『春原さんのリコーダー』

杉田協士監督『春原さんのうた』
(原作/東直子『春原さんのリコーダー』)
をめぐる座談会
第2回 短歌をもとに脚本を書く

短歌が原作となる映画はまだ少ないが、杉田協士監督は前作『ひかりの歌』に続き、東直子のデビュー歌集『春原さんのリコーダー』を元に『春原さんのうた』を製作した。なぜ、この歌集の中の1首を選んだのか? 短歌の映画化にも詳しい枡野浩一と共に二人に話を伺った。

   杉田監督の活動には全部ストーリーがある

杉田 枡野さんの本を勝手に何冊も読んでいく中で、このかたはたぶん、ご自身のことというよりも、たとえば『結婚失格』なら、内田かずひろさんのイラストについて感想を書かれたほうがよろこぶかたじゃないかと思って。実際に内田さんのイラストに私は感銘を受けていたので、イラストについてだけツイートしてみたんです。

枡野 そうだったかもしれませんね。私の行動パターンが読まれてますね(笑)。

それで枡野さんが、反応されたということですか。

杉田 (Twitterを)フォローしてくださったんじゃなかったかな。それから連絡をとるようになって、お会いした、っていう。また説明が長くなりましたが。

枡野 杉田監督の活動って、全部ストーリーがあるというか。ひとつひとつをたどっていくと、驚くようなエピソードの数々があって。この座談会を記事にするとき、だいぶ割愛しないと、まとめられないかもしれない。

 そうなんですね。

枡野 それで杉田監督、吉祥寺の喫茶店に会いに来てくださって。当時、私が住んでた部屋のすぐそばにあった「ベッシーカフェ」っていう、すごい好きな喫茶店に。ぺらぺらの、一枚とか二枚の紙にプリントされた脚本を持ってきてくださったんですけど。本当にこれが脚本なのかなって、よくわかんない脚本で。どういう映画になるのかも、まったく想像もつかなかったので、それでOKしちゃったってのもあるんですよね。もっと詳しい脚本だったら、困ってやめたかもしれないんですけど。

杉田 (笑)

枡野 正直、得体が知れなかったので。映画監督というふうに言われても。でもとにかく熱意があることはわかった。まっすぐでした。

杉田 そのとき書いてた脚本って、それぞれのシーンが短歌の文字数ぐらいの⋯⋯。

枡野 一行メモみたいな脚本なんですよ。

杉田 シーンごとに場所を書いて、ト書きとか、せりふを書くんですけど。それがだいたい一行ずつ、みたいな。せりふの前にそのせりふを言う人の名前も書いてないような。そのときの自分にはもう、そうしか書けなかったんですね。だから枚数も少なくて、当時のスタッフの人にも戸惑われました。

(笑)

杉田 大変迷惑な存在だと思いますけど。まっすぐだったと思います。

枡野 撮影前は、どんな映画になるのか全然わかってなかったです。東さんのときの脚本は、もうけっこう「脚本」だったんですか?

けっこう「脚本」でしたね。

枡野 そうでしたか⋯⋯。

コロナ前の脚本と、コロナ後の脚本があって。

枡野 そうか、コロナ前に脚本を書き始めてたけど、コロナで撮影が困難になって脚本を大きく変えたって、おっしゃってましたもんね。何がいちばん変わりました? コロナ前後の脚本。

杉田 お話は一緒なんです。

一緒?(笑)

杉田 続き物というか。登場人物は一緒。

舞台は同じですもんね。

杉田 多少、人物も変えたりしてますけど。前の脚本があって、その主人公の二年後くらいからの時間を描いたのが実際に撮った『春原さんのうた』です。まったく別の脚本を書いたっていうよりは、撮っていない「前編」に対する「後編」を撮ったみたいな感じです。

最初のシーン、前の脚本の段階で撮ったのもあるしね。

杉田 そうです、オープニングの⋯⋯。

枡野 桜のシーン?

