作品づくりのほとんどが「無意識」
杉田 これはもう、ようやく最近わかってきたことですけど、ものづくりって、85から90%ぐらいは「無意識」なんじゃないかっていう気がするんです。どうしても表現者とか作り手って、その人が頭の中でコントロールして、イメージしたものをかたちにしている存在だっていうふうに、思われやすいんですけれども。
枡野 そう期待されてるかもしれないですね。
杉田 でも正直けっこう、無意識にやってる部分が、ほとんどを占めてるんじゃないかなって。残りの数%、ちょっと意識してるぐらいで。知らないあいだに、どうしてもそうなっちゃう、みたいなのがかたちになるのが、その人の作品⋯⋯自分の場合は映画ですが。そういうものとして、あきらめていくしかない、みたいな。ひらきなおるのも、よくないとは思うんですけれども。でも、どうやってもそうなっちゃうというところから、じゃあ何をつくるか、みたいな気持ちがあります。
枡野 「どうやっても、そうなっちゃう」。
杉田 たとえば東さんの短歌は、「一人称」の作品もあるけど、「三人称」に読めるものも多い、というのも、「さあ自分は三人称で書こう」と意識したわけではないんじゃないかと。
東 そうですね。無意識でつくってますね。
杉田 自然とそうなっちゃう部分って多いと思うんです。井口監督の「契約しましょ」も、どうしても言っちゃうんでしょうね。
東 そうなんですね。だから杉田監督の映画は、その無意識の部分で広げられていく世界が私は好きなんじゃないかと、今思いました、言われてみると。映画って、時間も費用もかかる表現でもあるので、プロットはかなりきちっと詰めて、テーマもはっきり決めて、ってタイプが主流ですよね。だけど、テーマとかプロットとか、そんなに明確には組まない感じというか⋯⋯。
杉田 私、プロットつくらないんですよね。
東 すごいですよね。
杉田 いきなり書き始めちゃうんです。映画の学校だと怒られるやりかたなんですけど。どうなるかわからない状態で書き始めるっていう⋯⋯。さっきの枡野さんの話で、ちょっと思いだしたことがあって。『春原さんのうた』は脚本を、かなりしっかり書いたんですよ。枡野さんに出演していただいた映画(『ひとつの歌』)とは、くらべものにならないくらい。
東 うん、わりと分厚い⋯⋯。
枡野 ⋯⋯複雑な気持ち(笑)。
杉田 でも面白かったのが、撮影も終わってだいぶ過ぎたころに、映画の宣伝ビジュアルをそろそろつくろうっていうタイミングで。今回ビジュアルを、「写真バージョン」と「イラストバージョン」両方をつくろうっていうことになって、イラストレーターのカシワイさんにお願いしてたんですよね。
枡野 カシワイさんの絵、いいですよね。
杉田 カシワイさん、あの絵を描くにあたって映画を再見してくれて、お一人で多摩川かどこかの川に脚本を持って行って、どういうイラストにするかってイメージをふくらませてくださったみたいで。そのときカシワイさんが脚本をひさしぶりに読み返してみたら、「けっこう脚本のとおりに撮ってるんだ」って、びっくりしたんですって。
一同 (笑)
杉田 印象としては、もっと適当に⋯⋯じゃないけど、なんて言ったらいいんですかね。
東 即興でしゃべってる感じに見えた、ということですか?
杉田 ドキュメンタリーみたいに見えたのかもしれません。できごととかも。
東 はい。
杉田 カシワイさんから、「わりと細かく脚本に書いてあるのが面白かったです」っていうメールが来たのを思いだしました、さっき。⋯⋯あれ、なんでこんな話しようと思ったんでしょう? 話、つながってるかな?
枡野 つながってます、つながってます。ほら、このあいだ、短歌研究評論賞をとった小野田光さん? 杉田監督が公開でトークしたこともある歌人ですけれども、もともと映画の仕事されていて。
東 そうですね。
枡野 映画製作の現場には「ホンウチ」という打ち合わせがあり、関係者みんなで脚本に手をいれるから、《結果的にどこか似たようなシナリオが量産される》(「短歌研究」2021年10月号)って、短歌研究評論賞の受賞の言葉で書いていらっしゃいましたよね。だから、規模の大きな映画だと、そういうことはあるんですよね、やっぱり。
杉田 それはもう必ずあるとは思いますね。映画は特に、お金が膨大にかかるので、責任が重すぎるっていう。絶対に失敗したくないから、みんな、保険が欲しくなるんです。
東 ちょっと保守化していくというか。
杉田 どうしても守りに入る部分は、ありますよね。まあ一億円とかかけたりするから。一億円つかって、監督の好きなようにつくってます、みたいな作品は、あんまりないだろうと思います。自分が自主制作を好きなのは、そこですね。また、何も言わないんですよ、原作者の東さんも。
東 (笑)
枡野 東さんとしては、脚本を見たときに、「私の中の春原さんは、こんなじゃないんです!」とか思わないんですか。
東 いや、もともと架空でイメージしたものなんで。好きにやっていただいて、感心して……という感じです。映画に出てくる春原さんのファーストネームは、杉田監督が決めてます。
枡野 フルネームは「春原 雪」さんでしたね。
東 ああ、そういう名前なんだ、みたいな感じで。楽しんでました。
杉田 私も、たまに心配になるので、脚本を書いたタイミングとか、撮影に入ってからとかも⋯⋯。
東 そうですね、ご丁寧に、いろいろご連絡いただいて。
杉田 そのつど東さんに確認するんですけれども、そのたびに同じことをおっしゃって、「監督の好きなようにしてください」って。
枡野 (笑)
杉田 東さんのファンのかたも多いし、それこそ『春原さんのリコーダー』っていう歌集に思い入れがあるかた、その一首に対して思い入れがあるかたとか、大勢いると思うので。
東 そうですね、わからないですけど。
枡野 でも、きっとあれですよね、原作から派生した作品をつくるときって、原作者の人があまりにも自作にこだわりが強いと、うまくいかないかもしれませんね。
杉田 そういえば、少し前に大ヒットした『愛がなんだ』(今泉力哉監督)のプロデューサーから聞いたんですが。やっぱり原作者の角田光代さんは、何も言わなかったそうです。好きなようにしてください、って。
枡野 原作者の東さんが何も言わなかった『春原さんのうた』も、期待できますね。
【次週に続く】