ちくまプリマー新書

高次脳機能障害「言葉のキャッチボールができなくなる」ってどんな感じ?
『壊れた脳と生きる』より本文を一部公開

脳に傷を負った当事者と、高次脳機能障害を専門とする医師が語りつくす一冊『壊れた脳と生きる』(ちくまプリマー新書)が好評発売中! 41歳で脳梗塞を発症し、高次脳機能障害が残った大介さん。何に不自由なのか見えにくい障害は、援助職さんにも十分に理解されていない。どうしたら当事者さんの苦しみを受け止め、前に進む支援ができるのか。専門医であるきょう子先生と、とことん考え抜きます。

「自分勝手」レッテルの誤解

大介 高次脳機能障害の当事者さんは、自分勝手な発言をする、相手の立場を考えない発言をするようになる、とよく言われますよね。でもその言われ方は、ちょっと傷つきます。できれば、なぜそうなるかまで考えて、理解していただきたいです。

 相手の気持ち、立場に立って考えなくなるのは、自分勝手とかわがままになるんじゃなくて、相手の立場に立って考える思考がマルチタスクだからで、それができなくなるんです。だからこそ、後悔ばかりが多くなる。それを「わがまま」の一言にまとめられてしまうと、本当に耐え難いです。

きょう子先生 わがままではなく、相手の立場や気持ちをシミュレーションできなくなるということですね。

大介 単に伝えたいことを伝える、相手の言葉を理解するだけでも精一杯ですから、シミュレーションどころではないんですよ。

きょう子先生 当事者さんは、今自分が話すことで脳のキャパシティを100パーセント近く使っていて、それ以上相手の状態をシミュレーションする余裕はないという状態でしょうか。

大介 本当にそうなんです。自分の頭の中ですでにまとまっている箇条書きの情報を淡々と伝える、みたいなコミュニケーションしか取れない。さらに、自分の伝えたいことが伝わらないんじゃないかという気持ちが非常に強いせいで、同じ言葉を何度も繰り返し言ってみたり、つっかえてしまうことも多かったです。

 例えば「ちょっと怒ってるんだよね」と相手に言いたいとき、この言い方だけでは気持ちが伝わらないと思ったら、「いや、考えたらかなり怒ってるかも」、みたいな言い方をするものですよね。そうした言い回しがとっさには出てこなくて、「ちょっとちょっとちょっとちょっと怒ってるんだよね」とか「怒ってるんだよね、怒ってるんだよね、怒ってるんだよね」とか、言葉を繰り返して言ってしまう。こういう言い方をしているときは、パニックの渦中です。第三者から見たらまずい人に見えそう、ということが分かっていながら(笑)。

きょう子先生 自分で、まずいということに気づいていたのですね。

大介 まずいまずいまずいって、焦りまくってます。

2021年6月21日更新

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鈴木 大介(すずき だいすけ)

鈴木 大介

1973年千葉県生まれ。文筆業。子どもや女性、若者の貧困問題をテーマにした取材活動をし、代表作として『最貧困女子』(幻冬社新書)などのあるルポライターだったが、2015年、41歳のときに脳梗塞を発症し高次脳機能障害が残る。当事者としての自身を取材した闘病記『脳が壊れた』『脳は回復する』(ともに新潮新書)が話題に。他にも、夫婦での障害受容を描いた『されど愛しきお妻様』(講談社)『発達系女子とモラハラ男』(漫画いのうえさきこ。晶文社)、当事者視点からの実践的な援助ガイドを試みた『「脳コワさん」支援ガイド』(日本医学ジャーナリスト協会賞受賞。医学書院)、当事者と臨床心理士との対話を記録した『不自由な脳』(山口加代子氏との共著。金剛出版)などの著書がある。

鈴木 匡子(すずき きょうこ)

鈴木 匡子

東北大学大学院医学系研究科高次機能障害学分野教授。神経内科専門医。山形大学医学部卒業。東北大学脳神経内科で神経内科学を学んだ後、メルボルン大学で神経心理学の臨床・研究を開始。帰国後は東北大学神経内科・同高次機能障害学、山形大学大学院医学系研究科高次脳機能障害学教授などを経て、2017年より現職。著書に『視覚性認知の神経心理学』(医学書院)、『症例で学ぶ高次脳機能障害』(中外医学社)など。

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