この情報はどこから?

第4回 
「保守の人限定、政治系ブログを書きませんか?」 日本でも本当にあった求人募集

その記事は本当?

 

 「憲法9条を改正し、軍隊を保有すること、当然だと思っています」「共産党の議員に票を入れる人って反日ではないか」「民進党の政策の反対を行えば日本は良くなる」

 こうしたテキストが盛り込まれたブログ記事を書けば、1本につき800円の報酬がもらえます……。嘘みたいな求人募集が、クラウドソーシングサイトに掲載されていたことが9月、明らかになりました。

 求人募集は様々な仕事依頼が掲載されているサイト「クラウドワークス」で、「政治系ブログ記事の作成。保守系の思想を持っている方限定」というタイトルで掲載されていました。

 「あなたの考えを記事にしてください」として、「内容としては民進党とか共産党を応援する記事は採用しません」とかなり政治的立場を明らかにして募集していたことがTwitterで話題となり、後にクラウドワークス側は、その募集を利用規約や仕事依頼ガイドラインに反する案件と判断して、掲載を中断しています。依頼主はわかりません。

 前回まで、欧米を舞台にした大掛かりなサイバー工作についてお話ししてきました。「日本で暮らす私たちには関係のない話」と思う人もいるかもしれませんが、組織的なネットでの働きかけは、残念ながら日本にも存在するようです。

 みなさん、「ネトウヨ」という言葉を聞いたことはあるでしょうか? もともとはネットで保守的な言動をする人たちを意味するネットスラング「ネット右翼」がさらに転じたものです(対極にある言葉として、「ネトサヨ」というものもあります。こちらは「ネット左翼」が転じたもので、両者は犬猿の仲です)。

 「ネトウヨ」と呼ばれる保守系の人たちは、実名、匿名限らず、自身の政治的意見をネットのあちこちで投稿しています。クラウドワークスの一件は、彼らが組織的に工作していた、もしくは彼らを利用して工作していた可能性を明るみに出して、多くの人たちを驚かせました。

 今まで私たちが読んだり、目にしたりしてきた政治的な記事が、本人の思想信条の発露ではなく、工作目的のアルバイトで書かれたものだとしたら? 

 たかがブログ記事じゃないか、と思われる人もいらっしゃるかもしれません。確かに、一つ一つのブログ記事の影響力は小さいかもしれませんが、そうしたブログが量産され、ネット上に多数存在することになれば、検索して上位に上がってくるなど、ネットでは(あくまでネットでは、です)「多数派」に見えてしまうことがあります。

ネット上の「うわさ」、どこまで本当?

 TwitterやFacebookといったSNSでも、思想的、政治的に極端な意見が大多数を占めているように感じる時があります。が、実は、ほんの一握りの先導者たちが同じような内容の投稿を繰り返したり、自分と同じような意見を何回もリツイートしたりしていることが、さまざまな研究でわかってきています。

つまり、ネット上の「声の大きさ」と、現実にその声に賛同する「人の多さ」は、イコールと考えないほうがよいのです。ネットではあんなに支持されているように見えた政党や政治家が、選挙ではまったく票数が伸びず……なんてことは実際にあちこちで起きています。

 選挙の時には、そうした「工作」が活発になります。ネット出現以前にも、選挙活動では対立陣営や自分とは相入れない政党、候補者を追いおとすため、怪文書が有権者にばら撒かれるなんてことは、日常茶飯事でした。今では、ネット上に流言飛語はあふれるようになりました。

 その一つが、今年10月に行われた衆院選であった立憲民主党にまつわる「うわさ」です。10月2日に結党されたばかりの立憲民主党がTwitterの公式アカウントを開設したところ、わずか2日で当時、政党としては最多のフォロワー数を誇っていた「自由民主党広報」の公式アカウントの11万3000を抜いて、トップに立ちました。

