ちくま新書

英語を身につけるために知っておくべきこと

文法、会話、単語、音読、シャドウイング、多読、精聴……世の中にはいろいろな英語学習法があるけれど、どれを、どうやるべきなのか? そもそも、どうして英語の力が伸びないのか? 30年以上にわたって予備校で英語を教えてきた人気講師が学習のコツを伝授する、里中哲彦『日本人のための英語勉強法』の「まえがき」を公開します。これを読むと、本書のエッセンスがしっかりわかります。

「日本人英語」でかまわない?
「英語が使えるようにならなければならない」と言ったとき、日本人の多くは英語を日本語と同じように使いこなしている状態をイメージしていますが、どれほど努力しようと、ネイティヴのようなリズムと発音で英語を話すことはできません。
 望むと望まざるとにかかわらず、わたしたちがしゃべれば、「ああ、これはニッポン人だな」と相手にわかるような英語に落ち着くのです。そもそも日本で生まれ育った人が母語(日本語)以上の外国語能力を身につけることはできないのです。
 言語をトータルに獲得する能力は、生涯のある期間のみに機能するもので(「臨界期仮説」)、この期間(一説には12~13歳の思春期ごろまでと言われますが、3~4歳、いや1歳までの時点だとする研究者もいます)を過ぎると、その“魔法”は急激に衰えてしまい、それ以降、どんなに努力をしても母語話者のようにはなれないと言われています(Eric H. Lenneberg, Biological Foundations of Language参照)。
 しかし、リーディング、ライティング、スピーキング、リスニングの専門家たちは、思いおもいの理想像を描いて高度な能力の獲得を要求するため、結果として、学習者にネイティヴのようにはなれない屈辱感を味わわせています。
 はっきり言って、それら4技能における高い英語力が求められる日本人は全体の1割にも満たないでしょう。
その1割とは、各国との外交折衝にあたる政府役人、仕事において高いレヴェルの交渉技術が求められるビジネスパースン、通訳者や翻訳家などのエキスパートたちです。
 残りの9割は、そのレヴェルを目指す必要はないし、そうなるようにと尻をたたく専門家の言うことに耳を貸すこともないのです。
 「日本人英語」でかまわないと腹をくくって、伝えたいことの内容に集中すればよいのです。さらに言うなら、「日本人英語」はけっこうつうじるのです。
 手もとに、日本人大学生による英語が母語話者にどのくらいつうじるかを調べた研究者の実験報告があります。
 日本人大学生がしゃべった言葉を文字として記録したものをアメリカ人に見せて、どのくらい理解できたのかを調べたのです。すると、79.2パーセントもの理解率を示したのです。また、カタカナ英語で読んだ単語や文をアメリカ人に聞かせて、それを書き取ってもらう実験をおこなったところ、単語だけを読んだ場合の理解率は41.6パーセントでしたが、文中に出てきた単語の場合の理解率は66.8パーセントへと大きく上昇したのです(末延岑生『ニホン英語は世界で通じる』)。
 次のような興味深い調査報告もあります。
 日本の高校生に英語で日記を書いてもらい、それをイギリス人とカナダ人に読んでもらって、内容がどのくらい理解されたかを調べたのです。1266の英文(150作品)のうち、書き手の意図したとおりに理解されたのは75.5パーセントにのぼったのです(宮田学編『ここまで通じる日本人英語』)。
 日本語であっても日本人に100パーセント理解してもらえるわけではないことを思えば、これらの数字は驚異的と言えます。

9割の人は英語を必要としない
 近年、「世界語としての英語」(English as a world language)ということがしきりに叫ばれています。英語が世界に広まったのは、第一にイギリスによる植民地支配、第二にアメリカの経済成長および文化伝播ゆえですが、いまや英語は母語話者だけのものではなくなったようです。
 なるほど、ビジネスやテクノロジーをはじめとするさまざまな分野の最先端では共通語になりつつあるのは間違いないところですし、ノンネイティヴの英語使用者の数は、ネイティヴをはるかに上回っています。
 しかし、「英語を話せなくても、べつだん困ることはない」という人たちもまた数多くいるのです。
 以前、「英語を話せると10億人と話せる」という英会話学校のキャッチコピーがありましたが、そんなに多くの人と話したい人がいるかどうかはさておき、私は別の意味でたいへん驚きました。世界には英語を解さない人たちが60億人もいるということに。
 「世界語としての英語」など、先述の1割の人が重く受け止め、英語という言語を極めればいいのです。あとの9割は英語をやらなくたっていいのです。
 『「日本人と英語」の社会学』(寺沢拓敬)によれば、英語をよく使う日本人は、どの年代でも全体のわずか2~3パーセントしかいません。
 しかし、英語を必要としない9割のなかには、どうしても英語で伝えたい、語りたいという願望をもっている人がいます。本書の読者の大半がそうでしょう。そういう人は、ちゃんと自分自身の目標を設定して、それに向かって邁進すればよいのです。

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