もしも家を建てるなら

第七回 プライベートとパブリックのはざま

第四の要望「玄関」【アウトラインをつかむ④】

ハッとするような気づきが得られると話題(編集担当調べ)のこの連載。今回は「玄関」です。集合住宅の玄関に共通する不満といえば、「狭い、暗い、収納がほとんどない」こと。そのため家づくりで「広い、明るい、たっぷり収納」な玄関の要望が増えていますが、もうひとつ別の視点にも気を配ると、暮らしに楽しい変化が起こります。それは……。

お施主さまの御用聞き

 家を建てる人は、「こんな家を建てたい」と設計者に要望を出す。

 ある建築家はそれがちっとも面白くないと言った。なぜなら、施主から出される要望の大半は現状の問題解決ばかりに終始するからだという。いま住んでいる家にはこんなところに不満がある。これから建てる家はそれらの不満が解消された家にしたい。

 施主の要望とは、裏を返せばたんなる不満の羅列なのだ。

「冬はサッシに結露がついてレールがびちょびちょになるので、そうならない家にしたいです」

「収納が少なくて片づけても片づけてもきれいにならないので、収納スペースをたくさん取りたいです」

「リビングには大きなソファが置けるくらい十分な広さを確保したいです」

 一見、個別の悩みにもとづく切実な願いのようだが、実際にはほとんどの施主が口にするありふれた条件である。経験豊富な設計者なら、わざわざ言われなくても分かっている。彼らがみずからのクリエイティビティを発揮したいのは、むしろその先にあるもっと野心的なフィールドだ。空間の概念に再定義を迫るような大胆なプランニング、あるいは意匠と構造が美しく融合した建築美の世界。そういう骨のある挑戦がしたくて、設計者たちは皆うずうずしている。

 けれど、消費者の声ばかり大きくなる昨今では、彼らが自由に振る舞える余地はほとんど残されていない。「そんなことよりも、ダイニングの壁には花柄のクロスを貼ってほしいんです」。そう言われれば嫌でもやるしかないだろう。「外観は南欧風がいいかも」。予想外の希望が飛んできてもにこやかに対応するのが大人である。

「結局、自分のセンスで決められるのは窓枠の幅だけですよ」

 ある建築家はそう自虐したものだが、それがちっとも大げさに聞こえないのは、近ごろの住宅設計がほぼほぼお施主さまの御用聞きと化しているからだ。これを「面白くない」と言い放つ建築家の気持ちは分からないでもない。

 このところ、設計事務所や工務店が手がけた住宅を見学に行くと、延床面積のわりには広くてボリュームのある玄関をたくさん見るようになった。設計者たちに理由を聞くと、「広い」「明るい」「収納がたっぷり」の3条件を玄関に課す施主が増えているからだという。これも、おおかた次のような事情であろう。

 これから家づくりに臨もうかという一家は、多くの場合マンションやアパートで暮らしている。マンションにはマンション特有の不満がいくつも指摘されるが、こと玄関に関しては次の3点を口にする人が多い。

・狭い(延床面積の制約上どうしても狭くなる)

・暗い(マンションの玄関は必ず北側になるので)

・収納がほとんどない(狭い玄関には十分な収納を取る余裕がないので)

 これら3つの不満が出発点になれば、その解決策たる「広くて明るくて収納がたっぷり」が玄関の条件になるのも道理である。なかでも、最近の要望としてとくに顕著なのが3つめの「収納がたっぷり」だという。

 

大きな収納、小さな住まい

 玄関に設ける大型の収納スペースは、通称「シューズクローク」とも呼ばれる。引戸や折れ戸のついたちょっとした倉庫のような空間で、内部にはシューズ以外にもたくさんの物が収められる。

 傘・合羽などの雨具、屋内外の掃除道具、子供の三輪車、キャンプ道具やスポーツ用具。冬から春にかけては、ここにコートやジャケットを掛けている家もある(春は花粉症対策)。最近はダンボールの仮置き場として活用している家も多い。近ごろはネット通販の隆盛で梱包用のダンボールが毎週のように家にたまる。それを畳んで次のゴミの日まで待機させておく場所は、いまやどの家庭にも必須のスペースとなっている。

 シューズクロークの広さはまちまちだが、2~3畳くらいの家が多いだろうか。土足での利用を前提に三和土(たたき)に連続して設けることもあれば、玄関ホールの脇に納戸のように設ける家もある。目的やライフスタイルに合わせて設置場所やかたちはさまざまだ。

 玄関に大きな収納を設ける――そう聞くと、一般の人は敷地が広く床面積に余裕のある家ならではオプション的な空間をイメージされるかもしれない。じつは私も、つい最近までそう思っていた。だが、本当は逆のようだ。現実には、狭くて余裕のない家ほど意識的に大きな玄関収納を構えておく必要がある。

 そんな知識を授けてくれたのは、東京の小岩にある田中工務店の社長、田中健司さんだ。創業昭和12年、設計から施工まですべてを高いレベルで実現する東京でも指折りの実力派工務店、その三代目である。

 田中工務店の商圏は主に東京都の東側、江戸川区、荒川区、葛飾区といったいわゆる下町エリアになる。そのため、手がける建物は狭小地に建てる狭小住宅が多い。施工全体の65%は30坪以下の狭小地に建てるもので、12%は15坪以下の極小地になるという(極小地は田中工務店の造語)。

 延床面積が限られるのだから、玄関の大型収納なんて最初から望むべくもない。

 ふつうに考えればそうなるのだが、じつは狭い敷地に建てる小さな家ほど玄関収納がことさら重要になるのだと田中社長は力説する。

「一般の人は狭小住宅と聞くと、何もかも狭い家を想像されるようです。しかし、現実の間取りは少し違います。削るところは削る、残すところは残す。間取りにしっかりとメリハリをつけるのが快適な狭小住宅をつくる秘訣です。削る場所、残す場所はお施主さんによって異なりますが、最初に方向性をはっきり決めておくのはどの家も同じです。ただし、玄関の収納に関してはわれわれの判断でなるべく残すようにしています。狭小住宅の玄関から収納スペースを取り去ってしまうと、玄関の中に収まりきらないものがたちまち家の中まで上がってくるからです。廊下や階段、リビングなどが物であふれて、まったく収拾がつかなくなります」

 玄関収納の充実こそ、片づく住まいへの第一歩というわけである。

家族のためのユーティリティスペースとなる玄関。大容量の収納棚にはシューズ類以外にもたくさんの収納が可能。広い三和土にはサーフボードやベビーカーなど大型のものも置ける。自転車は収納だけでなく、その場でメンテナンスができるのも魅力だ(設計:田中工務店)