ちくま新書

コロナ後の「夜の街」はどこへ向かうのか
『性風俗サバイバル』刊行記念対談

『性風俗サバイバル』の刊行記念で著者の坂爪真吾さんと、ノンフィクション作家でホストクラブを追った『夢幻の街』の著者である石井光太さんに対談していただきました。標的とされた「夜の街」はこれからどうなっていくのか、歴史を振り返りながら考えます。


風俗の歴史を追う-----

・80年代~ マッチングから始まったホストクラブ

石井 80年代のホストクラブはマッチングが目的でした。男性が、お店の外でも会う女性を探していた。お店はただの社交場です。ホストたちはお店の中で値引きして、外で貢いでくれる女性を探していました。
 ところがホストの男性たちは、どうせ稼ぐならナンバーワンになりたい、と考えた。名誉にこだわる。少年院もそうですが、男性は世間の道から外れても、物事をピラミッドで考えて、上に登っていこうとするんです。女性は道を外れると、自分を消そうとか、そっちに行ってしまう。もう一度ピラミッドを登ろうというのは少ないです。グループを作るのは、男と勝ち組の女性だけ。

坂爪 確かに、風俗で女性同士が集まるというイメージは無いですね。80年代というと、風営法ができる前後の時期です。当時働いていた女性たちはプロ、玄人というイメージがあります。稼いだら辞めるという世界だったと思います。

・90年代~ニューホストクラブ時代

石井 90年代初めのホストクラブは裏カジノみたいなものでした。経営者はヤクザ、お客さんは月に400万、500万稼ぐソープ嬢とか。
 ところが風営法ができて、表だって営業ができなくなった。そこでスナックを借りて、閉店後から明け方までホストクラブとして営業する。小規模で値段も安い。もちろん営業許可は取っていません。許可をとっていたら12時に閉めなくてはいけない。
 そこに集まって来たのが、当時ブームになっていた援助交際の女の子たちです。家庭環境が悪く、家に帰りたくない、でもお金はあるからホストに来る。帰りたくない子たちの居場所になっていた。
 
坂爪 自分も当時高校生でしたが、90年代のホストブームの背景に、援助交際のブームが影響していた、というのは目から鱗でした。

石井 以前は、風俗と言えば本番がメインでした。風俗と言えば本番しかなかった。ソープかホテトル。そこから業態が多様化していって、情報誌がたくさん出て、フードル(風俗嬢のアイドル)が出たりして、イメージが変わってきた。そして援助交際のブームによって、素人がいっぱい入ってきた。
 性風俗や売春の世界の構造が変われば、そこからお金を吸い上げて生活しているホスト達の生態系も変わらざるを得ない。それに合わせてニューホストクラブが生まれた。ひとつの業界が変わることで、それを取り巻く業界も変わっていく。

・2000年代~闇金バブル

石井 2000年代半ばには、歌舞伎町浄化作戦がありましたね。当時の石原都知事と警視庁が主導して、店舗型の性風俗店やヤクザ絡みの店を歌舞伎町から排除しました。残ったお店も、12時で閉めろ、キャッチは違法だ、納税しろ・・・となった。それまで個人店舗が違法ギリギリでやってきた経営が成り立たなくなりました。
 
坂爪 風俗の大半が無店舗系のデリヘルに移行したのがこの頃ですね。ビジネスになると、会社組織として継続的に利益を出さないといけない。組織の論理が優先されて、元々風俗にあった人情味のようなものが無くなった。その結果、今回のコロナのような社会変動が起こると、女の子たちを一斉に切り捨てることになる。皮肉なことですが、違法だった時代のほうが、グレーならではの共助が機能していたのかもしれません。

・2010年代~ SNS時代到来

石井 2010年代に入って、クラブが広告費を出して宣伝するという形式が、SNSに代替されました。一人のホストが不特定多数の素人の女の子にリーチできるようになってしまい、搾取される素人の女性が増えました。ホストにハマって困る女性が一気に増えた印象があります。風俗も、女性がSNSで直接客にリーチするというのはありますか?

坂爪 あります。風俗の場合だと、SNSの普及によって、女性が直接発信できるようになり、フォロワーも自前で増やせるようになりました。店舗の公式アカウントよりも、在籍している女性個人のフォロワー数の方が多い、という例は珍しくありません。
こうした中で、店舗と女性の関係性が崩れつつあります。また女性と客が直接やりとりをできるようになったことで、トラブルも増えました。何かあったらお店が守ってくれる・・・と言い切れなくなりました。

石井 SNSや掲示板は、書き込みされれば気になるし、傷つく。良識ある人でもうまく使いこなせないものを、10代、20代の精神的に不安定な人がやっても、良いことがあるわけない。
 ちなみにホストの世界は、育ちや学歴に関係なく、誰もが成功をつかむチャンスがあると言われていますが、成功してうまくいったホストは、ほぼ例外なく、育ちが良いか、親にきちんと愛情を注がれてきています。危機管理能力があるから、誘惑の多い業界の中でも長生きすることができる。育ちの良くない人間は、どこかで消えていく。全く夢の無い話ですが、事実です。

坂爪 風俗の世界も、情報発信やブランディング等々、自己管理能力や危機管理能力が無いと勝ち残っていけない。「風俗で稼げる人は、風俗じゃなくても稼げる人」という傾向は強まっていると思います。

石井 ヤクザもそう。覚せい剤で儲けられるのは「売っても、自分ではやらない」という人。ホストも風俗も、自己プロデュースが求められる世界ですね。成功する人は自己コントロールできるという共通項があります。

