もしも家を建てるなら

第八回 布石を打つ場所[寝室]

禁断の扉を開いて見えた悲しい運命【プランを描く④】

他人にはあまり見せない部屋のひとつ、それはベッドルーム。そのため、けなされることはないが褒められることもなく、こだわってしつらえたミニシアターやバーカウンターも使うことがなくなって、昼間のベッド上は取りこんだ洗濯物の山、ぎゅう詰めの押し入れやウォークインクローゼットからあふれ出た物たち。これではまるで物置です。施工時の清潔さを保つ寝室は可能なのでしょうか。数多くのリフォームを手掛けるベテラン建築家に秘訣を聞きました。

理想の収納、現実の収納

 いま、寝室の収納といえばウォークインクローゼットが全盛といえる。

 部屋の片隅に洋服ダンスを置くのではなく、収納専用の小部屋(ウォークインクローゼット)を寝室に隣接して設けるスタイルが人気だ。洋服だけでなく、大量の靴やバッグもまとめてしまえるので、とくに女性からの支持が厚い。

 ところが、ウォークインクローゼットにはひとつ決定的な弱点がある、と中西さんは指摘する。「収納量のわりに、割かれるスペースが大きい」。これである。

 中西さんによれば、ウォークインクローゼットを要望する施主の多くは、間口1間、奥行き2間、トータル3~4畳程度の広さを理想のサイズとして求めるという。3~4畳といえば、東京あたりの戸建てでは子供部屋ひとつ分に相当する。延床面積に余裕のある家なら一向に構わないが、ふつうの家ならおいそれとは設けられない広さである。

 そのわりに、収納量は期待するほど大きくない。文字どおり、人間が「ウォーク」して「イン」できる動線が売りなので、収納に使える面積がどうしても限られてくるのだ。この弱点を甘んじて受け入れるか否か、ここはしばし思案のしどころである。

 他方、念願のウォークインクローゼットを手に入れても、上手に使いこなせていない人は少なくない。よくある失敗は、ウォークインクローゼットの生命線である動線の上に、つい荷物を置いてしまったという愚行である。どんなに素敵なウォークインも、突き当たりの壁に大きな荷物を置いてしまったが最後、そこからじわりじわりと機能不全に陥っていく。奥のほうから動線が侵食され、しまいには物に手のとどかない場所が生まれる。これはいただけない。収納とは、家に帰るまでが遠足であるように、収めたものを気軽に取り出せるところまで含めて収納なのである。

 というわけで、われらがリフォームの匠は、寝室の命運を左右する収納にウォークインクローゼットをさほどお勧めしていない。代わりに中西さんが勧めているのが、寝室の壁一面に設ける「壁面収納」である。

「お施主さんには、面積ばかり取るウォークインクローゼットよりも、寝室の壁を少し広げて壁面全体を収納にしたほうが有効面積も広がって使い勝手もいいですよとご案内しています。壁面収納に必要な広さは最低2畳くらい。それくらいあれば、洋服や小物はもちろんのこと、羽毛ぶとん、扇風機やガスファンヒーターといった季節家電、その他もろもろの物まで無理なく収まります」

 中西さんが提唱する〝寝室のふつう〟は以下のとおりだ。

 広さは8畳。セミダブルのベッドを2台。間口2間の壁面収納をひとつ。

 まずはこの3点が寝室を設計する際の目安となる。ただし、延床面積の狭い住宅は寝室に8畳も割くのは正直厳しい。現実には6畳程度にスケールダウンされることもしばしばだ。その場合は、ベッドはシングル2台、もしくはダブル1台という布陣に変わる。

「それでも収納のスペースだけは、なるべく2畳分のままで死守したいところです。面積が厳しいからといって収納の容量まで縮小すると、寝室の物置化が再び目前に迫ってきますので」

