もしも家を建てるなら

第六回 6歳からの縄張りづくり

子供部屋から二世帯住宅まで、親と子の適切な距離とは?【プランを描く③】

「スタディコーナーを設けて、子供の部屋はあえて狭くする」が最近の流行です。それはなぜでしょう。そんな要望に、建築家はどのように応えているでしょうか。連載第六回め、今回の話題は「家族の距離感」についてです。

生き物の本能

 現代の間取りにおける子供部屋の位置づけについて、建築家の飯塚豊さんに話を聞いた。飯塚さんは、いま住宅業界で最も勢いのある建築家のひとりである。飯塚さんが設計される住宅を五角形のレーダーチャートで評価すると、おそらくきれいな正五角形ができる。

 ①外観は無駄のないシンプルなフォルム、②それを支える構造は合理的で破綻がない。③断熱・気密性能は高く温熱環境は抜群。④間取りも楽しい。⑤それでいてコストは控えめ。著書『間取りの方程式』はプロアマ問わず愛読される住宅設計入門のバイブルである。

 そんな飯塚さんに、まずはこんな質問をしてみた。

「近ごろのお施主さんは、子供部屋にどのような要望を出されますか?」

 まったく予想外の答えが返ってきた。

「ほとんどのお施主さんは、そもそも子供部屋に興味がありません。要望があるとすれば、せいぜい広さくらいでしょうか」

 後日、飯塚さん以外の建築家にもたずねてみたが、答えはみな似たり寄ったりだった。子育てに対する関心は大いにある。けれど、子供部屋自体にはあまり関心がない。どうせ15年前後で用済みになる(子供が成長して家を出ていく)部屋なのだ。

「とりあえず、あればいいです」

 その程度の冷めた返答が一般的なようである。

 施主がそのようなスタンスだと、がんばらなくてはならないのは設計者のほうだ。子供部屋づくりの主導権はいきおい設計側が握ることになる。そこで飯塚さんは、いつも次のような提案から始めているという。

 

・広さは子供一人につき2.275×2.275m角(3畳弱)を基準にする

・部屋に机は置かない

・洋服ダンスも置かない

・シングルベッドがひとつあればいい

 

 曰く、「勉強は子供部屋以外の場所でするだろうから机は必要なし、洋服は家族全員分のタンスを一か所にまとめたほうが便利だから個別には設けない、そういう割り切りです」

 たしかに、机とタンスを置かなければ3畳弱の子供部屋でもさほど狭さは感じない。シングルベッドひとつでも立派な子供部屋が成立する。

「でも、やっぱり机くらいは置いてやりたいです」

 親御さんからそういう要望が出れば、そのときどきで広さや機能をカスタマイズしていく。

 さて、そのようにして生まれた子供部屋だが、これを間取りのどこに配置するのか?

 次に気になるのはその点だが、飯塚さんに言わせれば答えはひとつしかない。

「できるだけ、親のいるところから離れた場所に配置します」

 家族の滞在時間が長いLDK、親が寝起きする主寝室など、親のいる場所からなるべく離れたところに配置するのがよいという。

「それが生き物の本能に合致する配置だから」

 というのが飯塚さんの持論である。ここでいう本能とは「縄張り」「テリトリー」のことである。飯塚さんはこう続けた。

「動物というのは、みずからの身の安全を守るためにたいてい縄張りをつくります。人間も動物の一種と考えればその習性は同じでしょう。縄張りは身体的・精神的に安心・安全を得るのが目的ですから、互いに近接していては意味がありません。親と子の居場所を離すというのは、生き物の本能に沿って考えれば当然のことです」

 飯塚さんの見立てでは、子供部屋とは家の中につくる子供の縄張りなのである。

親の居場所から離した子供部屋(2階平面図)。L型平面の端と端に主寝室と子供部屋を配置。LDKに近接したスタディコーナーとは逆の遠い距離感

子供の同居は必要なし

「住まいは、そこに住むすべての人が安心して過ごせる場所でなければなりません」

 飯塚さんはそのように言い切った。安心の定義はさまざまだが、こと家族間の関係にしぼっていえばそこにはふたつの安心がある。

 ひとつは「家族と一緒にいること」で育まれる安心、もうひとつは「いつでもひとりになれる保障」から生まれる安心。このふたつがあれば、住まいは誰にとっても気楽に過ごせる楽園となる。

 そう考えると、スタディコーナーと子供部屋を与えられた現代の子供はとても恵まれた環境にある。その日、そのときの気分で2種類の居場所を使い分けられれば、わが家はいつも安心な場所だ。だからこそ、一方の居場所である子供部屋は、ときには「敵」となる親からなるべく離れた場所でないと意味がないのだ。

