絶叫委員会

【第120回】微妙に曖昧な食べ物

PR誌「ちくま」10月号より穂村弘さんの連載を掲載します。

 入院中の義父を見舞った帰り道、お義母さんを病院の近くの有名なハンバーガー屋に誘ってみた。いつもお蕎麦やお鮨では面白くないかと思ったのだ。お茶の先生をしていて和食が好きなお義母さんが、巨大なハンバーガーに向き合った時、どんな風に食べてどんな感想を持つのか興味があった。
 お店に向かって歩きながら話をする。
 ほ「ハンバーガーなんて食べることありますか?」
 母「それらしきものは食べてるだろうけどさ」
 ほ「それらしきって?」
 母「ハンバーガー定食とか」
 ほ「あはは。ハンバーグ定食?」
 母「っていうのかい? でも、なんだか落ち着かないね。ハンバーガーって、立ったまま食べるんでしょう?」
 へえ、と思う。お義母さんの中ではハンバーガーは立ったまま食べるイメージなんだ。
 ほ「店内に座れるから大丈夫」
 母「なら、よかった」
 やがて、お店に到着。食事の時間帯からずれているので、すぐに席に着くことができた。注文して、しばらく待っていると、私たちのアボカドバーガーが運ばれてきた。塔のような高さである。
 母「これ、どうやって食べるの?」
 ほ「このハンバーガー用の袋に入れてかぶりつくんです。でも、難しそうだったら、ナイフとフォークで具をばらして食べてもOK。女性はよくそうやってますよ」
 お義母さんは巨大なハンバーガーをじっとみつめている。
 母「でも、これはあれだね。食べにくくても全部一緒に食べるからおいしいんだよね。レタスはレタス、トマトはトマトじゃさ、意味ないよね」
 おおっ、と思う。まさにその通りなんです、お義母さん。
 で、彼女がどうするか、わざと手伝わずに様子を見ていると、ハンバーガーをぎゅっと潰して袋に入れ、大きな口を開けて果敢に食べ始めた。
 ほ「どうですか?」
 母「うん。おいしい」
 ほ「よかった」
 母「おいしいけど、これは恋人と食べるもんじゃないね。食べにくくて。ああ、でも、それが楽しいのかもね」
 またしても鋭い意見だ。
 ほ「ピクルスもどうぞ」
 母「これは?」
 ほ「西洋の漬け物です」
 母「ふーん。面白い味ね」
 そう云いながら、ぱくぱく食べている。と、不意に梅干しの話が始まった。漬け物からの連想だろうか。お義母さんは半世紀も前から毎年漬けているのだ。めちゃくちゃ詳しくて、今度はこっちがついていけない。なんとなく、負けた感じがした。

PR誌「ちくま」10月号

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