ちくま大学

ジェイン・ジェイコブズなら何と言ったか
第1回から第3回まで

第2回「経済思想家としてのジェイコブズ」(2月19日)
                     講師 塩沢由典さん

 ジェイコブズは経済に関する本を4冊書いていますが、今回は、そのうちの2冊、『都市の原理』と『発展する地域 衰退する地域』を主に取り上げます。
 ジェイコブズは経済学のプロではありませんが、暮らしの事実から経済学をとらえなおすことのできる人でした。これはなかなかできることではなく、私も目からうろこで、著作から影響を強く受けました。現在、多くの人たちは経済事象をとらえる際、考えることなしに、「経済学」という思想の奴隷になってしまっているのではないでしょうか?
 ケインズは、有名な『一般理論』の最後で次のように述べています。「経済学者や政治哲学の思想は、それが正しい場合にも間違っている場合にも、一般に考えられているよりはるかに強力である……権力の座にあって天声を聞くと称する狂人たちも、数年前のある三文学者から……考えを引き出しているのである。……遅かれ早かれ、良かれ悪しかれ危険なものは、既得権益ではなく思想である。」
 さて果たして今日の日本の経済政策はどのような経済思想にとらわれているのでしょうか?

アベノミクスの根本的な間違い

 安倍政権はたくさんアベノミクスの矢を放ってきましたが、実体経済はうまく回っていません。古いほうの3本の矢は大胆な金融政策、機動的な財政出動、民間投資を喚起する成長戦略ということでしたが、インフレ率2%という目標も実現できず、マイナス金利出動に追い込まれています。なぜこのようになったかといえば、経済成長(経済発展)の本質がわかっていないからです。
 経済学は、アダム・スミスの時代から、「国」を経済発展の単位として考えてきましたが、ジェイコブズはそれを真っ向から否定します。アダム・スミスの『諸国民の富』はAn Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations ですが、ジェイコブズの『発展する地域 衰退する地域』の原題は、Cities and the Wealth of Nations つまり、経済発展の単位は、都市や地域を基準として考えなければならないということを表しています。私はつねづねリカード以降、経済学がおかしくなったと言っていますが、ジェイコブズはスミスから間違っているというわけですからより過激です(笑)。

ブラジャーとポストイット

 ジェイコブズは、いろいろな事例を発見する名人ですが、『都市の原理』の中で、新しい産業、商品はどのようにして生まれてきたか、その舞台裏を探ります。たとえば女性の下着のブラジャー。これは1920年代初め、アメリカの洋装品店を営んでいたローゼンタール夫人が発明したものですが、仕立てた服を美しく見せるために、今まであったコルセットやペティコートではない下着を試作し、顧客にサービスしていたものが、今日なくてはならない必需品に発展したというわけです。
 また、3M(スリーエム)の誕生についても紹介しています。この会社は、当初は砂を採取して、選り分け、紙に接着剤でノリ付けし、紙やすりを製造する小さな会社でした。しかしその接着剤の研究からガムテープ、スコッチテープ、録音テープ……など各種のテープを生み出していき、さらに、じゅうぶんな粘着力のない接着剤を作ってしまったことがきっかけで、大ヒット商品、貼って剥がせるポストイットの開発へと結びついたのです。

発展する町、衰退する町

 ジェイコブズは、イノベーションはニッチなところから、また、古い仕事にほんの少しの新しい何か、異質な何かをくっつけた時に生まれると見ていました。シュンペーターが『経済発展の理論』の中で言うところの「新結合」です。ジェイコブズはしばしば「バーミンガムのような町」という言葉をほめ言葉として使いますが、それはバーミンガムの町にあるような雑多で非効率な産業が、何かのきっかけで、新しい産業を生む可能性を持っているという意味です。実際、バーミンガムの産業は今でも元気です。
 逆にロチェスターは、もともとはバーミンガムのようにいろいろな産業があり、多様性のある町でしたが、ボシュロム社やイーストマンコダック社、ゼロックス社の城下町となって多様性を失いました。さらにイーストマンコダック社が独立しようとする技術者に対し訴訟を起こす姿勢をとったため、新しく起業する動きもでず、衰退していきます。
 他にもジェイコブズは、マンチェスターの綿製品の他に産業が育たなかったため、海外の生産地にその地位を奪われた後衰退した事例や、生み出された資本が域内で投資されず、衰退するデトロイトの失敗例などをあげます。
 ひるがえって日本を見るとどうでしょうか? アベノミクスで唯一効果的だったのは円安になったことでしょうか。しかし、これは輸出企業にはプラスになりましたが、その他の多くの国民には何のメリットもありません。貿易収支は黒字(1981〜2010年)だけれど、資産が海外に移転し、国内に投資されない。「輸出企業vs.ほとんどの国民」という図式です。アベノミクスはある経済学派の影響下にあって実行された施策でしょうが、そこに住む人々が潤うという、真の経済の発展ということを考えるならば、経済学という学問自体の変化まで必要だと思います。

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