 ただ、最近の間取りを見ていると、子供部屋をキッチンやリビングの隣に配置している家にたまに出くわす。その多くは、子供のひきこもりを心配したお母さんが親の引力圏に近づけた結果だそうだが、飯塚さんの説に照らし合わせれば、それが逆効果になるのは言うまでもない。家の中に安心できる居場所をなくした子供は、早晩、家の外に同じものを求めるようになる。

 ちなみに飯塚さんは、家づくりの打ち合わせ中に頻出する次のような要望に、どちらかといえば否定的だった。

「うちは男の子が2人なので、2人とも小学生のうちは同じ部屋を使わせます。で、上の子が中学生になったら部屋を分けてやるつもりです。ですから新築工事のときは、将来必要になる間仕切壁の用意だけしておいてもらえますでしょうか?」

 私もそういう子供部屋で育ちました、という人は多いかもしれない。

 だが飯塚さんは、自身の経験も踏まえて「将来二分割構想」には反対の意見を述べる。

「あとで分割するくらいなら、最初から1人に1部屋つくってあげたらどうですかというのが私の意見です。自分だけの縄張りを持ちたいのは大人も子供も同じでしょう。少なくとも私が子供のときはそうでした。私は小学生のころ、ふたつ年上の兄と同じ部屋を使わされていたのですが、子供心にそれが嫌で嫌でたまりませんでした。自分1人になれる場所がどこにもないので、仕方なく隣にあった親戚の工務店の事務所によく駆け込んでいたものです」

 ときにはひとりにさせてほしいという願望はすでに小学生のころには芽生えている、と飯塚さんは言う。言われてみれば私もそうだった気がする。

 

ファミリーディスタンス

 親と子の距離感が家づくりを左右する場面はもうひとつある。

 二世帯住宅だ。初めての家づくりから約30年後、大人になった子供と一緒に建てる人生二度目の家づくりである。

 昨今は現役世代の所得が総じて低い。土地から購入して新築できるほど経済的余裕のある人が少なくなった。やむを得ず、親の家を二世帯住宅に建て替えるケースが増えている。一度は家を出ていった子供が10年ちょっとで実家に戻り、今度は子世帯住宅という大きな子供部屋を構えるわけだ。

「二世帯住宅を設計するとき、気をつけていることは何ですか?」

 幾人もの設計者にたずねてきたが、答えはいつも同じだった。

「親世帯と子世帯をなるべく離すことです」

 理想は玄関から別々に分ける「完全分離型」のプランだという。子世帯が娘家族の場合はその限りではないが、息子家族と二世帯住宅を構えるときは「息子の嫁」との関係から完全分離型以外はなかなかうまくいかない。それが大方の意見だった。

「いや、うちの妻は母と仲が良いので、完全分離型でなくても大丈夫ですよ」

 そう胸を張るバカ息子がたまにいるらしい。だが、設計者たちに言わせればそういう家庭がいちばん危ない。ふだんから、奥さんと母親がどれだけ気を遣い合い、互いの腹を探り探りしながら暮らしているか、知らぬは亭主ばかりなり、なのである。

「僕はそういうご主人の意見は一切無視しますよ。二世帯住宅の設計を依頼されたら、まずは完全分離型で計画するのがいちばん安全なやり方ですからね」

 ある老建築家は力強くそう言い切った。年長者の意見には素直に耳を傾けたい。

 では、もっとハードな局面、親と同居する場合はどうすればいいのだろうか。

 現在は、互いに迷惑をかけたくないとの理由から、親も子も進んで同居を求めるケースは少なくなっている。ただ、都会に出てきた子供一家が家を建てる際、「将来は田舎にいる親を引き取って同居するかもしれません」と、ひと部屋余分に設けることはいまだにある。

 そんなとき、施主である息子夫婦は設計者にたいていこんな要望を出すという。

「親の部屋は、なるべく私たち夫婦と顔を合わせなくて済むような場所にしてもらえますか。可能ならミニキッチンくらい付けてもらえると助かります」

 互いの縄張りが干渉しないように、子は親をなるべく遠ざけるのである。

 親と子をめぐる家づくりの要諦は、未来永劫このワンポイントだけだろう。親子が互いに安心して暮らしていく秘訣は、なるべく互いの距離を保つこと、適度に遠ざけること。そのディスタンスが、人間の本能に即した無理のない生活環境を生み出す。仲良しを続けたければ、離れることだ。