からだは気づいている

第4回 ヒトもチンパンジーもボノボもゾウも、待っている

人間行動学者の細馬宏通さんが、徹底した観察で、さまざまな日常の行動の謎を明らかにする連載の第4回です。今回は協調行動について、ヒトと他の動物の比較を通して考えます。 ぜひお読みください。

待つチンパンジー
 誰かと協力して何かを成し遂げるという行動は、ヒトに特有というわけではない。
 霊長類学者の平田聡は、長年チンパンジーの協力行動について研究している。平田さんは穴のあいたブロックとロープを用いた装置を使って、チンパンジーが協力できるような環境をうまく作り出した(Hirata & Fuwa 2007, 平田 2013)。

図1 平田の装置の模式図。2頭の動物がそれぞれ両端のロープを引っ張ると餌を引き寄せることができる。ただし同時に引っ張らないとロープはブロックの穴を抜けてしまい、たぐり寄せることはできない。ブロックの代わりにシートを使うなどして、異なる動物でも実験できる。

 ブロックの穴にロープを通したものを用意して、ロープの両端を2頭の前に置く。このロープはブロックに結ばれておらず、片方を引っ張っただけでは、ロープはするすると抜けてしまう。両側から同時に引っ張らなければ、ブロックを引き寄せることはできない。
 チンパンジーは、はたして同時にロープを引き寄せることができただろうか? 答えはイエスだ。2頭のチンパンジー、ツバキとミズキは、トレーニングを積んだ結果、ロープを協力して引き寄せ、食べ物を手に入れることができるようになった。ただし、協力を生みだすのは簡単ではなかった。最初は偶然、お互いのロープを引くタイミングが合ったときにうまくいくだけに過ぎず、実験が13日目を過ぎて、ようやく彼らはお互いの相手をよく見て、タイミングを合わせるようになった。
 彼らはどうやってタイミングを合わせたのだろう。手がかりの一つは実験者が餌をセットして去るタイミングだった。トレーニングを積むと、実験者が立ち去ってすぐにツバキとミズキはロープに近づくようになった。彼らの檻はそれぞれロープから等距離にあったので、同時にスタートすれば同時にロープにたどりつき、引っ張ることができる。この場合、彼らは単に実験者の動作を手がかりにめいめいのタイミングでロープをひっぱっただけかもしれないから、共同作業だとは必ずしもいえない。
 しかし、共同作業であることを示すもっと積極的な証拠も観察された。それは「待つ」という行動だ。
 ミズキは、先にロープにたどりついてまだツバキが到着していない場合、ツバキが到着してロープの反対の端を持つまで待ってから、ロープをひっぱるようになったのである。
 ロープに到着してすぐにロープを引く、ということ自体は、相手を意識したり配慮した行動かどうかは疑わしい。相手に伝わろうが伝わるまいが、ロープにたどりつくことは、ロープを引っ張るために必須の行動だからだ。しかし、相手がロープにたどりついたかどうかを観察し、たどりつくまで「待つ」ことは、相手の行動を気にしなければ不可能だ。この点で、チンパンジーは相手の行動を手がかりにした共同作業を行うことができるといえるだろう。

ボノボも待つ
 チンパンジーは野生では集団で狩りをする。ミズキはこうした集団狩猟の動物特有の能力のおかげで、ロープを引くときに「待つ」ことができるのだろうか。いや、どうもそれだけが原因ではないらしい。というのも、集団狩猟よりもむしろ性的なつながりと寛容さが特徴のボノボでも、やはり相手を「待つ」ことができるからだ (Hare et al. 2007)。    
 一方、待たれる側は何か積極的なコミュニケーションを行っているだろうか。実際のところ、彼らはただ、到着してロープを引っ張っただけだ。到着してロープを手で握ったタイミングが、たまたま相手に利用され、結果的に同時にロープが引かれたに過ぎない。いわば、それ自体はコミュニケーションといえるかどうかわからない動作が、相手に利用されることでコミュニケーションに役立っているのである。

見届けるゾウ、踏むゾウ
 さらに、霊長類以外でも「待つ」行動が見られる。平田さんの装置と同様のものを用いた2頭のゾウによる研究では、相手を最大45秒も待つ個体がいたという(Plotnik et al. 2011)。相手の到着を「待つ」ことで次の動作のタイミングを決め目的を達成するという相互行為は、ヒト以外のさまざまな動物に見られるのである。
 ゾウの場合は、さらにおもしろい結果が得られている。餌を引き寄せることに成功した者たちは、すぐにロープを引っ張るのではなく、お互いに相手がロープに触ったのを見届けてからロープを引き始めた。また、1頭だけ、相手がロープにたどりつくのを見届けてからロープに近づき始める個体がいたのだが、先にたどりついた相手のゾウの方も、相手がやってくるまではロープを引こうとはしなかった。2頭がともに「待つ」という動作を行っている点で、これは先のチンパンジーの例よりもさらに進んだ相互行為といえるかもしれない。
 ゾウの場合でさらに面白いのは、1頭の若い個体が、新しいアイディアを生み出したことだ。若ゾウは、実験が繰り返されるうちに、「足で踏む」というやり方を発明したのである。ロープの末端に到着したら、そのロープを足で踏む。やがて相手がもう一つの末端に到着してロープを引っ張るのだが、若ゾウは、ただ足で踏み続ける。すると、ロープの一端は固定され、もう一端はパートナーが引っ張ってくれるので、結局餌はたぐりよせられる。若ゾウはロープを引くことなく、まんまと餌にありついたというわけだ。

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