特別掲載・大疫病の年に

【特別掲載】大疫病の年に
マイク・デイヴィス、コロナウィルスを語る

2019年末、中国・武漢に発したとされる新型コロナウィルスは、第二次大戦後最悪ともいわれるペースで世界各地に感染を広げています。なぜ現代世界は新種のウィルスにかくも脆弱になってしまったのか。世界でいま何が起こっていて、これから何が私たちを待ち受けているのか。『感染爆発』などの著作があるアメリカの社会学者マイク・デイヴィスがその核心に肉薄した最重要論考を、Jacobin誌の許可を得て特別に掲載します。

国際連帯

 パンデミックが拡大することで、包括的保障と有給休暇の必要性が強く主張されるようになっている。バイデンがトランプを切り崩し、バーニー(・サンダース)が提案したように、全員のためのメディケアを勝ち取るために団結しなければならない。サンダースとウォレンの代議員が、7月半ばのミルウォーキー・ファイサーヴ・フォーラムでの党大会で果たすべき役割は明らかだ[ix]。だが、残りの者にも街路での重要な役割がある。立ち退き、レイオフ、そして休暇を取った労働者への保障を拒否する雇用主との戦いをはじめよう(感染が怖い? 隣の人と6フィート離れて立てば、それだけでテレビにアピールできる。街路をわれわれの手に取り戻さなければならない)。

 だが、包括的保障とそれに付随する要求は最初のステップにすぎない。大統領選初期の討論では、サンダースもウォレンも、巨大製薬会社(ビッグファーマ)が新しい抗生物質や抗ウィルス薬の研究開発から撤退した点には踏み込まなかった。アメリカにある18の巨大製薬会社のうち、15社は完全にこの分野を見捨ててしまっている。心臓病の薬、中毒性のある精神安定剤、そして男性の勃起不全の治療薬は儲かる薬の筆頭だ。対照的に、院内感染の防止や新しく現れた病気、また昔ながらの熱帯性の病気などは儲からない。インフルエンザの汎用ワクチン、つまり変異しないウィルス表面のタンパク質を狙うワクチンは数十年前から開発可能なのだが、ED薬など儲かる薬より優先するほどの利益を見込めないのだ。

〔耐性菌の蔓延によって〕抗生物質革命は後退させられ、新しい感染症と並んで古い病気が再び流行することになる。こうなると病院は死体安置所となり果てるだろう。トランプすら、自分に都合さえよければバカげた処方箋の出し方をののしるほどだ。だがわれわれはもっと広い視野を持って事態に臨む必要がある。製薬独占を崩し、生存に関わる薬の公的供給を開始しなければならない(同様のことはかつてもあった。第二次大戦の最中に、陸軍はジョナス・ソーク[x]その他の研究者をリストアップし、史上初のインフルエンザワクチンを開発した)。これは15年前に『感染爆発:鳥インフルエンザの脅威』に書いたとおりだ。

 ワクチン・抗生物質・抗ウィルス薬など生存に関わる薬へのアクセスは、人権として保障され、いつどこでも無償で利用できるようにすべきだ。こうした薬を安価に製造するためのインセンティヴをもたらす力が市場にないなら、政府とNPOが責任を持って製造・配布すべきだ。貧困者の生存はどんなときも、巨大製薬会社の利益より優先順位が高くなければならない。

 現在のパンデミックは次のような議論を生むだろう。資本主義によるグローバル化は、真に国際的な公的保健インフラなしには、いまや生物学的に持続不可能だと。しかしこうしたインフラは、民衆運動によって巨大製薬会社と利益優先のヘルスケアが持つ権力が打ち破られなければ、決して生み出せない。

 こうした運動は、人類生存のための第二次ニューディール[xi]を超える、独立社会主義者による構想を必要とする。オキュパイ運動以来、進歩派は収入と富の不平等に抗する、闘争の最初のページを開くという偉業を達成した。だがいまや、次のステップに進むことが求められる。ヘルスケアと製薬産業を直接の標的と定め、社会的所有と経済権力の民主化を進めていかなければならない。

