十代を生き延びる 安心な僕らのレジスタンス

第14回 親はいかにして親になり、あなたに愛を伝えたのか

寺子屋ネット福岡の代表として、小学生から高校生まで多くの十代の子供たちと関わってきた鳥羽和久さんの連載第14回。親に感謝するのは当然のこと?

主体性が曖昧(あいまい)なまま育つ子どもたち

最近の親は、自分が子どもに対して何をヤラかしているかということに自覚的な人が増えました。その結果、子どもに一方的に何かを押し付けることを厭(いと)い、世間の価値観を代弁することを注意深く避ける親も増えました。

しかし、これは必ずしも歓迎すべきことではありません。なぜなら、子どもが親を通して親の背後に広がる世間の壁にぶつかる経験は、紛(まぎ)れもなく子どもが社会で生きていくために必要なものですから。世間を代弁しない親というのは、社会の現実を見せないという意味で、子どもに残酷な仕打ちをしていているのにかかわらず、親も子も互いに気遣い合っているために、それに一向に気づかないという状況が多くなりました。

本人の主体性を大切にしたいから、本人が嫌なことはやらせない。それは、本人を守るためには、ときに大切なことでしょう。しかし、何事もバランスが肝心で、いくら大切なことでもそれを徹底しすぎるといろんな弊害(へいがい)が生じます。そうやって育てられた子どもの多くが、本当に苦労しているんです。

なぜ苦労してるって、当たり前なんですよ。だって「主体性を大切にしたい」と言う前に、そもそも子どもの主体性が育っていないんですから。

そんなことを言うなら、その前に親は世間に負けないような別の強烈な価値観に子どもを晒(さら)すべきだったんです。自分だけきれいでいようとせずに、自身のぶざまな生き方を通して、子どもを徹底的に感化すべきだったんです。

それなしに、子どもが嫌がることを徹底的に避けることで偶然的な可能性を奪うなんて、主体性が曖昧なまま育つにきまっているじゃないですか。そんなわけで、中学に入る頃になると、自分がどっちに進めばいいか皆目(かいもく)見当がつかないままに、有り余るエネルギーの行き場をなくして立ち尽(つ)くしている子が、いまたくさんいるのです。

人生の矛盾を隠す親

子どもに好きなことしかやらせない親の多くは、自分の生活の実質を見ようとしていません。自分が日ごろから自己や仕事を呪(のろ)いながら、生活に鬱憤(うっぷん)や不満をため込みながら、それでもそういう否定性こそを活力にして生きているという事実を、見ないで済まそうとしているんです。そういった、もっともありふれた人生の矛盾を、知らず知らずのうちに子どもに隠そうとしているんです。

子どもに矛盾を見せないで、「あなただけは好きに生きていきなさい」と潔癖(けっぺき)に育てようとするのは、親の身勝手さの現れです。そうやって、自分の代理物としての子どもを使って、自分の人生の矛盾を解消しようとしてもうまくいくわけがないし、子どもにとっては壮大な迷惑でしかありません。

理解のある親はあなたの抵抗力を根こそぎ奪う

このように、最近は子どもに対して余計な干渉してはいけないと、親が過度に構えることによる弊害を見ることのほうが多くなりました。「あなたの好きなことをしなさい、あなたの人生なんだから」と子どもに理解を示し続ける「いい親」が増えたことで、かえって問題が複雑になったのです。このような子どもに気を遣う親というのは、あなたにとってかなり厄介な存在です。

なぜかと言えば、理解がある親でありたいという精いっぱいのふるまいの視野の中に、肝心のあなたがいないからです。それなのにあなたは、親は私のことをいつも思ってくれている、大切に尊重してくれていると、親の思いを宝物のように抱え続けます。

でも、そうやってあなたに理解を示し続ける「いい親」こそが、結果的にあなたをいつまでも「いい子」に縛り付けてしまい、あなたの抵抗力を根こそぎ奪ってしまうのです。それは最も優しい子育てのようで最も残酷な子育てなのに、親もあなたもそのことに気づかないのです。

親子関係に限らず、相手を気遣い配慮することは、相手と共に関係を踏みしめることを不可能にします。親は自分が傷つくことがない安全地帯から、子どもを気遣うことを通して自分を守っているだけなので、そんな親の虚偽(きょぎ)にあなたは寂しい思いを募(つの)らせ、傷ついているのですが、あなたはその事実を決して受け入れずに、いい親であると信じ続けることで、自分の傷つきを見ないで済まそうとするのです。

