ポラリスが降り注ぐ夜

マイノリティのリアルを誠実に書くということ

新型コロナウイルス禍の影響を受けて中止となった3月6日、日本橋・誠品書店での李琴峰さんと村田沙耶香さんの『ポラリスが降り注ぐ夜』刊行記念対談。場所をオンラインに移し、「こういうひとが真摯に描かれている小説をずっと読みたかった」と言う村田さんの『ポラリス』感想から、「どれも突拍子もないアイデアが秀逸」という李さんの村田作品への賛辞、そしてお互いの書法からマイノリティへの思いまで、たっぷりお話しいただきました!

■揺らぐ性を肯定する物語

―― 色とりどりの七編であるわけですが、どの話から書き始めたのでしょうか。
 わりと最初から順番に書いていきました。もともとの構想としては、二丁目を舞台にして、「ポラリス」だけじゃないいろいろな店を登場させて、短い話を一〇編書くつもりだったんですけど、最初の「日暮れ」を書いたら四〇枚と想定の倍になってしまったので、話を七編に減らしました。やっぱりちゃんと情景描写をすると分量が増えますね。
―― 七編を書くときに、タイトルのイメージはあったんですか。
 「日暮れ」と「夜明け」は最初からそうしようと決めていたのですが、あとは一作一作書きながら浮かんできました。「ポラリスが降り注ぐ夜」という全体のタイトルは書き上がってから編集者とも相談して決まった感じです。タイトルに「二丁目」や「仲通り」と入れたほうがいいのかなと悩んだんですけど、最終的に「ポラリス」で行こうということになりました。
―― タイトルはこの小説の薦め方の難しさとも関係していて、読めば面白いのは言うまでもないんですが、まず手に取らせるにあたって、二丁目の話であるとかレズビアンをはじめとするセクシュアルマイノリティの話ということを前面に押し出すと、またいわゆる「LGBTQ」の話かというマジョリティの無自覚な傲慢さで理解されかねない。しかし、彼らも我々と変わらないことで悩んだり喜んだりする人間であることを書いているという普遍性を押し出すと、彼らがやはりその固有のセクシュアリティにおいて持たざるを得ない困難が消去される。そのどちらでもなく、同時にその両方を書いていることをなんとかうまく伝えたいんですね。タイトルはいいところに収まっていると思いますが。
 私もすぐ普遍化されてしまうのはどうかなと思いますし、あくまでも二丁目という独特の歴史や力学によって生まれた街ならではのオーラがあるから書ける話であり、個々の登場人物もそれぞれ普遍的な個人であると同時に彼女らの属性ゆえに生じる哀しみもあるので、安易に普遍化はできない。それで、タイトルに二丁目を入れようと思っていたんですけど、やはり小説のタイトルとしては読み方を限定しすぎる気もして、『ポラリスが降り注ぐ夜』となりました。結果的にとてもいいタイトルになったと思います。
村田 けっきょくどの話も好きなんですけど、五章の「深い縦穴」も好きなんです。最初の「日暮れ」にも出てきた香凛という女性が揺らぐ性であることが描かれ、揺らぎを許されている感じがして、私にとってとても大切な物語になりました。わたしが『ハコブネ』というやはりセクシュアリティがあいまいな人物が出てくる話を書いたときに資料として読んだ本で「ゆらぎのセクシュアリティ考」という副題がついた本が二冊あって(『トランスがわかりません!! ゆらぎのセクシュアリティ考』『恋愛のフツーがわかりません!! ゆらぎのセクシュアリティ考2』、共にROS編著、迫共、今将人著者代表)、マイノリティの中でもセクシュアリティが揺らいでいるひとたちについてのものだったんですけど、それを読んで救われた気持ちになったことを思い出しました。香凛もレズビアンの恋人と、バイなのか純粋なレズビアンなのかで喧嘩したりして、でも自分でも決定できず揺らいでいるし、それでいいと思っていて、こういうひとが真摯に描かれている小説をずっと読みたかったし、そういう物語に存在してほしかったんだと思いました。
 きっとわたしのように、こういうあり方があるんだ、こういうあり方でいいんだと知ることで救いになるひとというのがたくさんいると思うので、もっと多くのひとにこの小説を読んでほしいと思っています。
 村田さんが言われたセクシュアリティのゆらぎというのは、セクシュアリティを考える上で非常に重要だと思うので、小説の中でも自分のセクシュアリティはこうだとはっきりわかっているひとがいる一方で、揺らいでいる、あるいはそもそも決めたくないと思うひとたちもちゃんと書いておきたかったんです。
