くたばれ、本能。ようこそ、連帯。

第3回 われらは傷を修復する――『進撃の巨人』論(2)

アナキスト/フェミニストの高島鈴が、社会現象級の大ヒット作を正座で熟読。マンガと社会を熱く鋭く読み解く、革命のためのポップカルチャー論をお届けします。
最終回となる第3回は、累計発行部数が世界で1億部を超え、今年完結を迎えた諫山創『進撃の巨人』(2009~21年/講談社)。この歴史に残る作品は、いかに歴史を描いたのでしょうか。

●調査兵団――探索と死者への責任
 エレンが〈地鳴らし〉を決行した絶望的な状況の中で、それでも虐殺を制止するべく、共同体・利害関係をまたいだ数名が立ち上がる。この連帯をオルグしたのは、調査兵団第14代団長・ハンジであった。現実を諦めていた人たちを説得したハンジの動きと調査兵団の精神性は、本稿のテーマである革命を考える上で、最も重要な部分であると言っても過言ではない。
 ここでいう調査兵団の精神性とは、一つには「理解することをあきらめない姿勢」【36】であり、もう一つには死者への責任があるだろう。

「憎しみを糧にして攻勢に出る試みはもう何十年も試された/私は既存の見方と違う視点から巨人を見てみたいんだ 空回りで終わるかもしれないけど…ね/でも…/私はやる」【37】

 まず「理解することを諦めない姿勢」に関して注目すべきは、上記のハンジのセリフだ。これは序盤、巨人化能力の保持が発覚して強制的に調査兵団最強の部隊・リヴァイ班に放り込まれたエレンが、最初に調査兵団のスタンスに触れ、感銘を受けるシーンの発話である。
 もともとハンジもエレン同様、根底に世界の不条理に対する憎悪を持ち、生き急ぐように巨人への抵抗を志向してきた。だがハンジは巨人の身体構造に違和感を抱いた日から巨人に多大な愛着と好奇心を抱くようになり、「巨人を殺す」という対処療法ではなく、「巨人とは何か」という方向へ問題意識の舵を切ったのだ。この問いの立て方こそ肝要である。「誰も何も知らない」世界を抜けて世界の複雑さを積極的に求め、向き合おうとする、それが調査兵団のあり方そのものだからだ。
 そして死者への責任については、調査兵団が他のどの兵団よりも死者を出している組織であることに深く関係している。特に物語の前半において幾度となく提示されるのは、どの選択が正解であるか誰にもわからない状況と、選択の結果として不条理に訪れる仲間の死だ。これらは調査兵団の面々に、自らの選択が仲間を死に導いたという苦悩、そして仲間の死を意味あるものにするには生き残った自分が仲間の遺志を継いで行動するほかない、という重責を突きつけ続けた。特にエルヴィン、リヴァイ、ハンジら古株組が大きな判断をするタイミングでは、死んでいった仲間の影が実際に画面の上に描かれる。

「見えるか? 俺達の仲間が…/仲間達は俺らを見ている 捧げた心臓がどうなったか知りたいんだ/まだ戦いは終わってないからな」【38】
「私は…まだ調査兵団の 14代団長だ/人類の自由のために心臓を捧げた… 仲間が見ている… 気がする/大半は壁の外に人類がいるなんて知らずに死んでいった だけど…/この島だけに自由をもたらせばそれでいい/そんなケチなこと言う仲間は いないだろう」【39】

 前者はエルヴィン、後者はハンジのセリフだが、いずれも自分個人で背負いきれない重圧から逃げたくなったとき、自己を現実に向き合うよう、、、、、、、、、、、、引き止めるものとして、、、、、、、、、、死者の視線、、、、、が登場している、、、、、、、。死者は、少なくとも物理的には、すでにそこにはいない。だが死者の視線は死者を負う生者のもとに残り続け、その意思決定に関与するのだ。ゆえに死者を負う者は一人であっても一人ではない。生者と死者の間に主従関係を作らないこと、声なき者の声に誠実に耳を傾けること、自らの選択が生きている他者/生きていない他者の存在に与える影響を常に考慮に入れること。これは血溜まりの底で行われる、最も誠実な歴史実践の一形態だろう。
 ハンジはマーレの戦士・軍人、調査兵団、反マーレ義勇兵などを寄せ集め【40】、即席の共同戦線を張る。理由はたった一つだ――「虐殺はダメだ!! これを肯定する理由があってたまるか!!」【41】。この限界から生じた社会正義は、戦時下においてうまく人を束ねきれなかった。ハンジはみなを集めて共に火を囲むが、各々が互いの禍根をぶちまけ始めたせいで、連帯は破局寸前に陥る。
 だが死んでいった調査兵団の兵士・マルコ――ジャンの親友であり、ライナーらに殺された――の最期の言葉、「俺達はまだ話し合ってない」【42】が、ぎりぎりのところで人びとを繋ぎ留めた。もちろんそれだけでは何も解決しない。怒り、一触即発の空気、殴打、土下座、耳を塞いで逃げる姿勢、それら苦しげな振る舞いがまだぎちぎちと軋む。それでも張り裂けそうな「今」を手放さないための希望は、やはり死者の遺していった、、、、、、、、、対話の可能性、、、、、、であったのだ。

