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第3回 われらは傷を修復する――『進撃の巨人』論(1)

アナキスト/フェミニストの高島鈴が、社会現象級の大ヒット作を正座で熟読。マンガと社会を熱く鋭く読み解く、革命のためのポップカルチャー論をお届けします。
最終回となる第3回は、累計発行部数が世界で1億部を超え、今年完結を迎えた諫山創『進撃の巨人』(2009~21年/講談社)。この歴史に残る作品は、いかに歴史を描いたのでしょうか。

●マーレの歴史語り
 後半(23〜34巻)は、打って変わって大陸側の大国・マーレから物語が始まる。マーレは845年にパラディ島の壁を攻撃してきた「超大型巨人」「鎧の巨人」の故郷であり、収容区に隔離したユミルの民を巨人兵器として搾取している軍事国家だ。
『進撃の巨人』の特異性は、この視点の転換にある。舞台はパラディ島からマーレへ移動し、島を攻撃していた人びとの背景と生活世界が描かれる。そしてエレンは後半からパラディ島以外の人類を虐殺しようと企図する「ラスボス」として立ち現れ、物語はエレンの虐殺を阻止しようとする人びとに主眼を置く群像劇に変化するのである――実際に前半で頻繁に挿入されたエレンのモノローグは、後半では激減する。
 ここで登場するのが、マーレ側で語られるエルディアの歴史だ。マーレではフリッツ王に最初に叛旗を翻したとされるエルディア人貴族・タイバー家が、実質的なマーレのトップとして君臨してきた。だがタイバー家はマーレの軍事化を止められず、国は戦争を繰り返し、世界中に敵を増やした。近代的兵器の発展で巨人の力にも頼りきれなくなってきたマーレは、パラディ島を共通の敵とすることで増え過ぎた敵国と同盟を結ぼうとする。その際タイバー家が選んだ手法が、マーレのナショナル・ヒストリーの語り直しなのである。
 タイバー家は世界の首脳をマーレのエルディア人集住地区に集め、派手な演出の劇を交えて歴史を語り始めた。まずマーレにおいて、巨人は大量の人命、そして「民族や文化[…]その歴史」【12】を奪った存在であり、「その殺戮こそが人類史であり/エルディア帝国の歩んだ歴史」【13】である、と述べる。従来のマーレのナショナル・ヒストリーでは、エルディア帝国がパラディ島まで撤退したのは、マーレの英雄・ヘーロスとタイバー家が手を組み、帝国の内紛を煽ったためであると教えられてきた【14】。だがタイバー家が新たに説明したのは、実のところ結託していたのはフリッツ王とタイバー家である、という隠蔽されてきた歴史だ。「壁の王」フリッツがパラディ島に退いたのは、先に紹介したフリーダが述べた通り、「裁き」を受け入れて戦わずに殺されるためである。タイバー家はこの王の思想を「平和思想」【15】と位置付け直した上で、その平穏を破るのが王の能力「始祖の巨人」を奪ったエレン・イェーガーであり、エレンが「始祖の巨人」を所持しているがゆえにパラディ島は滅ぼさねばならない、と結論づけるのだった。

「我々は国も人種も異なる者同士ですが!! 死にたくない者は力を貸してほしい!!/どうか…一緒に未来を生きてほしい!!/パラディ島の悪魔と!! 共に戦ってほしい!!」【16】

 タイバー家はパラディ島殲滅を「平和」実現に不可欠な目標として世界に共有し、マーレへの敵対心を含めて複雑に対立していた世界地図を、「世界対パラディ島の悪魔」という「親切なくらい分かりやすい、、、、、、、、、、、、」構図に描き直したのである。この作為に歴史が利用された点を見逃すべきではない。歴史叙述とは未来の生成であることを、この場面は明確に示した――タイバー家は大仰な劇と語りを介し、誰が敵で誰が未来を生きるべきではないのか、世界を説得してしまったわけだから。壁の内側でも外側でも、国家が歴史を動員して世界を単純化する操作は同じように利用されていたのである。
 エレンはタイバー家の、もといマーレと世界じゅうからの宣戦布告を聞き届けると、その場で巨人化し、全ての破壊に踏み切った。いわば歴史劇に熱狂していた人びとの前で「パラディ島の悪魔」の実物を演じてみせたわけである。エレンの要請によってこの戦闘に参加させられたパラディ島の面々は、和睦の道をここに喪失した。(つづく)

 

【注1】この世界観の解説はあくまでも序盤のものである。
【注2】ヘイドン・ホワイト著/上村忠男監訳『実用的な過去』岩波書店、2017年
【注3】1巻、55~56頁
【注4】14巻、14~15頁
【注5】調査兵団設立の目的については、「王政の指し示す壁外不干渉の方針には疑問を唱える民衆がいる その不満を解消するために作られた組織と言えよう」(18巻、19頁)と説明されている。
【注6】2巻、15頁
【注7】30巻、111~112頁
【注8】30巻、109頁
【注9】22巻、149頁
【注10】15巻、147頁
【注11】22巻、186頁
【注12】25巻、23頁
【注13】25巻、24頁
【注14】25巻、25頁
【注15】25巻、46頁
【注16】25巻、83~84頁

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