村田 李さんと同様に松浦理英子さんの作品がわたしも好きで、2014年の熊野大学シンポジウムに参加したとき、松浦さんが講演でお話になっていたことが、自分の中に深く刻まれています。この講演は活字になって「すばる」2014年11月号にも掲載されているのですが、そこから引用をすると、「私が『ナチュラル・ウーマン』というレズビアンを題材にした小説を書いた時、心に決めていたのは、絶対に共同体の期待や好奇心に応える形ではレズビアンを描かないということでした」とあります。『ポラリスが降り注ぐ夜』もマジョリティが読んでマイノリティのことをわかった気になり、満足するような小説ではまったくなくて、静かな誠実さで、それぞれの形で語り手の人生が存在している。ただそれだけだということが、私にはとても信頼できる、大切なことだったんです。
 松浦さんはわたしもとても尊敬していて、彼女の過去のインタビューや対談を読んでも、現代の状況に通じることをおっしゃっている。わたしもマジョリティが喜ぶマイノリティ像、もっと厳しく言うと感動ポルノ的なマイノリティの話はしたくないというのがあって、マイノリティが差別に負けず頑張って幸せを掴むような話にはしたくなかった。「日暮れ」の「ゆー」はそういうマイノリティ像の正反対の人物像ですね。もちろん、誰だって自分の人生なので、自分が努力しないといけないんですけど、でも必ずしも努力できないひともいる。自意識は高くても自分に自信がないので、二丁目に行っても、積極的に場にとけこめなくて苦しい思いをするひともいますし、むしろそっちのほうが多いくらいなので、そういうひとたちのことも書かなければいけないと思ったんです。世の中で生きているセクシュアルマイノリティのリアリティを見ていると、マジョリティがもてはやすような、あるいは多様性やLGBTという言葉で括られるようなひとは、実はそんなにいないんじゃないかと思うんです。
村田 「多様性」ってすごく怖い言葉で、この言葉がマジョリティにとって気持ちがいい形で使われるとき、違和感というか恐怖さえ覚えるんです。それこそ感動ポルノのように、マジョリティの娯楽のひとつみたいに欲望を満たし、マイノリティという存在を気持ちよく消費しているのではないかという怖さがあって、『ポラリス』に出てくるマイノリティのひとたちはそんな消費をはねつける強度があって頼もしく思いました。
 松浦さんの言葉で、「マジョリティ側がマイノリティの知識を得ることによって、マイノリティをマジョリティ側に組み込むことが出来る。それは一種の知的植民地主義だ」というのがあって、その通りだと思うんです。わたしがこれまで書いてきたいくつかの小説も、リアリティの伴ったマイノリティ像を書いて、LGBTの小説だとか外国人の書いた小説だという読まれ方もしたんですけど、『ポラリス』については、一方的にマジョリティから見たマイノリティということではなく、さまざまなマイノリティ同士の理解や連帯だけじゃない葛藤や誤解も含めたリアルを書きたかったんです。それはたしかに二丁目を訪れるひとの姿をありのままに書くことでもあったわけですが。
 

2020年6月5日更新

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李 琴峰(り ことみ)

李 琴峰

1989年台湾生まれ。作家・日中翻訳者。2013年来日。2015年、早稲田大学大学院日本語教育研究科修士課程修了。2017年「独舞」にて第60回群像新人文学賞優秀作を受賞しデビュー。2018年『独り舞』を刊行(のちに自訳で台湾でも刊行)。2019年「五つ数えれば三日月が」が第161回芥川賞候補作となる。同年、『五つ数えれば三日月が』を刊行。2020年『ポラリスが降り注ぐ夜』を刊行。その他の作品に「流光」「星月夜」などがある。

村田 沙耶香(むらた さやか)

村田 沙耶香

1979年千葉県生まれ。2003年「授乳」で群像新人賞優秀作を受賞。2009年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞を、2013年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島由紀夫賞を受賞。2016年「コンビニ人間」で芥川龍之介賞を受賞。2019年、劇作家の松井周と共同で原案を作った『変半身(かわりみ)』の小説版を刊行。その他の作品に『タダイマトビラ』、『殺人出産』、『消滅世界』、『地球星人』、『丸の内魔法少女ミラクリーナ』などがある。

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