T/S連載開始記念対談

想像力の届かせ方を創造する(3)
演劇と小説のあいだで

気鋭の劇作家・藤田貴大さんの虚構的自伝小説「T/S」のPR誌『ちくま』での連載開始を記念して、お互いにリスペクトしあうお笑い芸人・作家の又吉直樹(ピース又吉)さんとお話しいただきました。最終回は、いまの他者への想像力を欠いた世界の中で、表現になにが出来るのか。いちばん大事にしたいことはなにかを語り合います。お楽しみください。

■想像力を欠いた世界でなお想像することを伝えたい

藤田 その精度と密度が異様だなと思います。僕も自分が言われたことやされたことは、そのときの状況込みですごく覚えているんですけど、でも時間とともに薄れていくのも感じるんです。逆に、自分についてのことは折り合いがついていっているように思うんですけど、他人についてのそれは薄れないという気持ちが強くなってます。
 小学生のころ、クラスの女の子が新しいキーホルダーをランドセルに付けてきたことがあって、それは週末に両親とどこかに行って、そこで買ってもらったはずのものなんです。その子はあまり裕福じゃない家庭の子で、キーホルダーを買ってもらうとか滅多になくて、別に嬉しそうにしてるわけでもないんだけど、付けてきたこと自体でまわりはなんかわかるんですね。でも、その当日にキーホルダーを馬鹿にする女子の集団がいて、そのことを思い出すと、本当に怒りで涙が出てくるんです。キーホルダーを付けてきた子の気持ちを考えるとか以前に、もう動作からして、ああよかったねと思っちゃうんですけど、そういうのを平気で踏みにじることができるやつがいるその風景が、イメージとしてめちゃくちゃ残ってるんです。誰かが理由なく不当に扱われるのが本当に嫌いですね。
不当ということのずっと手前ですけど、居酒屋で飲み物を注文するときに、わざわざいちゃもんをつけるやつとかもいやなんです。僕が言われるならいいけど、たとえば又吉さんが最初に「焼酎お湯割り」と頼んだとき、「え、いきなり焼酎お湯割りかよ、まずはビールだろ!」とか言うやつ。そんなのひとの好きにすりゃいいだろと。なにを端折るとおまえはそれが言えるようになるの? と思うんです。
又吉 すごくわかります。僕もそういうの引っかかるほうで、総じてそういうひとは想像力がないんですよね。
藤田 居酒屋の注文の話と言うとささいなことに聞こえるかもしれないけど、いじめとかにもつながっている話ですよね。いじめてる自覚があっていじめるやつってあまりいないと思うんです。焼酎お湯割りにツッコむやつの想像力のなさは、いじめと同じだと思います。実際にいじめ的な発言や行為がある以前に、想像力のなさが同じようなことを作り出している状況が問題で、それを見ているのがつらいんです。『sheep sleep sharp』を作ったときにそういうことを考えていたし、又吉さんのドラマの「不寛容」への対峙の仕方にしても同じことを考えていると思いました。
又吉 それを言ったらひとが傷つくとかそういう想像力を持ってほしいですね。僕は短気なところもありますけど、積極的にひとを傷つけることはないと思っているんです。無意識にやってしまうこともあるかもしれないから、基本的におとなしくしているんです。でも結局自分が小説を書いただけでも誰かが傷つくかもしれないし、そこまでみんなに気を遣うというのも違うと思うんですけど。
藤田 小説はそういう作業を舞台よりもじっくりできるのかもしれないですね。なんだかんだ言って、舞台は時間が過ぎれば失われる刹那的なもので、それが良さでもあるんですけど、小説なら、どうしてあの子がああいうことを言われなければいけなかったか、あのひとはなぜああ言ったのかということをワンシーンとかある時間のなかで描かなければいけないという制約がないので、それを徹底的に追求できるのかもしれない。舞台と小説、どちらがパンチがあるのか、僕はまだわからないし、それぞれに届き方があるのかもしれないけど、小説は舞台と違ってひとりで体験するものだから、そのひとの部屋に潜り込んで、そのひと自身に一対一で、じっくりと時間をかけて語ることができる。そう思って書けばいいのか(笑)。
又吉 僕もひとりひとりの読者がどこでどう読むのかを想像すると興奮しますね。舞台はもちろんお客さんがいないと成立しないわけですけど、小説もそうで、そういう読者たちを想像していくことから、想像力が伝わっていくのかもしれないですね。
藤田 いい話だな。がんばります!

(2018年1月16日、筑摩書房にて収録)

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《告知》
又吉直樹原作舞台『火花』
チケット発売中
出演:観月ありさ 石田明(NON STYLE) 植田圭輔 又吉直樹 他
東京公演:2018年3月30日~4月15日 紀伊國屋ホール
大阪公演:2018年5月9日~5月12日 松下IMPホール

チャレンジふくしま パフォーミングアーツプロジェクト
「タイムライン」

出演:ふくしまの中学生・高校生
作・演出:藤田貴大
音楽:大友良英
振付:酒井幸菜
写真:石川直樹
衣装:suzuki takayuki
福島公演:2018年3月24日(土)17:00開演/3月25日(日)13:00開演 会場:白河文化交流館コミネス 大ホール
東京公演:2018年3月29日(木)18:30開演/3月30日(金)14:00開演、18:30開演/3月31日(土)14:00開演 会場:東京芸術劇場 シアターイースト

『めにみえない みみにしたい』
作:藤田貴大
出演:伊野香織、川崎ゆり子、成田亜佑美、長谷川洋子
さいたま公演:2018年4月29日(日・祝)~5月6日(日) 会場:彩の国さいたま芸術劇場 小ホール
吉川公演:2018年5月12日(土)・13(日) 会場:吉川市民交流センターおあしす多目的ホール

2018年3月27日更新

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藤田 貴大(ふじた たかひろ)

藤田 貴大

1985年4月生まれ。北海道伊達市出身。桜美林大学文学部総合文化学科にて演劇を専攻。2007年マームとジプシーを旗揚げ。以降全作品の作・演出を担当する。作品を象徴するシーンを幾度も繰り返す“リフレイン”の手法で注目を集める。2011年6月―8月にかけて発表した三部作『かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと、しおふる世界。』で第56回岸田國士戯曲賞を26歳で受賞。以降、様々な分野の作家との共作を積極的に行うと同時に、演劇経験を問わず様々な年代との創作にも意欲的に取り組む。2013年に太平洋戦争末期の沖縄戦に動員された少女たちに着想を得て創作された今日マチ子の漫画『cocoon』を舞台化(2015年、2022年に再演)。同作で2016年第23回読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。その他の作品に『BOAT』『CITY』『Light house』『めにみえない みみにしたい』『equal』など。著作にエッセイ集『おんなのこはもりのなか』、詩集『Kと真夜中のほとりで』、小説集『季節を告げる毳毳は夜が知った毛毛毛毛』がある。
(撮影・篠山紀信)

又吉 直樹(またよし なおき)

又吉 直樹

1980年大阪府生まれ。高校卒業後、NSC東京校へ入学。綾部祐二氏とお笑いコンビ「ピース」を結成し、人気を博す。芸人活動と並行して執筆した小説『火花』で第153回芥川賞を受賞。2016年にドラマ化、17年に映画化され、いずれも好評を博した。他の作品に『劇場』など。

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