問いつめられたおじさんの答え

第1回 耳の聞こえないひとは、どうやって聞くの?

漫画家のいがらしみきおさんが、子どもからの質問に答えます!

 あとは、聞きやすい人と、聞きにくい人はいる。聞きやすい人というのは、低い声でゆっくりしゃべってくれる人だね。聞きにくい人というのは、その反対に、甲高い声で早口でしゃべる人。だから、早口の女の人というのは苦手です。実はウチの嫁さんと娘は二人とも早口なんだけどね。二人だけでしゃべってるときなんか、まったく話題に入っていけない。特に娘の早口はすごいよ。「かたかたかたかたかた」としか聞こえないときがある。
 それから長い付き合いのある人は、発音がわかってくるというか、しゃべり方の癖も頭に入ってくるので、聞こえやすいというのはあるね。おじさんにはアシスタントが二人いるんだけど、どっちも20年以上の付き合いなんで、だいたいそんなに不自由なく聞こえます。中学校の同級生とかも、なぜかよく聞こえる。たぶん、発音の仕方とか話し方の癖とかが、まだ頭に残ってるんだろうね。
 たいへんなのは、初対面の人。なにしろなんにもデータがないからね、ましてや微妙ななまりがあったり、話し方が独特だったりすると、もうお手上げです。

 あとは場所にもよります。クルマの中とか、飲み屋とか、外を歩いているときとか、騒音に囲まれると、聞こえが5割から6割ぐらい落ちちゃう。特に問題なのはパーティーの会場だね。大勢がいっせいに話してるところだと、もうアウト。みんなの声が天井に集まって、ゴーゴーゴーゴー、地下鉄みたいな音がしている。そのうえ、ピアノ演奏とか生バンドとか入ってると、もう誰にも話しかけられないように祈るしかない。景気づけの出し物で太鼓の演奏とかはじまると、もう隠れて補聴器はずしたりしてます。だからあんまりパーティーとか行かない。
 そういうお手上げのときはどうするかだよね。おじさんの場合は、相手の言ってることをメモしてくれる補佐の人がいます。取材とか、打ち合わせとか、仕事でどこかに行く場合も、その人を連れて行く。彼が相手の発言を筆記するというかメモしてくれるので、それでなんとかやってる感じです。
 イベントとかトークショーとかだと、耳が不自由な人用に、発言をパソコンで文字にしてプロジェクターとかに表示する要約筆記というのがあるんだね。あれがあればいいんだけど、いちいち要約筆記する人を雇うわけにもいかないんで、自前のメモ係を連れて行くわけだ。

 それ以外だと、今はスマホとかで、音声を自動で文字変換してくれるアプリもある。昔にくらべたら正解率は上がってるんで、「きょうはいいてんきですね」ぐらいだったら、「今日はいい天気ですね」とか変換してくれるけど、「いがらしさんのかかれたぼのぼのはどこかてつがくてきなようそがありますね」ぐらいだと、「五十嵐さんか書かれたほのぼのはどこが鉄学的用素あいりますね」ぐらいの誤変換は起きる。これでもだいたいの意味はわかるからいいけどね。
 それが一対一だったらまだしも、複数人での会話になるともうメチャクチャです。まだまだ実用に耐えない。世の中、AIだAIだ言ってるけど、コンピュータはまだ人の言葉もわからないわけだよね。
 補聴器にもAIの波が押し寄せて、AI搭載の補聴器というのも出たんだけど、これが片耳で50万円する。両耳だと100万円だよ、100万円。補聴器に100万円出せる人がどれぐらいいますかね、とお店の人に言ったら、「クルマにはみなさん100万、200万出しますよね。クルマって一日何時間使いますか? だけど補聴器は一日中使うはずです」とか営業トークかまされたけど。
 よく「耳が悪いとそれを補う別な能力が発達しないか」とか聞かれる。座頭市なんかだと目が見えない代わりに、音でいろいろ判断したりするわけね。じゃあ視覚で補うかというと、確かに口元が見えるのと見えないのとでは、難聴者にとっては全然ちがうんですよ。最近はどこに行ってもマスクしてる人がいるからね。あれはほんと困る。なんか今回はただの世間話みたいになっちゃってるけども。
 音が全然聞こえない全聾の人はどうかというと、それこそ手話とかです。読唇術もやるけど、手話ほど確実ではない。おじさんももう手話を習わないといけないレベルなんですよ。だけど、手話の問題は自分一人だけ習ってもあんまり役に立たないことだね。