ちくま新書

物語もつくらず絵も描かないまんが制作
『まんが訳 酒呑童子絵巻』解説&レポートまんが

ちくま新書『まんが訳 酒呑童子絵巻』は、文字通り、室町時代から読みつがれてきた絵巻物をまんがにするという異色の新書です。
とはいえ、「絵巻物をまんがにする」とはどういうことなのか? 実際にはどんな作業だったのか? 書籍にも収録された山本忠宏氏による解説を、実際にまんが化する作業を担当した鳩ノマメさんのレポートまんがと一緒にお楽しみください。

†まんが訳の工程

 まんが訳の制作チームは研究室の学生と助手を合わせて3〜7名だった。最初に取り掛かった『酒天童子絵巻』は慣れないこともあってかなり時間がかかったが、『道成寺縁起』と『土蜘蛛草子』では人数を減らし、各工程に作業を分けることで効率化できた。
 まず簡単に工程を示すと、「絵巻試作(絵巻の内容把握)」、「アナログネーム(紙面構成)」、「デジタルネーム(吹き出し、構図)」という三つの段階がある。
 最初の絵巻の内容把握では、現代語訳された詞書を読み込むのと同時に実際に絵巻を試作する。今回扱った絵巻は全て国際日本文化研究センターのWebサイトで閲覧できるのだが、それを一旦プリントアウトして絵巻状につなげて全体像を把握する(図2)。

図2 試作した『酒天童子絵巻』の冒頭

 複数人での作業となるため、この段階で基本的な情報を共有する必要があり、詞書の現代語訳を確認しつつ付箋に書き込みをしながら打ち合わせていく。例えば、『酒天童子絵巻』では源頼光と四天王に加え、途中でもう一人加わり総勢6名のキャラクターが一緒に行動する。頼光と渡辺綱は個別行動が多いので把握しやすいが、服装が変わったりする場合もあるので、シーンごとに誰が誰かをはっきりさせておく必要がある。
 また、前述のように同じ絵を何度も使用しなければならないという制限のもと、少しでも新鮮さを保持させるため、なるべく同じようなまんがの紙面に感じさせないように切り取り方のバリエーションを増やすことが肝要である。そのために、詞書と関係のある小道
具や背景などのコマ割りに使用できるものを把握する必要がある。同時に、現代語訳された詞書を読み込みつつ該当する絵にアタリをつけ、言葉と絵の組み合わせ、サイズ、見せ方の順番を仮にメモしておく。
 次に「アナログネーム」では、各場面の見せ方の順番(絵と言葉の組み合わせと紙面構成原理との統合)を検討する。絵の資源が限られているため、何度も推敲を重ねる一番時間がかかる工程である(図3)。試作した絵巻を参照しつつ、絵巻のデジタルデータをモニター上で拡大縮小しながら、登場人物の表情や仕草、背景や小道具など、詞書と組み合わせられる要素をミクロに見ていく。

図3 上がアナログネーム、下がデジタルネーム

 拡大して観察することで、肉眼で見る以上の情報が描かれ表現されていることにも気づいた。デジタルの恩恵といえよう。極端に感情を表した表情の人物はあまりいないが(『酒天童子絵巻』の渡辺綱を除いて)、その代わりに手や仕草、身体のバランスの表現がとてもバリエーション豊かに描かれている。ネーム作業でも、絵の制限があることもあって、手や足など身体の部分を切り取ってコマをつないだことが多かった。
 最後の「デジタルネーム」では、手描きの絵コンテを元に低解像度のデジタルデータを切り抜いてモニター上の原稿用紙に配置していく。実際に配置してみると、紙面構成のバランスが崩れてしまうことがある。図3のアナログネームとデジタルネームでは、右ページ冒頭2コマの絵のサイズが異なっている。
 この見開きでは土蜘蛛の顔が出てくるコマが三つあるため、同じサイズにならないように変更した。左ページ最後のコマは次ページにつながるので変更せず、右ページ冒頭コマにおいて絵巻では右側にいる渡辺綱を入れないことで「頼光が首をはねた」状況を「ヒキ」で示した。また、冒頭の2コマは同じ絵の連続であるため、二番目のコマの構図の中心を右にずらしてノド側を空けるとともに、右下のコマへの連続性も意識した。完成した本編ではさらに修正し、「首をはねられた土蜘蛛」に焦点化するために二番目のコマの土蜘蛛の目を隠し、代わりに流れる血液を見せた(図5及び本編184〜185ページ参照)。
 また、吹き出しもこの時に配置する。なるべく現代語訳に従うことを心がけたが、文字量と吹き出しの大きさを検討して必要があれば単語を削減したり、絵でわかることであれば換言して簡略化した。
 次節では、実際にネーム作業の内容について具体例を挙げて説明する。

 

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