 だがわれわれはまた、自分たちの政治的道徳的弱さも素直に認めなければならない。若い世代の左派に新しい展開が見られ、政治言説に「社会主義」ということばが回帰したことに、私自身興奮を覚えた。一方で、進歩派の運動にも自国中心主義の傾向が広がっている。これは新しいナショナリズムに対応するものだ。ただしこれは、アメリカの労働者階級とラディカルヒストリーに特有の傾向だ(おそらくこういう思想の持ち主は、デブス[xii]が核心部分でインターナショナリストだったことを忘れているのだろう)。こうした動きは、場合によってはアメリカ第一主義の左派版と見分けがつかなくなっている。

 パンデミックに関しては、社会主義者は機会を捉えて、国際社会主義の重要性に注意を促すべきだ。具体的には、進歩的な友人や彼らが政治的に支持する人たちに対して、検査キット、身を守るための備品、そして生存のための医薬品の貧しい国々への無償配布を大規模に行うことが重要だと力説してほしい。すべての人にメディケアを確保することが国際的、国内的な政策となるかどうかは、われわれ自身にかかっているのだ。

 

【解題】

 マイク・デイヴィス(Mike Davis, 1946-)は、アメリカ、カリフォルニア州フォンタナ生まれの都市社会学者である。カリフォルニア大学ロサンゼルス校に学び、地元LAの変化を住人としての体感と都市社会学者としての歴史・社会感覚から描き出した『要塞都市LA』(City of Quarts, 1990. 日本語訳は村山敏勝・日比野啓訳、青土社、2001年)で、世界に知られるようになった。変わった経歴の持ち主で、若い頃にトラック運転手や食肉加工業のブルーカラー労働者として働いた。また学生運動や社会運動に傾倒し、学業がしばしば中断されたため、アカデミックキャリアはかなり遅くからのものである。
 今回訳出したのは、雑誌JacobinのHPに2020年3月14日付で掲載された記事である。Jacobinは、紹介文によると「アメリカ左翼を主導する声であり、政治、経済、文化に関する社会主義的パースペクティヴを提供している。紙媒体の雑誌は季刊で、5万の定期購読者がいる。加えてウェブには1ヶ月200万のアクセスがある」とのことだ。
 今回の記事は、『感染爆発』(2005)での分析を下敷きに書かれており、アメリカにおけるパンデミックの土壌を、歴史的社会的な視点からクリアに示している。
 デイヴィスの作品は基本的に、富者と貧者、金持ち国と貧乏国、セレブと底辺層などの対比で全編が展開される。しかしそうした図式が退屈にならないのは、一握りの富者が必ず膨大な貧者を生み出し、貧者からの搾取と彼らへの寄生によって強欲な者が繁栄するダイナミズムを執拗に描くからである。歴史的具体的な文脈はそれぞれ異なるが、富者がよく考えついたなというほどずるいやり方で貧者を搾り上げ、騙し、借金漬けにし、死に追いやる事実は、昔も今も変わっていない。古今の文学にくり返し描かれてきたこうした残虐行為が日々くり返されている以上、それを指摘しつづけるのは研究者の責務である。
 その意味でデイヴィスの精神はマルクスに忠実だが、グローバル資本主義によって地球大に拡大した金持ちの貪欲が止まるところを知らず、感染爆発や人口爆発(デイヴィス『スラムの惑星』のテーマ)につながっていく様相の描写はSF作品のようである。現象とその原因の絡み合いをほのめかしながら進む彼の叙述は、グローバル社会のネットワークのさまざまな場所に出没し、縦横無尽に世界を駆けめぐる。
 最近のアメリカは自由の国というより、グローバル資本主義の妖怪に成り果てたというイメージが強い。そのため日本の読者には、アメリカに社会主義者がいること自体驚きかもしれない。だが20世紀前半には、世界で最も工業化が進み民主化された国家アメリカは、労働運動や社会運動が非常にさかんな国でもあった。記事の随所でデイヴィスは、アメリカ社会主義のレジェンドたちについての歴史的記憶を呼び起こしている。
 デイヴィスの世界像によるなら、グローバル資本主義が人々の食、農業、畜産、そしてヘルスケアに与えた影響は深刻である。アフリカのスラムは生存水準以下の生活に喘ぐ人々であふれ、大規模畜産工場の世界展開は、鳥インフルエンザウィルスが人に感染する型に変異する温床となった。都市に人が集まるのは農村の絶望的な貧困によるが、これは農業の「遅れ」によるのではなく、大資本と国際金融体制によってローカル経済や地元の小規模農業がなすすべもなく破壊され、生きる糧を失った人々が都市になだれ込んだせいである。
 こうした認識同様、コロナウィルスについても、記事の中でアメリカの医療と保健のシステムが有する致命的な脆弱性と歪みが、とりわけ老人とケア労働者への感染の蔓延から明らかにされている。また、アフリカのスラムにパンデミックが起こった場合の悲惨な結末を予言し、国際的な医療資源の無償配布体制の構築を急ぐべきだとの提案は、今ここで実行すべき国際連帯の呼びかけとなっている。
 今にはじまったことではないが、今回のパンデミックにおけるWHOの対応はかなり落胆させられるものだ。WHOが大国と大資本のカネに屈服し、手遅れになってから追認的宣言を出すだけの組織になってしまっていることを強く印象づけた。では誰がどのように、正論そのものである医療資源の公共的な利用を担うのか。その課題に応える組織を求めることからはじめる以外ないというのがデイヴィスの考えだ。
 日本のコロナ対策について、今言えることはなんだろう。私自身は、面倒な制度を作るのではなく、わかりやすいが何も残らない形でカネやものをばら撒く政治の最果てに来てしまったように感じている。安倍政権は末期で、責任ある対応を放棄したのだろうか。現金給付は一定の意味があるかもしれないが、なぜそれがなされるかと、どんな効果がどの程度見込まれているかについての説明は曖昧なままだ。また、お魚券、お肉券、そして布マスク配布など、小学校の給食当番のような姿でアピールする首相を見ると、危機感を煽られる前に悲しくなってくる。
 かつて日本の政治は、土建屋政治、バラマキ政治と揶揄されたが、そこでは少なくとも何かを作っていた。無駄な公共事業をやめた方がいいのは自明だが、今では保育園を作る代わりに無償化という手っ取り早く金だけ出すやり方で票集めをしている。そして実際の施設づくりや運営は民間に丸投げされる。保育士の待遇をはじめ、これがいかに責任逃れの馬鹿げた政策かは明らかだ。
 私たちは、世界一の長寿国日本の医療の平均水準が、アメリカのようなものでなかったことに心底感謝すべきだろう。また、中国のようなトップダウンのハイパー監視体制にないことをありがたく思った方がいい。このように評価すべきところは評価しながら、パンデミックによってあらわになる社会の弱点や政治の欠陥を把握し、社会を変えるきっかけを探らなくてはならない。