「君達に責任は無い 同じ民族という理由で過去の罪を着せられることは間違っている/ピーク アニ ライナー お前達も世界の憎しみを一身に背負ういわれは無い…/だが…/この…血に塗れた愚かな歴史を 忘れることなく後世に伝える責任はある/エレン・イェーガーはすべてを消し去るつもりだ… それは許せない 愚かな行いから目を逸らし続ける限り地獄は終わらない」【43】

 マーレの軍人・マガトは、翌日になってから「軽々しくも正義を語ったこと」【44】を謝り、このように告げる。前日の対話の破綻は、火を囲む者たちがみな「血に塗れた愚かな歴史」の共犯者であることを図らずも暴いた。ゆえに生きてそれを語り伝えねばならない。差異を保持したままに、語りへの応答を聞かねばならない。それが対話の意義であり、死者との約束なのだ。
 なお、イェーガー派はパラディ島を「新生エルディア帝国」と称し、戦死者を頭数で数えて「英霊」と呼び、さらには敵の打倒に歓喜することが死者への弔いだと叫んだ【45】。生者のイデオロギーに死者を動員するナショナリストが「めちゃくちゃ」になったエレンに同調するのは、歴史に背を向けている点で説得的に連結している。(つづく)

 

【注17】この前後のエレンは無表情かつモノローグが皆無であるため、意図の読解には多くの読者が困惑を強いられた。あまりの読み取りにくさゆえ、ネット上ではエレンの考えを把握するためのインターネットミーム「エレンポイント」が考案されたほどである。エレンポイントとは、自分が(やむをえず)引き起こした事象を時代や環境のせいにせず、自分のせいであると主張するとエレンの好感度が上昇する、という尺度のこと。
【注18】25巻、75〜77頁
【注19】24巻、124〜126頁
【注20】32巻、154頁
【注21】30巻、121〜123頁
【注22】34巻、197頁
【注23】30巻、98〜100頁
【注24】34巻、204〜206頁
【注25】31巻、145頁
【注26】27巻177〜178頁、31巻99頁
【注27】4巻、37頁
【注28】27巻、57頁。妊娠した女王ヒストリアに、無理やりにでも「獣の巨人」を継承させるべきだと主張する憲兵・ローグが、ヒストリアの身を慮る声に返したセリフ。
【注29】王政に追われる身となり濡れ衣を着せられた調査兵団が、巨人の侵攻で荒廃した街の住人であるリーブス商会の親子や、王政の御用新聞を発行するベルク新聞社の記者の翻意によって王政の打倒に成功する流れが描かれる。「変えたのは私達じゃないよ」「一人一人の選択が/この世界を変えたんだ」(15巻、137〜138頁)というハンジのセリフが象徴的だ。
【注30】9巻、59頁
【注31】9巻、61頁
【注32】28巻、43〜44頁
【注33】2巻、15頁
【注34】31巻、77〜78頁
【注35】27巻、140頁
【注36】33巻、81頁
【注37】5巻、92〜93頁
【注38】20巻、74〜75頁
【注39】32巻、11〜12頁
【注40】具体的には、ハンジ、マガト、ピーク、アニ、ライナー、ミカサ、ジャン、コニー、アルミン、イェレナ、オニャンコポン、ファルコ、ガビ。
【注41】32巻、10頁
【注42】32巻、35頁
【注43】32巻、64〜65頁
【注44】32巻、64頁
【注45】26巻、103〜104頁