十代を生き延びる 安心な僕らのレジスタンス

第8回「成績が伸びない」と思っているあなたへ

寺子屋ネット福岡の代表として、小学生から高校生まで多くの十代の子供たちと関わってきた鳥羽和久さんの連載第8回は、親にとっても子供にとっても大きな関心事「成績」についてです。

この連載は大幅に加筆し構成し直して、『君は君の人生の主役になれ』(ちくまプリマー新書)として刊行されています。 刊行1年を機に、多くの方々に読んでいただきたいと思い、再掲載いたします。

幻想の共同体、母と娘

ただし、大人のストーリーが必ずしも子どもを直接に傷つける方向にいくかといえば、そうとは限りません。例えば、さっき話した妙子さんの場合は、お母さんが妙子さんにめちゃくちゃ同情的なんですね。こんなに毎日がんばってるのにかわいそう、かわいそうって、もういまにも彼女を抱きしめて泣き出しそうな感じで話すわけです。

私にはそれがとても意外なことに思えて、なぜかというと、妙子さんは学年の中でも宿題をほとんどやってこない生徒のリスト最上位の子だったんです。授業中の理解力が高くて数学が得意な子だったのですが、せっかく理解して解けるようになった数学の問題も家で復習しないから次の授業のときには解き方を忘れているし、英単語を覚えるのも短時間で器用にこなせる子なのに小テストではいつも100点満点で20点前後しかとれません。つまり、私から見た彼女は全くといっていいほど家庭学習をしていない子だったのです。でも、お母さんは「妙子はすごくがんばってる」と言う。とても不思議だなと思いました。

話を詳しく聞いていくと、彼女は毎日最低2時間はぶっ続けで自分の部屋で黙々と勉強しているそうなんですが、たまにスマホの誘惑に負けるそうなんですね。彼女が毎日やっているのは、LINEとインスタ、さらにTikTokとYouTubeの動画を見ることで、さらに週に数日はゲームで繋がってる友達とチャットをするそうなんです。いやそれ、たまに誘惑に負けるというより、むしろ誘惑に負けてしかいないだろ、と思ったのですが、根拠のないことは言うまいと思い、黙って話を聞いていました。

話を聞けば聞くほど私には、目の前にいる親子が「がんばっているけど成績が伸びない」という気持ちのいいストーリーに浸ったまま、「勉強のやり方がわかってないので、教えてください」と言っているようにしか思えなくなりました。つまり、「成績が伸びない」のを環境(学校や塾など)のせいにすることで、親子でできるだけ心地よい場所にいようとしているようにしか感じられなかったんです。妙子さんはこうやってずっとお母さんに守られてきたんだなと思いました。

この作戦は、親と子が幻想に浸ったままいつまでも気持ちがいい点ではよいのかもしれませんが、妙子さんの学力をほんとうに伸ばすという意味では残念ながら大失敗です。なぜなら、妙子さんはどこまでも他人のせいにすることを許されているせいで、いつまでたってもなりふり構わず自分の力でやってみることができないからです。

結局のところお母さんは、妙子さんを守ることを通して、彼女の学力が伸びることを自らの手で封じているわけです。そして、お母さんが本人を通して望んでいることは、実はそれなんですよ。ちょっと怖ろしくないですか。

馬を水辺に連れていくことはできても、水を飲ませることはできない

妙子さんのお母さんもそうですが、子どもにいつも他人に依存するように教え、そのことを通して、本人の伸びる力を根こそぎ奪ってしまう親がいます。勉強にすぐ行き詰まる子どもと親は、教えてもらうことが勉強だとすっかり勘違いしてしまっているのです。でも、教えてもらうのはあくまで入口だけです。そりゃもちろん、入口がスムーズな方が入りやすいですよ。でも、入った後は自分でやるんですよ。自分でしか前に進めないんです。

当たり前のことなのに、勉強を受け身で与えられ続けているからそんなこともわからなくなってしまう。学校や塾に「うちの子は勉強のやり方がわかっていない」と訴える親、授業でさんざん具体的なやり方を教わった直後に「勉強のやり方がわかりません」と相談に来る子どもは、入口の後を他人になんとかしてもらいたいと思っています。その時点で致命的にアウトなのに、その点がどうしても伝わらないことがあります。これは勉強に限らず、生き方に関わってくる話です。こうやって、自分の足で立つことを、知らず知らずのうちに自分で手放している人がいるのです。

おそらく親は自身がそうやって生きてきたから、子どもに対しても同じようにするしかないのだと思うのですが、こんなふうに、親がよかれと思って子どもに掛ける言葉の端々(はしばし)に、親の生き方がそのまま反映され、確実に子どもの人生を左右しているのを目撃するたびに、親と子の切っても切れない紐帯(ちゅうたい)の強さについて考えずにはおれません。

「成績が伸びない」と思っているあなたは、親をはじめとする周囲に左右されずに自分で思考できる軸を別に持つ必要があります。成績が伸びていないかどうかは、あなた自身で判断しなければなりません。そして、そのためには、ひとつの模試の結果に一喜一憂しすぎないでください。

勉強の成果のイメージ

私たちは、勉強の成果は努力に比例して右肩上がりに出るとイメージしがちですが【図1】、実際に成績が伸びるときの認識はこれと異なっています。成績が上昇するためにはある程度の「溜(た)め」が必要で、学力がある閾値(いきち)に達したときにそれが成績上昇という形になって現れます。そしてその上昇が模試の結果などで目に見える形になったときに初めて「成績が上がった」と認識できます。だから、実際の成績上昇は常に階段状のものとして認識されます。【図2】

 

だからちっとも成績が上がっていないように思える辛抱の時期(階段の平らな時期)に、「成績が伸びないね」と声を掛けてくる親(や周囲の大人)は、あなたに呪いの言葉をかける邪魔者でしかないので、聞く耳を持たないようにしましょう。

勉強することの大きな意味のひとつは、それを通して子どもが親の思考の影響から距離を取ることができる点にあります。そういう意味で、親の影響を受けすぎるあなたは、つくづく勉強が足りないんです。

「成績が伸びない」あなたへ

あなたは勉強が苦しいですか? 苦しいのは「成績が伸びない」からですか?

「成績が伸びない」なんて余計なことで悩んでいるあなたは、単にいま自分の勉強の方向性が見えずに自信を失っている状態かもしれません。

そんなあなたは、いますぐに信頼できる師をちゃんと見つけるべきです。学校の教師でも塾の講師でも、YouTuberでも市販のテキストでもいい。「お前は何もわかっていないのだ」と囁(ささや)く目の前の師に徹底的に追従(ついじゅう)して、私もあなたのようにわかるようになりたいと希求(ききゅう)する、それを続けることが勉強するということです。

「勉強のやり方がわからない」という言葉が口を衝(つ)いて出るのは、「私は何も信じられない」と言っているのと同じで、そんなことだから、いつまでも力をつけることができないのです。指導者の頭の中や参考書の中身をコピーするくらいに徹底的に覚えること、解像度を高め理解し尽くすこと、思考回路さえも真似すること、そういったことがとても大切です。

あなたが「成績」なんてものに振り回されている限りは、たいした勉強はできません。成績はよく当たる占いくらいに考えて、それとは別の現実を味わいながら勉強を進めていきましょう。

※本連載に登場するエピソードは、事実関係を大幅に変更しております。

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