・2020年~ コロナ禍でも営業するホストクラブ

石井 2020年4月、ホストクラブは行政から営業停止を要請されました。でも現実的には無理でした。店を閉めてしまうと、ホストたちは直でパーティをしたり、閉めずに営業している店に移籍してしまうんです。お客さんはお店ではなくホストについているので、お店は客ごと失うことになる。だとすれば、店を開いてコントロールしていた方がマシ、という判断で営業していました。
 ホストに来る女性たちも、家にいられない、いたくない人たちばかり。そうした中でクラスターが発生してしまう。ホストクラブは、ビジネスモデル的に閉店できなかったのです。こうした事情を踏まえずに、ただ「営業している」という結果だけを切り取って批判するのはおかしい。

坂爪 風俗も同じです。そこでしか働けない人がいて、それを利用している人間がいる。プロセスを見ずに、一部だけを切り取って責めても仕方がないと思います。

コロナ禍でも出勤する風俗の女の子たち

坂爪 風俗の仕事をしている女性たちには、仕事を休めない理由があります。一番は「他に選択肢がないから」です。彼女たちは過去、家庭や職場、社会のなかで辛い出来事を経験しています。そうした中で、やっと夜の世界に自分の居場所を見つけたという方も少なくありません。コロナで夜の世界がダメになったからといっても、他に行く当てがない。
 夜の世界に縁のない人達からすれば、「出勤しても稼げないなら、社会保障の利用とか転職とか考えれば?」と言いたくなりますよね。しかし彼女たちの多くは、「今のことしか考えられない状態」にあります。過去の経験から、今より良くなっている未来が想像できず、先のことは考えたくもない。家族もあてにできません。そのような状況に加え、一人では到底解決できそうもない問題が次から次へと舞い込んできます。誰だって余裕がない時は、すぐ先のことしか考えられないですよね。
 支援が成り立つ前提として、彼女たちに「この人を信頼したら何とかなる」と思ってもらう必要があります。しかし、彼女たちの中には、信じていた相手に切り捨てられた経験を持つ人が少なくありません。いつ捨てられるかわからない人に頼るくらいなら自分でなんとかする。誰にも頼らないで生きていく。そのようなマインドがあると思います。
生きていく上で、彼女たちにもプライドがあります。だから、そもそも支援を求めていないのかもしれません。風俗の世界に来る前に、信頼できる大人との出会いがあれば・・・と思います。

石井 少年院の子たちも同じです。まともな大人に接していない子が多い。だいたい小学校の3・4年くらいまでの間に、周囲の大人によって考えの枠組みが定まってくる。似たもの同士で集まるようになると、価値観が変わるきっかけもないし、まともな大人と接する機会はどんどん減る。
 結局は格差です。どんな環境に生まれるかによってその子の「基礎部分」が決まってしまう。
 子どもの頃に、社会に対して必死で働きかけるような大人たちと接する機会を作ることが非常に大切だと思います。

なぜ風俗に留まるのか-----

石井 海外と比較してみましょう。海外は路上売春やストリートチルドレンの売春が中心です。彼ら・彼女らは単純にお金がない。ビジネスとして割り切っているところがあり、たくましさすら感じます。
 ところが日本の場合、お金だけでなく心の問題を抱えていることが多いです。社会のなかで心を傷つけられ、そこから回復できなかった人たちが、夜の世界に流されてくるように思います。

坂爪 そうした女性が、風俗で働くことで自信をつけるケースもあります。風俗の世界は、社会や人間関係に躓いた女性が、自助努力で何とかしようとする世界でもあります。やっと居場所を見つけた、やっと自立できたという感覚が、傷ついた自尊心の回復につながるケースがあります。自立できている自分にプライドを持つ。それがアイデンティティと化して、風俗に留まる理由になることもあると思います。

夜の街はどこに向かっていくのか

石井 今後、どんどん不健全になるのは間違いないでしょう。ある吉原の社長は、コロナ以降、ほとんどのお店がノースキン(コンドームをつけない)や中出しのお店に変わったでしょう。コンドームを付けるお店は全く客が入らなくなりました。当然、性病のリスクも増えます。そもそもコロナ渦に来るようなお客なので、性病についても全く気にしていないという部分もあります。
 女の子にノースキンのサービスをしてもらうのは、簡単なことではありません。時間をかけて説得するしかありませんが、非常に労力が要ります。店側はスカウトを利用して女の子を説得させようとします。結果として、スカウト店の利用も増えました。スカウトは存在自体が違法です。コロナを引き金に、それまで業界で保たれていた絶妙なバランスが崩れ、ドミノ倒しのように不健全化しているように思います。

坂爪 悩ましい問題ですが、ノースキンの問題も含めて、風俗の世界の中で起こっている問題は、一概に「ダメだ!」と規制すればいい問題ではありません。風俗しか生きる場所がない、風俗があるから何とか生活できているという人も大勢いるからです。そのためにも、夜の世界に関係がない人たちも今、現場ではこうした問題が起こっている、と知ってほしいです。

石井 僕個人の建前としては「風俗NO」です。その世界にいることで損をすることがあまりに多すぎる。本人が良かれと思っていても、実際に本人が失うものが甚大なんです。
ただ、正解はひとつではない。働くことで損をしている人がいるという現実は見なければいけないですし、手を差し伸べる人も必要だと思います。だからといって、全員が全員、風俗を肯定することが健全だとも思いません。風俗で働く女性=社会的弱者という見方を嫌がる人もいるでしょう。
 必要なのは、社会として何をしていかなくてはいけないかを考えることだと思います。誰が悪いという問題ではなく、社会全体の構造で捉えなければなりません。なぜそのような社会になっているのか。なぜ分断が生まれているのか。一人ひとりが考えていかなくてはいけないと思います。