苦手から始める作文教室

第17回 「おもしろさ」を考える

良い作文ってどんなもの?①

今回で17回になる本連載も、いよいよ大詰め。2回をかけて良い作文について考えます。“良い作文=読んだ人が喜ぶ文章”だとしたら、「楽しい」話や「おもしろい」話なら書けそう。しかしこのふたつ、似ているようで、どうやらだいぶ違う。津村さんの8割がた事実のエピソードから考えます。

 今までずっと作文について書いてきたこの連載ですが、今回と次回はそのまとめと言える、「良い作文ってどんなもの?」ということについて書きます。作文が抵抗なく書けるようになったら、次は「良い」を目指したい、というのが人情だろうということなのかもしれません。わたし自身も「良い作文」について、本当にちゃんと理解しているのかどうかはわからないのですが、作文の読者としての目線もまじえながら、「良い作文」について考えていきたいと思います。

 でもまずそもそも、「良い」ってなんなのよ、というところがわからなくなったので、最初に、使っているタイプライターの付属の辞書に載っていた意味を貼り付けておきます。

よい【良い・善い・好い・佳い】
〔優劣・美醜・吉兆・善悪・正否・適不適などで、喜びや満足をもたらす状態である意。口語の終止形と連体形には、多く「いい」を使う〕

 他にも辞書を引いたのですが、これがいちばん話の目的に合っていたように思います。要するに「良い作文」とは、「喜びや満足をもたらす作文」であると言えるのではないでしょうか。

 では、「喜びや満足をもたらす作文」というのはどんな感じでしょう。作文を読む人それぞれに喜びや満足の種類はあると思うのですが、ひとまずわたしにとってのそういった作文についてざっと考えてみると、いい話(感動する話)、楽しい話、おもしろい話、考えさせられる話、について書かれた作文が「喜びや満足をもたらす作文」、つまり「良い作文」であると言えそうだと思います。

 自分にとっての「良い作文」の内容について上げた四つの例を眺めているうちに、わたしは、これを二つのグループに分けることができそうだと考えました。どういう分け方かというと、「自力で作り出せそうか、そうでないか?」という基準においてです。下に整理します。

【自力で作り出せそう】
・楽しい話
・おもしろい話

【自力で作り出すのは難しそう】
・いい話(感動する話)
・考えさせられる話

 まず、「難しそう」のほうから説明すると、いい話、考えさせられる話は、現実においての素材が必要だと思ったので、難しそうだなということになりました。「素材」とかプロっぽいことを言ってかっこつけてますが、要するに、いい話(感動する話)や、考えさせられる話について作文をするには、「感動するねえ」「考えさせられるねえ」とこちらが感じる状況を見聞きしたりしなければならず、運が良かったり、自分がそれを求めてけっこう動き回ったりしなければならないと思いました。ハードルが高いっていうやつです。周りに、感動する話をいっぱい持っているおばあちゃんとかおじいちゃんとか、考えさせられる目にいつもあっているお兄さんやお姉さんがいたら、そんなにハードルは高くもないかもしれませんが、ここで説明するのは、特に周りの人に恵まれていなくても書ける作文の内容にしたいと思います。

 それでは、「自力で作り出せそう」な、ハードルが低いほうだとわたしが思った、楽しい話、おもしろい話についてです。楽しい、も、おもしろい、も、感動させられるとか、考えさせられる、と比べたら、自分の気分や感じ方次第であるような気がします。ただ、「楽しい」のほうは、「おもしろい」と比べると、まだわずかに、外部からの影響を受けやすい気分だとも思えます。

 「楽しい」と「おもしろい」はどう違うのでしょうか? こちらは辞書を引いてもなかなか説明しにくい様子だったので、かなり極端な例を書きます。

 たとえば、あなたが何度苦情を言ってもお母さんがあなたの運動不足について指摘してくるとします。あなたは学校に行った後、塾にも行っていて、宿題にも追われているので、体育の授業以外では運動はしていないとして、あなたよりは時間があって、大人だから自分のやりたいことがよくわかっているお母さんは、ハイキングに行ったりジムに行ったりと精力的だとします。それでお母さんが、自分は運動不足でないことのちょっとした自慢にそえて、「運動不足じゃないの?」としつこく言ってくるとします。あなたが「やめて」と言ってもやめてくれません。世の中ではクリスマスが近付いています。お母さんは、あなたの気持ちを考えないちょっとした自慢をしてきても、べつにあなたが嫌いではないので、クリスマスケーキを買ってきていて冷蔵庫に入れています。同時に、あなたはお母さんから、蚊でもたたくように気軽に何度も運動不足を指摘されることに耐えかねていて、なんとか反論したい、思い知らせたい、抗議をしたいと思います。そのために、何かひどい、お母さんを否定する出来事が欲しいと思って、あなたはクリスマスケーキを床に落として破壊することにします。(※註)

 この時の「あなた」のやりきれない気分について「楽しい」とは説明しにくいですが、おもしろいことに「おもしろい」とは説明できるのです。とても悲しいおもしろさですが、それでも、この状況は「おもしろい」に属するとわたしは思います。

 お母さんは無神経なだけであなたを愛していないわけではないし、あなたにもお母さんを殴ったり怒鳴ったりして言うことをきかせたいという気持ちはありません。むしろ直接的な暴力はさけたいと考えています。そこで思い付いたのが、世の中では幸福感の目印のように扱われているクリスマスケーキの破壊だというのが、回りくどいけれども、どうしても怒っていることを伝えてやりたいというややこしい感情をあらわしていて、おそらくは「おもしろい」のです。クリスマスケーキの破壊も間接的な暴力ではあるのですが、とにかく殴ったり怒ったりはしたくない、でもお母さんはいっこうに思い知ってくれないので、工夫をするわけです。

 このように、「おもしろい」は、単にテレビで見た漫才がおもしろかった、ということから、例にあげたようなちょっとみじめとも言える出来事まで、とても広い範囲を取り扱うことができます。

 

※註:この話は、わたし自身に起こったこと、やったことを、多少脚色しています。8割がたは本当のことです。

 

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