 中西さんはそう念を押した。

 読者のなかには、寝室に2畳分の収納を設けるよりも、寝室以外の場所にもっと大きな収納スペース(屋根裏収納、ロフトなど)をまとめて設けたほうがよいのでは、と思われる人がいるかもしれない。しかし、その作戦は得てして不首尾に終わる。羽毛ぶとんのセットをわざわざロフトまで運びこむのは一苦労である。仮にロフトまで運べたとしても、そこに半年も寝かせていたらふとんは確実にホコリっぽくなる。収納は「合計〇㎡以上ならOK」という足し引きゼロの計算にはのりにくい。必要な場所に必要な奥行きの収納を適度に分散させて設ける――これが収納のポテンシャルを最大限に引き出すコツといえる。収納は容量も大切だが、どこにどう設けるかも同じくらい大切なのである。

 

エアコンつけっぱなし問題

 寝室については、もうひとつ哀しいお知らせがある。

 再び中西さんの証言を引こう。

「物置になっている寝室は、昼間でも暗くてじめっとした部屋が多いですね」

 これもまた、新築から数十年が経過した寝室のリアルである。

 昼間でも暗くてじめっとしているのは、寝室の物置化を加速させたタンスや収納棚が、寝室唯一の窓をふさいでしまったためだ。押入れの狭さが招いた悪しき連鎖反応といえる。部屋の窓がふさがれると、外からの光はまったく入ってこない。風も入ってこない。いわゆる「無窓居室」と呼ばれる状態が招来される。

 建築基準法には採光や換気などの観点から、「居室には窓を設けなさい」という規定がある。これに反する状態を無窓居室という。窓のない寝室は1年中湿気やにおいがこもる。タンスの裏にはおそらくびっしりとカビが生えていることだろう。

 無窓居室が恐ろしいのは、夏場の「エアコンつけっぱなし問題」に直結するところだ。

 タンスや収納棚で風通しが阻害されると、室内環境の調整はもっぱらエアコン頼みとなる。これでいちばん困らされるのが初夏の夜である。夏とはいえ、まだ夜風が涼しい時期は、可能なら窓から入る涼風だけで眠りにつきたいもの。けれど、窓がなければ季節に関係なくエアコンがオンにされる。エアコンから吹きつける風は体調を崩す原因ともなるため、できることなら使いたくない。でも、使わないと寝られない……そんなジレンマが生じる。それは、リフォームの現場でも常々感じている悩みだと中西さんは言う。

「打ち合わせのとき、お施主さんの顔がパッと明るくなるのは、寝室の風通しについて提案したときです。夏はエアコンをつけっぱなしで寝るのは嫌でしょうから、寝室の風通しを良くしてなるべくエアコンを使わずに寝られる部屋に変えましょう。そんな提案をすると、ご主人も奥さまも何度も何度もうれしそうにうなずかれます。それくらいエアコンに頼りきりの生活は住み手にストレスを与えるものなんです。風通しの改善策はいくつかありますが、窓を開けたまま寝たいという方には、窓の外側に『通風シャッター』を設けることがよくあります。ブラインド状に開閉するシャッターなので、防犯性を確保しながらも気持ちの良い夜風を取り込めるのが魅力です」

 寝室の寝心地は、開かない窓を再び開けるだけで飛躍的に改善するのである。

 そもそも寝室は、すべての部屋のなかで最も環境の悪い場所に割り振られることが多い。たとえば、2階建ての戸建てなら2階部分の北西方面。日当たりの良い南側は子供部屋に譲り、寒くて暗い北西側が夫婦の主寝室として引き取られる。そんな悪条件の部屋に窓がなければ、寝室はときとして押入れ以下の存在になる。

 ただ、習慣(?)とは恐ろしいもので、どんなにひどい寝室であっても長らく同じ場所で寝起きしていると、人はすっかりその環境に順応する。

 新築から20年前後が経過した家を見てみよう。その家は昨年、一人息子が就職を機に家を出ていった。それまで使っていた子供部屋は当然空いている。すると目端の利く父と母は、主寝室に何年も「仮置き」していたタンスや荷物を、これ幸いと空いた子供部屋に運びこんでいく。

「空いている部屋の有効活用です」

 本人たちはご満悦である。けれど、客観的に見ればこれほど不可解な行動もない。なぜならこの場合、空いた部屋に移動させるべきは、なにより2人が寝ているベッドのほうだからだ。住めば都とはよくいうが、暗くてじめっとした北西の都なら1日も早く遷都したほうがいい。せっかく日当たりの良い南側の部屋が空いたのだ。そちらで寝起きすれば体にもきっといいことがある。

