もしも家を建てるなら

第九回 見えないものを見ようとして
夏涼しくて冬暖かい理想をかなえる【プランを描く⑤】

今回のテーマはエアコン問題です。快適さとは何でしょうか。たとえばそれは「断熱性能」という数値だけで測れるものでしょうか。データや数字からだけでは導けない「快適さ」を生み出すスペシャリストのパッシブデザインから生まれた「エアコンのいらない家」の秘密に迫ります。

エアコン一強時代

 この夏、仕事場にエアコンをつけた。

 昨年までは扇風機だけでしのいでいたが、今年はいつまで経っても猛暑が終わらない。朝から晩まで35℃以上の日が続くので、いよいよエアコンなしというわけにもいかなくなった。8月の終わりに注文したので、取付工事が終わったのは9月も半ば近く。時機を逸したかと思いきや、その後も猛暑は手を緩めなかった。おかげで6畳用の霧ヶ峰は、毎日朝から大役を果たした。

 これまで仕事場にエアコンをつけなかった理由はそれなりにある。

 いちばん大きいのは、窓を閉め切ってエアコンを稼働させると屋外の気象に一切関心が向かなくなるからだ。すると、本当は外のほうが涼しくなっているのに、そうとは知らず室内を冷やし続ける時間が生まれる。これが気にいらない。本来なら窓から入る自然の風でもっと快適に過ごせたはずなのに……という後悔の念にさいなまれるのだ。あくまで緊急避難的な立ち位置でしかないエアコンに、軒を貸したら母屋を取られたような敗北感。それが嫌で長らくエアコンのある仕事場を敬遠してきたのだった。

 という話を友人たちにすると、意外にも分かる分かるという反応が返ってきた。世の中にはエアコンという冷暖房機器を密かに敵視している人が少なくない。とくに女性は、エアコンから吹きつける風が直接肌に当たるのを嫌う。冬は頭のほうばかりが暑くなって足元がキンキンに冷えるのも評判が悪い。うっかり暖房したまま寝てしまうと、朝起きたとき喉がガラガラになっている。

 こんなにも弱点がある。そろそろエアコンに代わる新しい冷暖房機器が登場してもよさそうなものだが、そうした話は一向に聞こえてこない。音楽業界はコンパクトディスクからストリーミングの時代に入ったというのに、建築業界はここ40年くらいずうっとエアコン一辺倒だ。

 そんなエアコンひとり勝ちの時代にあって、ひっそりと隅のほうで活動を続けている小さなプロジェクトがある。その名を「エアコンのいらない家」という。

 

いまでも通用する日本古来の家づくり

 エアコンのいらない家とは、空調換気設計のスペシャリスト・山田浩幸さん(環境エンジニア・設備設計者)が企画・設計している建築プロジェクトの総称である。その名のとおり、エアコンを使わなくても一年中快適に過ごせる室内環境をつくる、というのが最大の売りだ。プロジェクトのはじまりは、当時まだ建築専門誌の編集者だった私が取材先の山田さんにたずねたひと言だった。

「いまの住宅ってほとんどエアコンありきで設計されますが、逆にエアコンを使わなくても快適な住宅ってできないものでしょうか?」

「できますよ。すでに何軒か完成していますから今度見にいらっしゃいますか」

 意表をつかれた私は、返す刀で原稿の執筆を依頼した。

「そのノウハウ、いますぐ書籍化しませんか?」

 東日本大震災から数週間後のことである。原子力発電所の建屋が吹き飛ぶ映像を目の当たりにして、日本中が電力に依存する生活を見直そうとしていた時期だった。

 2011年7月、山田さん初の著書はその名もずばり『エアコンのいらない家』というタイトルで出版された。以後、山田さんが手がけるプロジェクトはすべて、「エアコンのいらない家」と呼ばれるようになる。

 エアコンのいらない家の仕組みはいたってシンプルだ。

 夏は太陽の熱をさえぎって室内に風を通す。冬は太陽の熱を採り入れてできるだけ外に逃がさない。自然のエネルギーを最大限活用して室内環境を快適にする。基本はそれだけである。建築的にはこの手法をパッシブデザインと呼ぶ。

