謎多き部屋の実態
寝室については分からないことが多い。
あまり見たことがない、というのが正直なところである。
建築業界にはオープンハウスというイベントがあって、竣工直後の住宅を見学する機会が定期的にある。他人の寝室をのぞき見できるのはそのときくらいだろうか。見学がメインのイベントなので見る時間はたっぷりある。寝室に入る光の具合、採用された照明器具やその配置、収納の工夫など見どころもたくさんある。オープンハウスの主催者が知り合いなら、じっくり見て気の利いた感想のひとつも述べておきたいところだ。
だが、すでに人が暮らし始めている住宅で同じような振る舞いはなかなか難しい。
あるとき、旧知の建築家の自宅兼事務所へ取材に行くと、
「ちょっと、うち見ていきません?」
と竣工後1年にも満たない自邸を案内された。「ひととおり見てください」と建築家は2階にある主寝室にも案内してくれた。ドアを開くと、ベッドの上には今しがたバルコニーから取りこんだと思しき洗濯物が山のように積まれていた。山の中には奥さまのパンツやブラジャーも混在。なんとも居心地の悪い時間が流れたのを覚えている。寝室は見られる側は平気だったとしても、見る側は何かと気を使うものなのだ。
そんな寝室の実態に誰よりも詳しい人が2人いる。
ひとりはエアコンの修理業者、もうひとりはリフォームの設計者である。
建築家の中西ヒロツグさんは、仕事の半分以上がリフォームの設計という、この道30年のベテラン建築家だ。某テレビ局のリフォームバラエティ番組に何度も出演されたことで、全国的にも「匠」のイメージが定着している。
ある日、中西さんにたずねてみた。
「新築から何十年も経った家の寝室って、いったいどんな感じです?」
間髪入れずにこう返ってきた。
「ほとんど物置になってます」
住み手が何十年も使いつづけた寝室は、結果、物置になる。
それが昨今の寝室のふつう、というか哀しき現実のようである。
物置化の工程
寝室が物置に変わっていく工程はなんとなく想像がつく。寝室にはもれなく押入れがついているからだ。
ひと昔前は「6畳間に幅1間の押入れ、天袋付き」というのが寝室の標準仕様だった(その部屋が寝室と呼ばれていたかどうかはさておき)。その部屋の押入れに十分な容量があったなら、おそらく寝室は物置にならずに済んだはずである。けれどほとんどの家では、その押入れはもちろんのこと、建物全体で収納スペースが圧倒的に足りなかった。住み手が収納したい物の量に比して、収納スペースのほうが遥かに狭かったのである。
それでも、しまいたいものは次から次へと増えていく。仕方がない、収まらない物はひとまず押入れの前に置いておこう。いまは忙しくて無理だが、そのうち押入れの中を整理して少しずつしまっていけばどうにかなるはずだ。そんな算段である。だが、押入れの中が整理され、新たなスペースが開拓される日はいつまで経ってもやってこない。
そんなある日、片づけきれない物たちを前に肩を落としたお父さんとお母さんは、心機一転、方針を変更した。「いっそ、このままでもいいんじゃないの?」。
考えてみれば、寝室という部屋は日中丸々空き部屋になっている。夜は夜で、寝ているあいだは物がいっぱいでも気にならない。押入れの前に物がたまっているからといって、いったい誰に迷惑をかけるというのだ。そうだ、そうだ。
その日から、足りない収納スペースの仮想メモリとして寝室がさらにフル稼働を始める。家によっては今以上の収納力アップを目指し、ベッドやふとんの周りにタンスや収納棚を増設していく。そして5年が過ぎ、10年が過ぎ、新築から20年が過ぎた頃には立派な物置に成り下がっている。もはや、寝室が物置になったというより、物置の中に人が寝ているといった風情だ。中西さんが禁断の扉を開くのは、ちょうどその頃である。
「だから寝室をリフォームするときは、寝室単体で考えてはだめなんです。寝室と収納をセットで考えないと必ず同じ失敗を繰り返します。寝室を考えることは収納を考えること。そう言い切っていいと思います」
リフォームの匠ならではの、真に迫った経験則である。
