ちくまプリマー新書

「物語」という名の友人

小川洋子著『物語の役割』

 よく晴れた寒い午後に、小川洋子さんの『物語の役割』(ちくまプリマー新書)が宅配便で届いた。ちょうど外出するところだったので、刷りたての表紙をしばらく眺め、それからコートのポケットに忍ばせて家を出た。暖冬に気をゆるませた者へ向けた不意打ちの一喝とも思える寒い日である。
 駅に向かう道を、ポケットに差し込んだかじかんだ手で、新しい本の感触を確かめながら歩いた。出来たてホヤホヤの本ではあるけれど、ホヤホヤと湯気が立っているわけもなく、宅配便トラックの荷台の冷たさがそのまま指先に伝わってくる。
 じつを言うと、この本の装幀と扉絵を担当したので、本の中身はすでに校正刷りで読んでいた。目次を確かめるまでもなく隅から隅まで知っている。だから、ポケットの中で指先を本にあてていると、まるで指がひとりでに読むように本の中の言葉が甦ってくる。いや、言葉というより小川さんの「声」そのもので、というのも、三部に分かれたこの本は、いずれも「物語」をめぐる小川さんの講演をもとにした文章で構成されている。講演ではなく「お喋り」の記録です、と小川さんはまえがきに記しているが、「お喋り」であるかどうかはともかく、この「声」には確かに講演会場の壇上の高さと遠さがない。声はすぐ目の前から聞こえ、すぐ目の前なので声高になることもない。穏やかで常にユーモアを忘れず、余計な寄り道をすることもなくまっすぐこちらに届いてくる。指先に触れるのは冬のポケットに収まった冷たい本ではあるけれど、「物語」というものがそうであるように、本の中は豊かなあたたかい声に充ちている。小川さんはそうした「物語」を、長年慣れ親しんできた友人を紹介するように語ってくれる。
「物語というのはそこかしこにあるのです。人間すべての心の中にある。記憶のなかにある。誰でも生きている限り、かたわらに自ら作った物語を携えている」「作家の頭のなかの空想とか、妄想から生まれるのではなく、現実のなかに隠れている」「その物語は語られるのを待っていて、それを私が見つけただけなんです」「物語とはまさに、普通の意味では存在し得ないもの、人と人、人と物、場所と場所、時間と時間等々の間に隠れて、普段はあいまいに見過ごされているものを表出させる器ではないでしょうか」「あいまいであることを許し、むしろ尊び、そこにこそ真実を見出そうとする。それこそが物語です」
 そんなふうに紹介された友人が、はにかみながらも嬉しそうにしている姿が浮かんでくる。この本にはそんな「物語」とどう付き合ってゆくか、小川さんはどんなふうに読んできたのか、そしてどう書いてきたのか、檀上から下り、いつのまにか共に檀上を見上げる隣の客席に就いて静かな声で語りつづける。
「ときどき自分は人類、人間たちのいちばん後方を歩いているなという感触を持つことがあります」「先を歩いている人たちが、人知れず落としていったもの、こぼれ落ちたもの、そんなものを拾い集めて、落とした本人さえ、そんなものを自分が持っていたと気づいていないような落とし物を拾い集めて、でもそれが確かにこの世に存在したんだという印を残すために小説という形にしている。そういう気がします」
 ふと気づくと隣どころか背後にまで遠のき、いちばん後ろの席から小川さんは私たちの背中を見ている。その視線の確かさとあたたかさに安心しながらも、同時に、先に引用した「誰でも生きている限り、かたわらに自ら作った物語を携えている」という「声」が背中からじわじわ伝わってきて、この本が『小説家の役割』ではなく『物語の役割』というタイトルであることを、私たちは同じ客席に座ってしみじみと味わっている。
 ポケットの中の冷たい手が、本からにじみ出る温度だけではなく、自分の体温と相まってあたたかくなっている。
 そういう本である。

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