■リアルに書こうとすると世界が歪んでいく
李 村田さんの小説を読んでいると、ある意味で、より理解を拒むようなマイノリティを書くことにチャレンジしているように思います。「生命式」の世界は、多くのひとにとってショッキングなものでしたし(笑)、『殺人出産』にしても、それこそマジョリティの安易な理解を拒絶するようなことを書き続けていて尊敬します。
村田 最終的にマイノリティがマジョリティに理解されてよかったねという話は、わたしにとってはとても恐ろしく、辛い話なので、そう言っていただけると救われます。
李 『生命式』は短編集ですが、「生命式」はじめ、どれも突拍子もないアイデアが秀逸です。そういう発想はどうやって得られるのでしょうか。
村田 わたしなりにリアリズムで書こうとしているのですが、書いているうちにリアルが暴走するというか、気がつくと奇妙なところに行ってしまうんです。でも、最初から不思議な設定で話を書こうと思ったことは一回もないんです。書くときはだいたい、なにかの感情であるとか違和感を書こうと思っているんですが、それをリアルに突き詰めていくと世界のほうが歪んでいくのは、わたしにとってのリアルな世界がそもそも歪んで見えているからなのかもしれません。
李 ご自身にとってのリアルを突き詰めたら、十人産めば一人殺せる世界ができあがるわけですね(笑)。
村田 産むことが美化されるのはなぜかとか考え出していくと、どこかでパーンとはじけてそういう世界になってしまう。でも、それを自分はリアルだと思うので書くんでしょうね。もちろん、自分でも書きながら、なんだか変な設定だなあと思うことはあるのですが(笑)。
李 全体として変な世界でも、細部の手触りは妙に生々しかったりしますよね。「生命式」で食肉処理された人肉が業者から送られてくるところの描写とか。
村田 あそこは人体の本を見ながら、どこがおいしそうか想像して書きました。
李 調理法とかも調べたんですか?
村田 そうですね。わたしはぜんぜん料理得意じゃないので、レシピとかを調べて書きました。「村田さんの小説は出てくる料理がまずそう」とよく言われるのですが、「生命式」は珍しく食事シーンがおいしそうだったと言われました(笑)。
李 わたしもあまり料理をしないので、食事シーンはレシピを調べて書いたりするんですが、村田さんは料理でも虫を食べたり魔界の料理が出てきたりぶっとんだ発想ですごいなと思います。
村田 でもリアルのほうが先を行っていて、無印良品でコオロギせんべいを売り出したりして、昆虫食が当たり前になるかもしれなかったり、新型コロナウイルスにしても、少し前には想像もしなかった世界にあっというまになったので、リアルが実現する奇妙さには、ぜんぜん自分の想像力は追いつけないと思い知らされます。私は意識より無意識を信じていて、それはとても平凡な無意識なので、無意識を使って物語を書くことで、意識では気が付いていないけど感じていることが物語化されて、現実世界と繋がることがあると思うのですが、でもそも無意識の予感のようなものを軽く超えてしまう現実に呆然とすることもあります。
李 でも十人産めば一人殺せる世界にはまだなっていないから、村田さんの想像力のほうが勝ってるんじゃないですか(笑)。
村田 それよりも残酷な世界にならないよう願っています。ただ書くことしかできない日々ではあるのですが。
新型コロナウイルス禍の影響を受けて中止となった3月6日、日本橋・誠品書店での李琴峰さんと村田沙耶香さんの『ポラリスが降り注ぐ夜』刊行記念対談。場所をオンラインに移し、「こういうひとが真摯に描かれている小説をずっと読みたかった」と言う村田さんの『ポラリス』感想から、「どれも突拍子もないアイデアが秀逸」という李さんの村田作品への賛辞、そしてお互いの書法からマイノリティへの思いまで、たっぷりお話しいただきました!