ちくま新書

ミャンマークーデターから5カ月(上)――深まる国軍と市民の溝
『ミャンマー政変』著者、北川成史によるレポート

7月8日、『ミャンマー政変――クーデターの深層を探る』(ちくま新書)が刊行されました。東京新聞・中日新聞バンコク支局特派員としてミャンマーでの取材を重ねた北川成史記者が、今年2月1日に発生したミャンマー国軍によるクーデターの影響を辿り、その複雑な背景について掘り下げています。
世界に衝撃を与えたそのクーデターから5カ月余り経ちますが、事態の収拾する見通しはまったく立っていません。国軍と民主化を希求する市民との溝は深まるばかりであり、内戦の恐れすら指摘されています。『ミャンマー政変』脱稿後の情勢を追加取材していただきました。

国軍総司令官のロシア訪問
 折しも翌3日は、クーデターを主導した国軍のミンアウンフライン総司令官の65歳の誕生日だった。
 現地メディアによると、各地で市民が総司令官用の棺に模した箱を用意するなどして抗議。スーチー氏とは真逆の嫌われ者ぶりを露呈した。
 ピエリヤンアウンさんの故郷である第2の都市マンダレーでは、若者らが総司令官の写真が貼られた箱を燃やし、「あなたの誕生日と命日が同じ日でありますように」というメッセージを掲げたり、3本指をかざしたりして行進した。
 総司令官の定年は以前、60歳だった。だが、ミンアウンフライン総司令官の任期中に65歳に延長された。さらに、2月のクーデター直後、その規定も撤廃された。
 クーデターの正当化を含め、度を越した身勝手さに対して、国民は怒りを露わにしているのに、国軍が向き合う気配はない。
 現地の人権団体「政治犯支援協会(AAPP)」の7月12日時点のまとめでは、クーデター発生以降、国軍による市民の死者は902人に上る。
 国軍側は、こうした犠牲者数に基づく民主派の批判について「検証を伴わず、一方的」とはねつける。

 他方で、自分たちに融和的な国には擦り寄っている。
 ミンアウンフライン総司令官は6月20日から8日間かけて、ロシアを訪問した。
 拙著でもロシアへの接近について触れたが、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、ミャンマーは2019年までの10年間で、8億700万ドル(約880億円)のロシア製兵器を購入したと推定されている。クーデター後、3月27日の国軍記念日に開かれた式典に、米英や日本が出席を控える中、ロシアはフォミン国防次官を派遣している。
 ロシア訪問中、ミンアウンフライン総司令官はショイグ国防相らと会談し、友好関係を演出。欧米がクーデターへの批判を強める中で、ロシアを後ろ盾にしようとする姿勢が見える。 
 国内で国軍は2月下旬以降、民主派への弾圧を強めてきた。抗議デモの形態は現在、初期よりも小規模で短時間のゲリラ的になっている。
 総司令官の訪ロ後の6月30日、国軍はクーデターへの抗議などで拘束されていた市民2300人を解放した。AAPPによると、前日時点で5200人余りが拘束されていた。
 国を遠く離れた外遊に加え、大人数の解放は統治能力の誇示とも取れる。
とは言え、目立つ人間への圧力は弱めていない。解放された人々に、スーチー氏ら重要人物は含まれていない。ピエリヤンアウンさんが6月16日、帰国を拒否した後、マンダレーの実家には国軍の監視が付くようになったという。

民主派の軍隊結成、戦闘へ
 たぎるような市民の不満は、国軍の締め付けを受けながらも、噴き出す場所を探している。民主派勢力が樹立した「挙国一致政府(NUG)」は5月5日、独自の部隊「国民防衛隊」を設立したと明らかにした。少数民族武装勢力と連携した「連邦軍」の準備組織に位置付けられている。
 これをきっかけに、市民が各地で独自の武装勢力をつくる動きが活発化。国軍との衝突が起きている。
 6月22日、マンダレーで、武装した民主派の市民の拠点を国軍が急襲し、複数の死者が出た。7月2日には北西部ザガイン管区で、国軍と市民の武装勢力の戦闘が起き、市民40人以上が死亡したと報じられている。
 市民のクーデターへの抵抗は、職場を放棄して行政や経済の活動を麻痺させ、抗議の意思を示す「市民不服従運動(CDM)」や街頭デモ、SNSを使ったメッセージ拡散など、非暴力的な方法で推移してきた。しかし、一方の国軍が武力に物を言わせ、なりふり構わず民主派勢力を黙らせようとしてきたため、抗議活動は実を結んでいない。
 このため、民主派勢力の一部は、武力での対抗を模索している。少数民族武装勢力のもとで訓練を受ける若者も相次いでいる。

 ミャンマー情勢を話し合うため、東南アジア諸国連合(ASEAN)は4月、臨時首脳会議を開いた。ミャンマーからはミンアウンフライン総司令官が出席。加盟国は「当事者間の対話」「対話促進に向けてASEANの特使派遣」など5項目で合意したとされる。
 ただ、ミャンマーで国内対話は進まず、特使の派遣は7月上旬段階で実現していない。

 国軍が力で民主化勢力を押さえ付けながら、時間を稼ぎ、支配体制を固めようとする方向性が明確になっている。その頑なな姿勢に民主化勢力は不信感を高め、本格的な内戦化の恐れすらちらついている。
(つづく)