 

2020年4月5日 都市封鎖に備える東京にて

 

 

重田 園江

 

 

【出所】

本記事は、Jacobin, on March 14. Mike Davis on Coronavirus: “In a Plague Year”を訳出したものである。
https://jacobinmag.com/2020/03/mike-davis-coronavirus-outbreak-capitalism-left-international-solidarity

【訳注】

[i] 原文は、The long-anticipated monster is finally at the door. デイヴィスが2005年に出版した『感染爆発:鳥インフルエンザの脅威』(柴田裕之・斎藤隆央訳、紀伊國屋書店、2006年)の英語タイトルはThe Monster at Our Doorで、それにかけている。

[ii] エボラ出血熱の起源に迫った同書は、アフリカでのアウトブレイクがグローバル企業の進出による当地の食生活の変化(魚食から肉食への変化)に起因すること、アメリカでのアウトブレイク(1989年)が、ワシントンDCでの動物飼育施設からはじまったことなどを克明に描いている。プレストンには同テーマの多くの著書がある。

[iii] インフルエンザウィルスは顕微鏡で見ると、天気の晴れマークのように見える。球体の周囲に無数の突起がついており、この突起の一部である赤血球凝集体(HA)とノイラミニダーゼ(NA)のパターンによってウィルスの型が変わる。そのためH1N1などと後ろに数字をつけて表記される。『感染爆発』第一章に詳しい説明がある。