子どもを否定せずに育てたい親

現在、親が子どもに「〜したらダメ」みたいな否定語を使わないように諭(さと)す育児本があちこちで人気です。このような、否定語をポジティブなフレーズに言い換えるリフレーミングがなぜもてはやされるようになったかといえば、親の否定的なコントロールが行き過ぎると、それが子どもの人生を乗っ取ってしまって、ときにめちゃめちゃにしてしまうという反省があるからです。だから、いかに否定することなく子どもを立派に育て上げるかという点に、大きな関心が向かうようになりました。

しかし、少し考えてみればわかることですが、リフレーミングを意識する親は、「私が子どもにこう働きかければ子どもはそうなる」というコントロールの欲望をむき出しにしていますよね。子どもをコントロールしたいからこそ、狡猾(こうかつ)なやり口に惹(ひ)かれるわけです。こんなふうに、良かれと思って動く親というのは、すぐに自分がやっていることの本音がわからなくなります。そして、そのツケはきまって子どもが払うことになってしまうのです。

そもそも私は、親が子どもに否定語を使うことを無理に抑制する必要はないと思います。だって、親でなくて誰が否定に反発することを子どもに教えるんですか。それに、否定語がポジティブに言い換えられるときには、子どもは言い換えられたメッセージと同時に、そのパフォーマンスに含まれる親の作為を読み取るので、結果的に、見当違いの配慮や、詭弁(きべん)、詐術(さじゅつ)を学ぶこともあるでしょう。否定語を直接投げかけられたとき以上に、親の身勝手な欲望に勘づいて反発することもあるでしょう。

あなたはいかにして、あなたになったのか

このように、世の中のほとんどの親は、子どもをコントロールしたいという欲望から逃れることはできません。だからこそ、いくら小手先の技術でそれを回避しようとしても、きまって欲望が回帰してしまいます。

そして、そのコントロールの仕方は、ほんとうにえげつないんです。親は、「あなたが~しなければ、私はあなたのことを愛さない」というふるまいによって、あなたの存在の全てを賭けた愛情を質(しち)に取ることで、あなたをコントロールしながら育ててきたのですから。

そんな中であなたは、親との関係を通して、自分がやりたくないことをやらされたり、逆にやりたいことをダメだと言われる経験を得ることで自我を目覚めさせ、良くも悪くもあなたの価値観の根幹を形成してきたのです。つまり、あなたの主体性の形成には、親があなたに幾重(いくえ)にも畳(たた)み掛ける否定の働きが不可欠だったのです。

この意味において、親から与えられた否定性はあなたにとっての呪いであり、同時に宝でもあります。それによって、ときに存在を危うくされながらも、あなたはあなたになったのですから。あなたは親から与えられた否定性を通して、心の輪郭(りんかく)と存在の襞(ひだ)を手に入れたのです。

あなたが、日ごろ「これはいいけど、これはダメだなー」のように頭の中で何かをジャッジしているとき、その価値判断の端々(はしばし)には、親から与えられた否定性の経験が反映されています。そしてあなたは、自分の中にある幼い頃の感覚を確かめるように、人生の中でそれを何度も反復するのです。

否定性の経験が過酷だった場合には、この反復がその人生を苦渋(くじゅう)に満ちたものにすることがあります。例えば、私は親に十分に愛されなかったという感覚を持っている人は、恋愛を通して、愛に飢えた感覚を何度も繰り返し味わうことになるでしょう。幼い頃の否定の感覚をいつになっても消化できない大人たちは、その感覚を置いておく場所を自分の中に見つけられずに持てあましたままなので、周りの気圧が高くなると容器から漏(も)れ出す液体のように、何かの拍子でそれが傷つきの記憶として呼び覚まされて、溢(あふ)れ出してしまうのです。

親はいかにして、あなたに愛を伝えたのか

このような、親を通した子どもの傷つきのことを書いていると、自己肯定感を親から得られなかった子どもは大変だ……、なんて話を知った顔でし始める人が必ずいます。

ネットでも「自己肯定感は親からのギフト」みたいなツイートが定期的にバズりますから、言葉尻だけでも肯定しようと試みる親が多いのですが、肯定するってそういうのじゃなくて、今日は凧(たこ)が風にのってよく飛んだなぁみたいな、やってみないとわからないことなんです。やってみないとわからないけど、飛んだらいいなあと思うことなら誰でもできる。その可能性そのものが、真に肯定的なことなんです。

「自己肯定感」なんてものは存在しません。なぜなら、人は自分ひとりで自分を肯定することなんてできないからです。むしろ、自分だけではどうしようもないということを潔(いさぎよ)く受け止めて、世界に身を開いてみることからしか何も始まらないのです。そして、そうでなければ、人生の面白みなんてどこにあるのでしょう。

あなたは、親に愛されたから愛を知っただけではなく、親があなたをうまく愛せなかったからこそ、愛の深さを知りました。愛を渇望(かつぼう)し、それに触れてみるということを覚えました。そこに、あなたの人生の秘密があります。

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