 ところが中西さんの経験では、たとえ環境の良い部屋が空いていても、そこに寝室ごと移動させるご夫婦は意外なほど少ないという。習慣なのか愛着なのか、理由をたずねると、

「それがよく分からないんです」

「行動建築学」のテーマに取り上げるといいかもしれない。

 

誰も見とどけてくれない不幸

 編集者という仕事柄、設計事務所や工務店が手がけた住宅の事例写真をこれまでたくさん見てきた。寝室も、写真だけは比較的たくさん見てきたつもりだ。そのなかで、「おっ、これは!」と必ず目を引いたのが寝室に「寝る以外の機能」をもたせていた事例である。

 たとえば、大型のスクリーンとプロジェクターを備えた「シアタールーム兼用の寝室」、大きな書棚と書斎を併設した「図書室のような寝室」、ミニキッチンと酒棚を備えた「バーのある寝室」。いずれも写真映えがするので、これは良いネタを見つけたと編集者目線では大いに喜んだものである。ただ、寝る以外の機能というのは、多くの場合期待したほど大活躍はしないらしい。

「お施主さんが多機能な寝室を楽しまれていたのは最初のうちだけでした。何年か後に聞いてみると、わりと早いうちにただ寝るだけの部屋に落ち着いたようです」

 これが、設計者たちが明かすお決まりの後日談だった。寝る以外の機能はどれも、早々に飽きられるようなのである。

 物置化する寝室もそうだが、寝室という部屋は得てして当初の想定とは違う運命をたどりやすい。そこにはおそらくこんな理由がある。

 寝室での振る舞いは誰も見とどけてくれないから、である。

 仮に、寝室がいつも他人の目にさらされている部屋だとしたら、そこが物置になる確率は極端に下がるにちがいない。なぜなら私たちは、常に他人からの評価を気にしつつ、みずからの行動を規定する生き物だからだ。「世間では品行方正で知られる私が、まさか物置のような部屋で寝ていると知られるわけにはいかない」。そんな状況に追い込まれれば、誰だって寝室をきちんと整えようとする。

 ところが幸か不幸か、寝室には第三者の目がとどかない。他人から褒められもしない、けなされもしない。寝室における私の行動は、常に自身の内発性にのみ委ねられているのである。すると、遠からずタガが外れる。行き場のない荷物はとりあえず寝室に突っ込んでおけという気持ちを、自分にやすやすと許すようになる。窓の開かない部屋で寝起きする自分を、べつにかわいそうとも思わなくなる。寝室で映画を観る生活に飽きたら、誰の目も気にせずただやめてしまえばいい。

 そんな住み手の無意識を設計者がどこまで意識しているか、この腹積もりが寝室の行く末を左右する大きな分岐点となる。

 中西さんが「寝室には十分な収納がほしい」と訴えるのは、長年の経験から、寝室という部屋が帯びる非社会性を熟知しているからだ。他人からの評価がとどかない空間は、しだいに住み手のネグレクトに支配され、やがて瓦解する。

 そんな寝室をいつまでも明るく清潔感あふれる空間として持続させる方法はひとつしかない。「先回り」である。住み手の行動パターンを二手三手先まで読み、寝室がメンテナンスフリーでも快適でありつづける布石を、あらかじめ最適な場所に打っておくのだ。その布石こそ、なんでも気軽に放り込める2畳分の壁面収納であり、住み手が手放すには惜しいと感じる風通しのよい窓である。他人の目がとどかない寝室に求められるのは、なにより入念な初期設定なのである。

 住まいには十分な収納が必要だということ、十分な収納がなければ寝室に物がたまりやすいということ、そして住み手の多くは寝室にたまった物を一向に片づけようとしないこと。そんな現実を設計者が見通せていなかったとしたら、あなたの家の寝室もじわりじわりと物置化していくかもしれない。寝室にはそういう恐ろしさがある。

理想的な寝室。たっぷり収納できる壁面収納、風通しが良く明るい窓。おかげで寝室は竣工時の清潔さをいつまでも保ち続けられる(設計:中西ヒロツグ)