[iv] ナイジェリアのラゴスは現在アフリカで最も人口増加率が高い都市で、2025年には1580万人になると予想されている。巨大なラグーンを擁し、なかでも世界最大と言われるマココの水上スラムの不衛生さは目を覆うものがある。
 キガリはルワンダの首都。アディスアベバはエチオピア(現WHO事務総長の故国)の首都。キンシャサはコンゴ民主共和国の首都。

[v] アメリカでは、2017/18シーズンのインフルエンザ流行で6万から8万人が死亡したと言われている。2019/2020シーズンも1万4000から3万人が死亡した(検査していない死者が多いので、数字に幅がある)。これにはさまざまな原因が指摘される。一般的には、公的医療保険制度がきわめて不十分なため医療費が高額で、貧困層にとっては民間保険も支払い困難である。そのため予防接種率が低く、また体調が悪くても医者に行くのを忌避することで蔓延するのではないかと言われている。

[vi] デイヴィスの数字の根拠は記事からは分からない。OECDが出している人口千人当たり病床数(総数)は、アメリカ2.8に対して韓国12.8、日本13.0。急性治療にかぎると、それぞれ2.4、7.1、7.8となる。(OECD Health Statistics 2019)

[vii] 2016年大統領選挙に立候補したバーニー・サンダースの選挙キャンペーンに端を発する政治運動団体。

[viii] ナーシングホームは日本の老人ホームと老人病院を組み合わせたような存在で、施設ごとに提供されるサービスや入居条件が異なる。池崎澄江「アメリカのナーシングホームにおけるケアの質の管理」『季刊社会保障研究』48-2(2012年9月) 165-174頁によると、2010年現在、施設数約16万、ベッド数約150万で、営利経営が65.8%、非営利団体を含めると94%が民間経営である。メディケア、メディケイドによる保障に制限があるため入居費用は非常に高額で、全額自己負担の場合、年間費用は700万円に上る。

[ix] 民主党大統領候補者を指名するこの党大会は、コロナウィルスの影響で8月に延期になった。

[x] Jonas Salk(1914-95)はアメリカの医学者で、ポリオワクチン開発の伝説的人物。開発によってもたらされる私的利益を一切求めなかったと言われる。

[xi] 第二次ニューディールは1935-36年にルーズベルト大統領によって行われた政策。老齢、失業、疾病などに備える包括的な社会保障整備を目的とし、ワグナー法や銀行法などを成立させた。デイヴィスはここで、20世紀初頭からのアメリカ社会主義の記憶を呼び起こしていると思われる。

[xii] Eugene V. Debs (1855-1926)は、アメリカ社会主義の父と呼ばれる人物。アメリカ鉄道労働組合を作り、第一次大戦中は戦争に反対して投獄された。1900年から計5回大統領選挙に立候補し、はじめは8万7000票の得票であったが、5回目には獄中から91万9000票を得た。

写真出典 iStock/CribbVisuals

2020年4月7日更新

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マイク・デイヴィス(Mike Davis)

マイク・デイヴィス

1946年カリフォルニア州生まれ。アメリカの都市社会学者。精肉業やトラック運送業に従事したのちに、カリフォルニア大学ロサンゼルス校で修士号を取得。現在はカリフォルニア大学リバーサイド校教授、『ニュー・レフト・レビュー』誌編集委員。おもな邦訳書に『要塞都市LA』(青土社)、『感染爆発』(紀伊國屋書店)、『スラムの惑星』(明石書店)などがある。

重田 園江(おもだ そのえ)

重田 園江

1968年兵庫県西宮市生まれ。早稲田大学政治経済学部、日本開発銀行を経て、東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。現在、明治大学政治経済学部教授。専門は、現代思想・政治思想史。フーコーの思想を、「権力」や「統治」を中心に研究する。著書に『ミシェル・フーコー――近代を裏から読む』『社会契約論――ホッブズ、ヒューム、ルソー、ロールズ』(以上、ちくま新書)、『フーコーの穴――統計学と統治の現在』(木鐸社)、『連帯の哲学Ⅰ――フランス社会連帯主義』(勁草書房、第28回渋沢・クローデル賞本賞受賞)、『統治の抗争史――フーコー講義1978‐79』(勁草書房)などがある。