もしも家を建てるなら

第五回 その動線に用がある

「家事がスムーズになる間取り♪」に潜む盲点【アウトラインをつかむ③】

人気の間取りにとらわれたことが原因の失敗に迫り、従来の間取りのメリットを見直すこともあるこの連載(いつからそうなった?)。5回目は「動線」です。家事は毎日のことだから、スムーズな家事動線はとても重要です。でもそこにこだわり過ぎるとどうなるでしょう。行き過ぎた効率化を憂慮するベテラン設計家のことばに、目からうろこがポロポロとはがれ落ちること間違いありません。

 

家事ラク提案という謳い文句
 動線は長くてもよい。
 そんな見出しをもつ書籍を編集したのは2013年のことである。著者は戸建住宅の設計で数多くの実績を残されている建築家・高野保光さんである。その名もずばり『高野保光の住宅設計』というタイトルで出版された。

 この本、装幀から受ける印象はしっとりと落ち着いたものだが、見出しだけ追いかけてみるとじつに偏向している。「動線は長くてもよい」のほかに、「間取りから始めない」「欠点を認めて生かす」「意味のない場所をつくろう」「ボリュームはひとまわりスリムに」。ハウスメーカーの真面目なセールスパーソンなら積極的には口にしないような文句が並んでいる。あまつさえ、それを「豊かな住まいの5原則」と称した。
「最近の家づくりは効率ばかりを言いすぎる」
 お会いするたびに高野さんが呈されていた苦言が、執筆依頼のきっかけだった。

 家づくりにかぎらないが、システムを効率化していくという作業は、いまやあらゆる分野で避けては通れない課題である。ただ、私たちの暮らしのすみずみにまでその発想が及べば必ずどこかに軋みが生じる。「動線は長くてもよい」という一見極端なステートメントは、そんな懸念を念頭においた高野さんなりの回答でもあった。

 つい最近、あるハウスメーカーのモデルハウスを訪れた。その家は洗面脱衣室が2階に配置してあり、洗面脱衣室入口横の壁には次のような惹句がB2サイズのポスターにして貼りつけてあった。

 〇〇ハウスの家事ラク提案!
 脱ぐ・洗う→運ぶ→干す→たたむ・収納する をラクにする間取り

 ここでいう「家事ラク提案」とは、家事を効率化する動線、すなわち部屋から部屋へ人間の移動をラクにする目的でつくられた間取りや動線をいう。

 洗面脱衣室を2階に配置したことで、洗濯機の置き場所は2階になった。洗濯機が2階にあれば、そこで洗い終わった洗濯物をバルコニー(2階)まで干しに行く距離は1階のときよりもぐんと短縮される(もっとも2階まで洗濯しに上がるのは面倒だが)。さらに、クローゼットが洗面脱衣室の隣にあるため、今度は乾いた洗濯物をバルコニーからクローゼットにしまうまでの距離も短い。洗濯に関係する作業だけを抽出すれば、これを家事ラクと言わずして何と言おうというくらいのプランニングである。

 住まいの動線は短く効率的であるべし――このモデルハウスのように、昨今の住宅は効率を第一に動線を構築していくのがふつうになっている。

回遊動線と行き止まり
 動線を効率化するテクニックには、いくつかのパターンがある。

 なかでも、建築家にも住み手にも昔から好意的に迎えられているのが「回遊動線」だ。その名のとおり、家の中をぐるぐる回れる動線で1周回ると元の位置に戻る。東京でいえば山手線、大阪でいえば環状線。動線の先には行き止まりがなく、部屋の配置次第ではどの部屋にも最短距離で移動できる。そんな回遊動線に、たとえばキッチン、洗面脱衣室、クローゼット、バルコニーをうまく絡められれば、炊事と洗濯のために必要な移動が最短で済む。家事ラクにはうってつけの動線といえる。

 ただし、回遊動線はやみくもに組み込むと、それ自体が暮らしにくさの原因となるケースもある。よくある失敗が収納力の低下だ。
 道の真ん中に駐車場をつくれないように、四六時中人が行きかう動線の上にものを置くことはできない。動線は増やせば増やすほど、収納スペースとして使える空間が減っていく。あたりまえの話なのだが、回遊動線の利便性に気をとられるあまり、これを見落とす人は建築家にも施主にも少なくない。

 とくに最近は、部屋は部屋、廊下は廊下と分離した間取りにせず、部屋のなかに動線を含める間取りが大半を占める。どこが動線でどこが動線でないかの見分けがつきにくい。実際に暮らしてみれば、ソファやテーブル、収納棚といった家具の置き方しだいで動線がけものみちのように延びていくさまを理解できるのだが、平面図を見ているうちはその幅やルートがイメージしにくい。それもあり、あらかじめ動線のつもりで確保してある空間を、施主はあとから収納スペースにも使える「空き地」と勘違いしてしまう。

 図面上では空き地に見えていても実際には「道」である。いざ住みはじめて収納が足りないと気づき、あわててラックやシェルフを増設したくなっても、動線の上にそれらを置くことはできない。いや、置きたければ置いてもよいのだが、その時点で回遊動線の一部は通行止めとなりただの動線に変わる。

 ぐるぐる回れて行き止まりのない動線といわれると、どこまでも自由で開放的な間取りを想像する。しかし、過ぎたるはなお及ばざるが如しだ。動線を増やしすぎるとものの置き場所がなくなる。ものをしまうためにはある程度「行き止まり」も必要なのだ。行き止まりの重要性は意外と見過ごされがちである。