 しかし、立憲民主党の進撃に、主に保守系のユーザーから懐疑的な声も上がりました。「フォロワーを買ったのでは?」。そう、SNSのフォロワーを「買う」ことは、実は可能です。ヤフオクやメルカリなどで検索すると、ざくざく出てきます。TwitterやInstagramが多く、人数や、日本人もしくは外国人など属性も選べます。

 先ほど、ネット上の「人の多さ」はあてにならないと書きましたが、こうした事情もあります。見せかけだけ、人気を集めるのはさほど、難しくありません。ただ、それぞれのSNSには規約があり、アカウント売買は禁止されています。もし明るみに出れば、卑劣な行為であり、バッシングを受けます。

 ですから、立憲民主党がフォロワー数を伸ばしていることを快く思わない人たちは、フォロワーを買ったのだと疑惑の目を向けたのです。この疑惑は瞬く間に広がりました。出どころ不明の情報は、「買ったのでは?」が「買ったんだろ」になり、「買ったに違いない」となります。真偽の振り子は、自分たちが信じる方向へと傾いていくのが、SNSです。しかし、本当に立憲民主党はフォロワーを買ったのでしょうか?

ファクトチェックの大切さ

 この秋の衆院選ではメディアがフェイクニュースのファクトチェックを活発に行っていました。この疑惑についても、複数のネットメディアがいち早く、これを「フェイクニュース」として検証しています。使われたのはいずれも、フォロワーの「質」を見極める「Fake Follower Check」というサービスです。

 このサービスに知りたいアカウントを調査させると、フォロワーのサンプル(最大1000)から、フォロワーの状態を「Fake(フェイク)」「Inactive(休眠)」「Good(良好)」の3つで判定し結果を出してくれます。「Fake」は、「フォロワーが少ない、もしくはゼロ」「ツイートが少ない、もしくはゼロ」「フォローは多い」などの特徴で判断されているといいます。

 私が普段記事を書いている「弁護士ドットコムニュース」の記事によると、立憲民主党のフォロワーは「Fake」が6%、「Inactive」が57%、「Good」が37%でした。一方、自由民主党広報のアカウントのフォロワーチェックしてみると、「Fake」が13%、「Inactive」が41%、「Good」が46%で、「Fake」と判断されたアカウントの割合は、自由民主党広報の方が多いという結果になっていました。ちなみに、政党の公式アカウントとしては、3番目にフォロワーが多い公明党広報は、「Fake」が20%、「Inactive」が54%、「Good」が26%と、他の政党に比べて「Fake」認定されるフォロワーが多かったようです。

 もちろん、「Fake Follower Check」はあくまで機械的に判定するツールの一つにすぎません。たとえ「Fake」が多かったとしても、その情報だけで、そのフォロワーが買収されたものなのかどうかまで、判断できるものではありません(アカウントの開設時期が古ければ古いほど、休眠状態にあるフォロワーが増えるので仕方ないという指摘もあり、そう単純ではなさそうです)。

 ただ、立憲民主党の「Fake」認定されたフォロワーは当時、割合としては小さく、「大量に買収してフォロワー数を増やした」という情報はあまり信じられない結果になりました。非常に歯切れが悪く、かつ、時間も手間もかかる作業ですが、ちょっと自分の耳に心地よいと思った情報に出会ったら一歩引いて疑ってかかるというぐらいの姿勢が必要なようです。

 かつて、巨大掲示板「2ちゃんねる」の管理人「ひろゆき」こと西村博之さんは2000年に、テレビのインタビューで「うそはうそであると見抜ける人でないと、(ネットを使うのは)難しい」という発言をして、話題になりました。しかし、今では、「うそをうそであると見抜ける(と思っている)人」ほど、ネットを使うのが難しくなっているのかもしれません。


この連載をまとめた『その情報はどこから?――ネット時代の情報選別力』 (ちくまプリマー新書)が2019年2月7日に刊行されます。
 

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