杉田 はい。前の脚本のときのラストシーンだったんですよ。自分としては初めて桜を狙うっていうのをやりました。桜って、ある短い期間しか咲いてないので、映画ではスケジュール的に組み込むのがむずかしいんです。撮影は五月から始める予定だったんですけど、桜は三月に咲くので、そのラストシーンだけ先に撮りました。

枡野 そしたらコロナが広まっていって⋯⋯。

杉田 もう撮影できない状況になっちゃって。ラストシーンだけ撮った状態で、ほぼ中止になりました。その日の撮影がとてもよかったし、撮れたシーンもすごく好きだったので、ちゃんと生かしたいなっていう気持ちもあって。その桜を⋯⋯ラストシーンだったのをファーストシーンにして、続きを撮るっていうふうにしました。

枡野 はからずもというか、登場人物みなさんがマスクしてる映画で。もう今、映画界では「マスクしてる映画」って出てきました?

杉田 まだ少ないと思います。

2021年12月17日更新

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杉田 協士(すぎた きょうし)

杉田 協士

1977年、東京生まれ。映画監督。
2011年、初長編『ひとつの歌』が第24回東京国際映画祭日本映画・ある視点部門に出品され、翌年に劇場公開。2019年、加賀田優子・後藤グミ・宇津つよし・沖川泰平の短歌を原作としたオムニバス長編『ひかりの歌』が劇場公開。「キネマ旬報」をはじめとする各紙誌での高評価や口コミでの評判を得て全国の劇場へと広まる。
東直子の第一歌集『春原さんのリコーダー』(ちくま文庫)の表題作にあたる一首、《転居先不明の判を見つめつつ春原さんの吹くリコーダー》を原作とした最新長編『春原さんのうた』は2021年、第32回マルセイユ国際映画祭のインターナショナル・コンペティション部門にてグランプリ、俳優賞、観客賞を獲得するなど海外での受賞が続いている。2022年1月8日よりポレポレ東中野ほかで公開開始。
自作映画をもとにした小説『河の恋人』『ひとつの歌』を文芸誌「すばる」(集英社)に発表するなど、文筆でも活躍が期待される。

東 直子(ひがし なおこ)

東 直子

1963年広島生まれ。歌人。歌誌「かばん」所属。短歌のみならず小説、戯曲、イラストレーションも手がける。
1996年、短歌連作『草かんむりの訪問者』で第7回歌壇賞受賞。同年に刊行した第一歌集『春原さんのリコーダー 』(本阿弥書店/ちくま文庫)が『春原さんのうた』として映画化。
第31回坪田譲治文学賞受賞の小説『いとの森の家』はNHKでドラマ化。ベストセラーとなった小説『とりつくしま』(ちくま文庫)は劇団俳優座によって舞台化されている。
表紙イラストレーションも提供した、佐藤弓生・千葉聡との共編著である短歌アンソロジー『短歌タイムカプセル』(書肆侃侃房)には枡野浩一も参加。
第二歌集『青卵』(本阿弥書店/ちくま文庫)ほか著書多数。穂村弘との『回転ドアは、順番に』(全日出版/ちくま文庫)など共著も多数。最新刊は絵本『わたしのマントはぼうしつき』(絵・町田尚子/岩崎書店)。

枡野 浩一(ますの こういち)

枡野 浩一

1968年東京生まれ。
音楽ライター、コピーライターを経て、1997年『てのりくじら』(実業之日本社)他で歌人デビュー。
短歌小説『ショートソング』(集英社文庫)は小手川ゆあ作画で漫画化され、漫画版はアジア各国で翻訳されている。短歌入門『かんたん短歌の作り方』(ちくま文庫)など著書多数。
杉田協士監督の長編映画『ひかりの歌』に出演したほか、五反田団、FUKAIPRODUCE羽衣などの舞台出演経験も。最後に出した短歌作品集は2012年、杉田協士の撮り下ろし写真と組んだ『歌』(雷鳥社)。
昨今は目黒雅也の絵と組んだ絵本を続けて出版しており、最新作は内田かずひろの絵と組んだ童話集『みんなふつうで、みんなへん。』(あかね書房)。
ライターとして今回の座談会の構成も担当。

関連書籍

直子, 東

春原さんのリコーダー (ちくま文庫)

筑摩書房

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