苦手から始める作文教室

第16回 文章のお手本とどうつきあうか

作文の磨き上げ方②

前回、良い文章を書くためには、自分が良いと思う文章をお手本にすること、というアドバイスがありました。今回は、実際にその良いと思う文章をどんなふうにお手本たらしめるのか、について紹介します。

 前回は、一個の作文のブラッシュアップについて書きました。今回は、自分の文章全体のブラッシュアップについてです。「ブラッシュアップ」とのうのうと書きながら、自分の文章がブラッシュアップされているかどうかについては不問にしている自分の態度に引っかかりを覚えますので言い直すと、「文章を良くするにはどういうことをしたらいいと思うか?」みたいな話をしていきます。

 だいたいの物事なら、「練習しましょう」で済むことが予想されるのですが、文章を書く練習というのは具体的にはないように思います。文章で大事なのは、とにかく内容だからです。特にうまくなくても読める、文字が書ければ誰にでも書ける、ということが文章の利点であり、バリアフリーで優しいところです。また、絵のうまいへたは本当にものすごく広い幅で分布しているように見受けられますが、文章のうまいへたは絵よりはもっと狭い範囲の話になるように思います。世界一絵がへたな人と世界一絵がうまい人の間の差と、世界一文がへたな人と世界一文がうまい人の間にある差では、私見ですが後者の方が間違いなく小さいはずです。

 うまいかへたかというのが他の分野よりわかりにくいというのも、文章の良いところでもあると思います。べつにうまくなくても内容さえよければいいし、へたでも一目にはわからない。何かをうまくなれなくて趣味をやめてしまうことが多い人(わたしもその一人です)からしたら、文章を書くことは良い趣味だと思います。

 それでも良い文章が書きたい、という強い気持ちのある方に、一応35年ぐらい文章を書いているわりにどう練習したらいいのかはよくわからないわたしから言えることは、読んで書くことを繰り返したらいいですよ、ということぐらいです。読んでばっかりよりは書いたほうがいいし、書いてばっかりよりは読んだほうがいいです。読んでばっかりだと、単なる読書家になってしまうというのはおわかりだと思いますが(でも読書家でいるのは本当にすばらしいことですよ)、書いてばっかりでも、自分の慣れた文章の書き方、ものの考え方、内容の展開のさせ方にこり固まってしまって、あまり良くないように思います。

 また、書いてばかりで他の人の文章を読まないと、自分だけがものすごくいいことを言っていて、自分だけが上手だという気分になりやすいという罠があるようにも思います。そのぐらい、文章を書くということは、書いてくれる人に対して優しい、誰にでも開かれた趣味だとわたしは考えています。

 前回の最後のほうでは「基本」についての話をしましたけれども、自分の文章を良くしたいなと思うのであれば、自分が「こういう文章を書きたい」と思う書き手さんを見つけて、その人を「基本」にするのがまずは近道だと思います。「基本」は「お手本」と言い替えてもかまいません。それでその人のまねをします。といっても、文章のまねというのは具体的にどうやったらいいのかわからないものです。そもそも、文章というのは意識しないで読むとどれも同じに見えます。文章だけを示されて、「これは誰々の文章ですね」と言い当てるようなことはわたしにはできません。

 だからわたし自身、「まね」ができているかはわからないのですが、ただ、好きな文を書く人の文章をたくさん、くりかえし読んでいると、自分にとって心地よい文のリズムのようなものがわかってくるということはある程度自信を持って言えます。好きな曲のようなものです。たとえば音楽なら、自分はテンポの速い曲が好きだとか遅い曲が好きだとか、全体的に速いんだけれどもブリッジでゆっくりになる曲が好きだとか、いろいろありますよね。

 また、テレビやラジオでの芸能人の話し方にも、好きな感じというのはあると思います。自分の好きな芸人さんの話し方をくりかえし見聞きしているうちに、自分にもその話し方がうつることってありますよね。文章をまねするというのは、それにも似ています。ある芸人さんのようにしゃべりたい時に、自分の中にその芸人さんの小さい版が発生するように、ある書き手さんのように書きたい時は、その人の小さい版を自分の中に住まわせるのです。それで、自分が書きたいと思う内容を、その小さい版の人に書いてもらうわけです。

 ある芸人さんの話し方のまねは、一度でできることもありますけれども、たくさん、またはくりかえしその人が話しているところを見聞きしたほうがまねの精度は上がります。それと同じように、ある書き手さんの文章も、たくさん、またはくりかえし読むと、おそらくまねの精度が上がると思います。わたしは、18歳の時に、カート・ヴォネガットという人の本を読んで、訳者の浅倉久志さんの文章が、自分にとってとても読みやすく、すぱすぱしていて心地よいものだと思えたので、こんなふうに書けたらいいなと考えました。ヴォネガット自身の文章もすぱすぱしているのだと思います。それで、「いいな」と思って、書き写したりはせずに「いいな」と思い続けながら文章を書いているだけですが、それでもまったく似ていない文章を書いているというわけではないと思います(※註)。

 まねしたい人というのは、何人いても良いです。好きな書き手さんの小さい版を何人も自分の中に住まわせて、その人たちの組み合わせによって、今度は文章の個性というものが生まれてくると思います。わたしは浅倉久志さんを試しに挙げていますが、他にもまねをしていると思われる書き手さんはたくさんいます。

 この人をまねするとうまくなる近道になる、という人はちょっと思いつきません。まずは好きな内容を書く作家や、文章の書き手の人の文をたくさん、またはくりかえし読んで、その人のように書きたいと思いながら、自分で見つけた主題について書き続けてみてください。それから読み返すことも大事だと思います。しばらくそれを続けているうちに、自分の書きやすいリズムや、文章の表現の感じが、だんだんつかめてくるはずです。

 

※註:ちなみに、この連載の文章は、ぜんぜんべつの人のまねをしながら書いています。