 設計は敷地の入念な調査から始まる。建物の形状や方位は、敷地に吹く風の流れや太陽の動きに合わせて最適化していく。屋根の形・勾配・軒の出なども太陽や風のエネルギーを効率良く採り入れられるように調整。窓の位置や間取りも自然との関係から考える。家づくりの方法論自体は、わが国に家庭用エアコンが普及し始める1960年代以前のやり方とほぼ同じである。違うのは、使用する材料や技術が最新のものに置き換えられているという点だけ。裏を返せば、昔の家の壁・屋根・床下などに断熱材をしっかり詰め込み、熱を伝えにくいサッシやガラスを使用すれば住まいは十分快適になるということだ。そういう意味では、はからずも日本古来の家づくりのポテンシャルを現代に証明した住宅ともいえた。

 

究極の心地よさ「気流感」

 建築の世界には、「目に見えないデザイン」という言葉がある。

 厳密な定義はないが、温度・湿度・気流・輻射など室内の快適性に関わる要素を統合した設計を、目に見えないデザイン、快適のデザインと業界では呼ぶ。暑すぎず寒すぎず、適度な湿度がありつつ風通しも良好な住まいは、人が暮らすに理想的な、目に見えないデザインの優れた住宅といえる。

 エアコンのいらない家が目指すのも、目に見えないデザインが優れた住まいである。ただ、温度も湿度も気流も輻射も目に見えるものではないので、その良し悪しの判断はきわめて難しい。写真にはもちろん写らないし、現場に小一時間いたところですぐさま評価できるものでもない。そのデザインが良いのか悪いのか、適正な評価を下そうと思えば最低でも一年間同じ家で過ごす必要がある。

 そんな曖昧模糊とした対象を、環境設計のスペシャリストはどのような方法でデザインしているのか? じつは最終的な判断はほとんど「感覚」なのだという。

「僕が室内環境の設計をするとき、最も大切にしているのは自分の肌感覚です。長年この世界で設計を続けていると、目に見えないものでも感覚としておおよそ見えてくるんです。この間取りはリビングの隅のほうに湿気がたまりそうだなとか、2階の窓はもう少し大きくしないと風がスムーズに流れていかないなとか、図面を見ただけで湿気の状態や空気の流れが感覚的に見えるようになります。もちろん、断熱性能や気密性能に関する数値、空調機器の能力などはひととおり押さえますが、窓のサイズや位置など環境設計の根幹に関わるものはほとんど感覚で決めています。実際そうやって設計した家のほうが、いちいち計算してつくった家よりも断然出来がいいんです」

 山田さんはそう言って胸を張る。

 おそらく、山田さんの肌感覚が抜群の冴えを見せるのは室内の風通しを考えるときだろう。目に見えないデザインを構成する要素の一つ「気流」のコントロールである。

 ここでいう風通しとは、ひと部屋ごとに完結した風通しではない。一階南側の窓から採り入れた風が、吹抜けや階段を通って二階北側の窓から抜けていく――そんなダイナミックな風通しをいう。とはいえ、求めている風量はとても小さい。「あ、そういえばなんとなく空気が動いているような気がするかも」――肌で感じるか感じないか程度の弱い気流だ。

自然の力を最大限活用する「エアコンのいらない家」。建物の南側から取り込んだ外気が北側頂部の窓から抜けていく。室内の空気が常に動いている状態がつくられるので四季を通して心地のよい体感がつづく

 

 だが、この微弱な風が目に見えないデザインにおいては絶大な効果を発揮する。山田さんによれば、人間が最も心地よいと感じる室内環境とは、たとえ微弱であっても常に「気流感」が持続している空間なのだという。部屋の空気が常にそよーっと動きつづけている状態。これが実現できれば、エアコンを動かさなくても心地よい室内環境に大きく近づく。実際、私もその空間を何度か体験したが、たしかに心地よさという点ではこれ以上ないものがその住宅にはあった。微弱な気流が動きつづけることで家全体に湿気のムラがなくなり、乾くでもなく湿るでもないサラサラとした感触が身体全体を包み込む。まさに、温度・湿度・気流・輻射が絶妙なバランスで統合された、目に見えないデザインの達成を思わせる空間である。

 それを山田さんは自身の経験と肌感覚で煮詰めていく。住まいを快適にする設計は、設計者個人の経験や勘に委ねられる部分がかなり大きいということである。