尾先生の言葉で言えば、還っていくふるさとが見えちゃっていたから、ふるさとからものを言うという一面が強い。『美の法門』はそういう視点で貫かれているので、常識の立場で読むと非常にわかりにくい。柳と同じ志願がないと、なかなかわからないですよ。だから、『美の法門』というのは、柳の日記のようなもので、非常にプライベートな、彼とその同類だけがわかる一面を持っていると僕は思います。実はものの美しさを保証するという点では、第四願よりも第二十七願のほうがぴったりなんです。浄土ではすべての品物が美しいとはっきり書いてあるんです。おそらく柳は第四願を見つけて、もう満足してしまったんでしょうね。
水尾 ただ、柳には、ものという具体例がありますから、これは大きな手掛かりになりますね。ほとんど宗教心のかけらもないような末世の末世のような状態の日本人にとっては、民藝館というものは大きな指針になるでしょう。一度は来てもらいたいところだと思います。

(旧柳邸にて)

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