この情報はどこから?

第5回 
「フェイクニュース」や「ヘイトスピーチ」は規制できるか

世界発信って素晴らしい!だけじゃない

 SNSは、誰もが世界に向けて言いたいことや伝えたいこと、つまり「情報」を発信できる、素晴らしいツールです。日本で言えば、2004年にmixiやGREEが立ち上がり、今ではTwitterやFacebook、Instagramが上陸、LINEなど多種多様なサービスがあります。友達と使ったり、家族で使ったり、社会人であれば仕事に使ったりと、目的によって使い分けている人も多いでしょう。

 日本でSNSが本格的に始まったのは、2004年でした。私は当時からインターネットが大好きで、面白そうなサービスがローンチ(立ち上げという意味で、ネット業界では新しいサービスが公開される時によく使われます)される度に、いち早く試すことが多いです。mixiやGREEもローンチされてから3カ月後ぐらいには登録していたと思います。それまではアメリカのSNSしか経験がなく、初めて利用する日本語のSNSにわくわくしたのを覚えています。なぜなら、ちょっと知りたいと思った小さな情報が、そこにあったからです。

 mixiの中には、地元の話題について話し合うコミュニティもたくさん作られていました。私も、中学、高校、大学、大学院とおよそ10年あまり通っていた東京・神保町のコミュニティに参加し、そこに書かれている町の情報を見るのが楽しみでした。ある日、神保町を訪ねた時に、学生の頃は商店街の店先でよく見かけた猫が消えているのに気づきました。

 もしかしてあの猫は、もう死んでしまったのではないか。気になり、神保町のコミュニティに猫の消息を尋ねる投稿をしてみました。すると、一晩も経たないうちに、「あの猫は年をとったので店番から引退して、お店の中で過ごしているようですよ」と教えてくれる人が現れたのです。

 SNSでは、それまでテレビや新聞、雑誌といった既存のメディアから不特定多数に一方的に発信されていた情報が、まったくの個人(年齢も収入も経験も問いません)によって、ある時は不特定多数のために、ある時は限られたメンバーのコミュニティのために発信され、しかも情報に対するレスポンスまで付いてくるようになりました。

 今では当たり前に思えるかもしれませんが、この情報の流れの激変は、当時新聞社というテレビよりもさらに古いメディアに身を置いていた者として、かなり驚きました。どう考えても、商店街の猫の消息は、自分が日々、記事を書いている新聞には載らない情報です。

 新しくもたらされた情報に価値がある時、「ニュース」となります。新聞記者をしていた時から現在まで、ニュースを書く時によく自問自答するのが、「どれだけの人にこの情報は価値があるのか」ということです。「ニュースバリュー」とも言われるもので、それがあるかないかで、ニュースとそれ以外の情報の境界線が引かれます。

 境界線が引かれてみれば、私たちがニュースと呼ぶ情報はとても少ないです。ニュースとは違うと区分された情報の方が、数え切れないほど存在します。神保町の猫の消息も、大勢の人にとって価値のある情報ではないでしょう。しかし、私にとってはとても大事で、欲しかった情報だったのです。そんな情報がすぐに手に入る。しかも無料で。当時の私に、SNSへ期待するなという方が、難しかったでしょう。

 それだけではありません。1990年代後半から2000年代前半にかけては、さまざまな技術が進み、新しい切り口のサービスが泉が湧くように出てきた時期でした。SNSをはじめとするインターネットの世界への期待感は、高まっていました。

情報が増えれば増えるほど嘘も紛れ込む


 ところが、ユーザーが増えてネットが日常化すると、世情を反映してか、ネットに流れている大量の情報の中に、虚偽や偏見、差別といったものが増えていきました。これまでの連載で、世界中で今、フェイクニュースが問題となっていると書いてきましたが、残念ながらSNSが舞台となっていることがとても多いのです。

 「TwitterやFacebook、YouTubeなどで、フェイクニュースを放置したら、サイトの運営企業には最大で5000万ユーロ(67億円)の罰金を科す」

 ついにドイツでは、こんな法律が今年10月から施行されました。対象となるのは「違法コンテンツ」で、虚偽の内容で名誉毀損をしたり、侮辱したり、犯罪を呼びかけたりしたものが含まれます。

 フェイクニュースがSNSで拡散されてしまう理由の一つに、削除が間に合わないという実情があります。そのため、ドイツでは、苦情が寄せられた明らかな違法コンテンツに対しては、SNSの運営企業は24時間以内に削除やブロックをしなければならないと義務づけられました。これを怠り、きちんとSNSを監督しない場合には、先ほど書いた通り、67億円もの罰金が科せられる可能性があるわけです。

 これだけ厳しい対応をドイツがとったのにも、理由がありました。さまざまなメディアが報じていますが、近年、政情不安定な中東やアフリカから大勢の難民が欧州に押し寄せるようになりました。特に多かった2年前は「2015年欧州難民危機」と呼ばれるほど各国に政治的な問題を引き起こしています。

 ドイツでは100万人以上を受け入れましたが、2015年の大晦日、ケルンで難民が集団暴徒となり、女性たちに強盗や性的暴行を加えたという痛ましい事件が発生しました。女性たちからの被害届は500人を超えたと報じられていますから、どれだけ大規模で凄惨な事件だったかがわかります。

 実はその前から増え続ける難民と国民との軋轢が生じていたドイツは、TwitterやFacebook、Googleと協議し、難民に対するヘイト(憎悪)スピーチを24時間以内に削除することで合意したとロイターが報道していました(2015年12月16日付)。その矢先の事件でした。

 フェイクニュースが発信される背景には、自分とは異なる人種民族、出身国、文化、宗教、性的志向などを持つ人々に対する差別や敵意の存在が少なくありません。ヘイトスピーチとは、彼らを貶め、その社会的立場を不利にするために行われます。ドイツでも、難民との軋轢がそうしたヘイトスピーチやフェイクニュースを生み出しています。
 実は、難民問題が生じていない日本でも、フェイクニュースと並んでヘイトスピーチが社会問題となっています。次回はそのあたりのお話からしてみようと思います。


この連載をまとめた『その情報はどこから?――ネット時代の情報選別力』 (ちくまプリマー新書)が2019年2月7日に刊行されます。