単行本

いいなあ、うれしいなあ。

中野翠著『この世は落語』

 オリジナルは、誰がどんな時に言ったのか知らないけど、
「人生の大事なことは、すべて○○に教わった」
 みたいな言い回しというのがあって、そういう題の本なんかを見ると、私はたいがい、「あ、そーですか」とナナメにかわしていたのだったが、いま○○のところに「落語」と代入してみたら、自分のいいたい気持にあんまりピッタリするのにおどろいてしまった。
「人生の大事なことも、そうでもないことも、すべて私は落語に教わっていたのだなあ」と心底そう思う。
 だから中野翠さんの『この世は落語』という本を読んで、私はすごくうれしい。まるで自分のことをそのまま認めていただけたような、受けとめていただけたようなそういう気持なのだ。
 同世代の友人なんかと話していると、しょっちゅう落語でたとえたり、落語で納得したり、落語で話をつづめたりしている。
「落語ってのは、あれだ……」
 西洋人がシェイクスピアだのなんだのを引きあいに出しちゃ、気が利いてるみたいなこといったりする、あれのかわりだな、オレたちの……。
 と言って納得してる。落語ってのは学校で教わるわけじゃないので、とっても自然に頭に入ってしまっている。そのまんま、頭の中が落語になってるんだから、そのまんま同士ツーカーですこぶる都合がいい。
 近頃は、流行歌なんかも世代で分断されちゃってて、共通して懐かしい曲というのがなかなかない。やさしい若者は、年寄り連中に合わして、カラオケで「昭和歌謡」を歌ってくれたりするけれども、あれは当人的にはたのしいのだろうか?
 我々が若い頃には、ああいうサービスが、あまりできていなかった気がする。いまでこそ、もっと年かさの方とカラオケに行ったりすると軍歌に唱和したりするけれども。
 落語がしばらく若い人と縁がなくなっていた。近頃、落語が若い層にも人気が出てきたらしいと聞くと、これはとてもいい! と私は思うのだ。
 つまり、世の中のこと、大人の考え、というようなものが、説教や勉強じゃなく、私のこども時分のように、たのしく笑ってるうちに身につくっていうのは、おたがい実に好都合だ。
 それでまあ、まだ落語と懇意になってない若い人なんかに、
「落語はいいよー、落語ききなよ~!」
 とかいきなり言ったりすると、たいがい生返事してますね。いいからきけって説教ですからね。強制、強要、押しつけです。
 中野さんは、こどものころに、落語はきいていたけれども、ものすごく懇意になったのは三十年くらい前からだそうです。
 だから、さしたるワケもなく落語と疎遠な人々の気持もわかるんですね。それで、ご自分はいまやものすごい落語好きで、とってもくわしい。しかも歌舞伎や映画なんかにもくわしいっていうんで、こういう方が落語を、若い人に紹介するってのは実にほどがいいんです。
 落語にやたらにくわしい専門家、みたいな人は、もうたくさんいて、そういう人のそういう人向けの本はたくさんたくさんたくさん出ている。
 落語がちょっと流行ってるらしいなってんで、目をつけて、そういう人の本を勉強したりなんかして、わっと短時日でもって「ムック本」みたいなのを作ったりする人もたくさんいる。
 だけど、この中野さんのような人の、ほどのいい本というのは、なかなかないと私は思います。もう昔っから、落語は好きっていう人にも、落語ォ? それおもしろいの~? っていう人にもたのしく読めて、勉強じゃなくて、まるでとっても面白い落語きいてるみたいに時間の流れていく本です。すばらしい。

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