ちくま大学

ジェイコブズ以後、世界はどう変わったか
ジェイン・ジェイコブズなら何と言ったか 3

ちくま大学では、20世紀の都市計画のあり方を根本から変え、経済学の世界にも大きな影響を与えた思想家ジェイン・ジェイコブズの生誕百年を記念した講座を開催中です。今回は第4回「ジェイコブズ以降の都市計画」と第5回「ジェイコブズ以後の経済学」の内容をダイジェストでお届けします。

第5回「ジェイコブズ以後の経済学」(5月27日)
                        講師 塩沢由典さん

各種のケインズ政策、小泉改革、そしてアベノミクスなど、1992年以来の25年間に日本で行われた経済政策はことごとく失敗しています。原因のひとつとして、主流派の経済学に「需要飽和」という考え方が欠けている、ということがあげられるでしょう。

日本でもアメリカでも中産階級の実質所得が低下しており、消費需要が冷え込んでいます。高所得者はどうかというと、こちらも伸びていない。ひとりで何億円も持っていても使い切れないわけですから、そのお金は株式などの投資に向けられ、実体経済が回らない中、世界の金融化だけが進んでいくというわけです。

われわれの文明は、石炭の利用や運河の開発などにより自然環境に頼らず生産ができるようになりました。しかし、こうしたことがあっても、需要がなければ決して経済成長は起こらない。

速水融の「勤勉革命」をヨーロッパに輸入したカルフォルニア大学のド・フリースは、産業革命を準備したものを、消費の面から説明しています。エンクロージャー、いわゆる土地の囲い込みが産業革命につながったと従来は説明されてきましたが、そうではなく、あれも欲しい、これも欲しいという人間の欲望の変化が現金収入の必要性を生み、産業革命を起こしたのだというのです。イギリス農業史・地域史研究家のジョオン・サースクの『消費社会の誕生』も、17世紀以降、日用品の種類と購入金額が増大しているとして、ド・フリースの主張を裏付けます。

R.アレンの『なぜ豊かな国と貧しい国が生まれたのか』は、ロンドンの建築労働者の実質賃金率が1300年代から1850年まで同水準だった、つまり変動がなかったことを示していますが、ここでの実質賃金率は「貨幣賃金率/パンの価格」です。人間はパンだけ食べて暮らしているわけではないですから、エンゲル係数が0.6だとしても、0.4の支出項目の価格が下落すれば生活水準は向上しますので、アレンの研究はド・フリースやサースクとも矛盾しません。

ブラッドベリとギュプタが調べた1500〜1800年の熟練工と未熟練工の賃金の差を見てみましょう(The Early Modern Great Divergence: Wages, Prices and Economic Development in Europe and Asia, 1500-1800)。その差は1.4倍から1.6倍となっています。このことから、未熟練労働者が生存賃金状態、つまり家族が生きていける最低限の賃金にあったとしても、熟練労働者は収入の1/3くらいは生活費以外に使えたこと、そして実質賃金指数は一定でも、生活水準の向上がありえたことが推察されます。そして、ド・フリースが言うように、多様な消費財への需要が賃金労働者と製品需要とを作り出したということが見えてきます。こうした世界経済史、グローバルヒストリーの分野からの説明は、振り返ってみると、みなジェイコブズが指摘していることなんです。

明治維新以後、GDPが世界一になる1970年代までは、中央集権的なやり方が効率的だったでしょう。しかし、経済が飽和してしまうと、その先は同じやり方ではうまく行かない。元鳥取県知事の片山善博さんや経産省の細谷裕二さんといった先進的な政策担当者にジェイコブズが支持されている理由はそこだと思います。

ジェイコブズは、絶えず、新たな需要が生まれる瞬間に注目しました。その視点を生かして、経済学を変えてゆきましょう。

 

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第1回「そばがき」2016年6月18日(土)
第2回「そば前」2016年6月25日(土)
会場:歌舞伎座3Fお食事処花篭
受付:午後1時30分 講演:午後2時〜午後3時45分頃まで(食事時間含む)

■お申込み・お問い合わせは
歌舞伎座サービス株式会社 担当:西村・高野
電話:03-3545-6820(午前10時〜午後5時)


 

 

 

 

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