苦手から始める作文教室

第18回 作文に資格なんていらない

良い作文ってどんなもの?②

前回の「子どもがクリスマスケーキを破壊する」作文は、なぜおもしろいと感じるのでしょうか。その謎をひもときつつ、おもしろい作文=良い作文と書き手の関係を考えます。

 前回は、「お母さんにしょうもない小言を言われ続けている子供が、怒ってクリスマスケーキを破壊する」というけっこう極端な事例について、「おもしろい」と言い切る、という大人の人が年少の人に読ませたくないようなことを書きました。「とても悲しいおもしろさですが」とわたしは書きました。そして、「ちょっとみじめとも言える出来事」とも書きました。悲しくてみじめだけど、おもしろくもあるとわたしが感じるのはなぜなのでしょうか。

 出来事についての細かい説明や受け取り方の例については前回書きましたが、もう少し大きな視点から考えてみると、実感があることだからおもしろいと感じるのだと思います。悲しくてみじめで、ばかみたいな話だけど、しょうもない小言や小自慢を言い続けるお母さんはよくいるでしょうし、お母さんを絶対に殴ったりはしないけれども思い知らせたい子供もよくいるでしょう。ちょっと乱暴かもしれませんが、「実感がある」は「あるある」と言い換えてもいいかもしれません。クリスマスケーキを実際に破壊してしまう子供はあまりいないかもしれませんが、「クリスマスケーキを壊してやりたいぐらいお母さんの小言がむかつく」ことは、あるあるなのではないでしょうか。まとめると、悲しくてみじめでばかな出来事でも、「あるある」ならおもしろい、ということになります。

 「あるある」の便利なところは、実際に体験しなくても、人の話をよく聞いたり、人や人々を観察することで集められることです。わたしはいっとき、小説を書く仕事のために、日本のいろんなサッカーをやっているスタジアムに行って、お客さんたちの話を聞いたり、お客さんたちの様子をただ見たりするのをやっていたことがあります。「あるある」で言うと、「スタジアムあるある」を見聞きしていたのです。勝負をやっている場所、それも継続的なリーグやトーナメントの試合を開催している場所には、いろんな人のいろんな感情があふれていてとてもおもしろいものです。どの人も、べつにウケようとはしていないのに、おもしろい話をしてくださいましたし、誰にも見られようとしていないのにおもしろい行動をしていました。

 要するに「ありのまま」でした。「ありのまま」とは本当のことです。意外かもしれませんが、本当のことはおもしろいのです。でもつまらない本当があるのも確かだし、言い切ってしまうのは少しこじつけっぽいようにも思いましたので言い換えます。本当のことは、おもしろい話になる可能性をたくさん持っています。

 どうやって本当のことをおもしろい話にするのでしょうか? いろんなやり方があると思いますが、最初に思いつくのは「細部がわかること」です。ある程度でかまいません。クリスマスケーキの破壊の話で言うと、「クリスマスケーキ」が判明している程度からでよいと思います。「おやつ」「食べ物」よりは、「クリスマスケーキ」の方がよいです。もったいないですし、悲しい感じがします。あとは「お母さんの小言の内容」、そしてどのように「小言を言われている子供が、その内容を果たすことが難しいか」です。

 細部をわかるようにするためには、よく見てよく聞くことです。それだけです。誰にでもできます。対象は、現実の出来事や風景や生活の中で起こることが望ましいですが、テレビでも映画でも動画でもかまいません。いろんなことをよく見てよく聞いているうちに、自分自身が何に関心を持っているかもわかってきます。自分は芸能人の誰と誰が付き合っているとか結婚したということには関心がないかもしれませんが、電車の窓から見えるよその街の風景には興味があるかもしれません。高架下のにぎやかな通りには関心がないかもしれませんが、YouTubeのゲーム実況者がゾンビには負けないけどカラスは苦手だということはずっと考えていられるかもしれません。「細部がわかること」は、何かを注意して見聞きすることを繰り返して、少しずつレベルアップしていくものだと思います。

 では、見聞きするだけで作文はうまくなるのかというとそうでもありません。けれども、自分が関心のあるもの、おもしろいと思うものを見たり聞いたりするうちに、文章を書きたい、という気持ちが起こって、文章を書いていたら作文がうまくなるということはあると思います。それに「うまい」からおもしろいのでもありません。逆に言うと、うまくなくてもおもしろい作文はあります。

 さらに言うと、おもしろい出来事やおもしろい内容が書かれているから、それはおもしろい作文なのだ、ということでもなかったりします。言い換えると、おもしろい出来事が書かれていなければ、おもしろい作文ではないのだ、ということはありません。もちろん、万人が見ておもしろい出来事、めずらしい出来事などが書かれている作文はおもしろいですけれども、最初からそれを目指す必要はありません。その人自身が、なんとなく楽しいな、とか、なんとなく興味があるな、という物事をよく見てよく聞き、文章に書いてみるところから始めれば良いと思います。

 おもしろいことってどうやって探すの? という疑問もあると思いますが、おもしろいことは、まず探しに行くというよりは、やっぱり生活をしている中で関心を持ったことをよく見て、よく聞いて見つけることから始めたらよいと思います。自分の周りの物事をよく見て、よく聞いて、それから、自分はグリーンランドにとても興味がある、と思うようになったら、いつか行って、そこでもよく見てよく聞けばいいのです。おもしろいことは、お金を払ったら見つかるものでもありません。お金を払ったらおもしろい映画は見られますし、それも見聞きして楽しんだらいいと思いますが、身の回りの「おもしろい」はタダです。

 おもしろいことを見つけることに資格はいりません。もっと言うと、文章を書くことに資格はいりません。うまい必要も、書く人自身がべつに望んでいないのならありません。おもしろいなあ、と思うことをただ書けば、それはまずその人にとっておもしろい作文になり、そのことはとても価値があることなのです。