もしも家を建てるなら

第十二回 30代の家、60代の家、老後の家
住まいは一生に一度の買い物か?[スタイルはかわる②]

人生百年時代です。《「終の住処問題」は、今後ますます避けては通れない課題となる。これからの老後はたっぷり30年。否応なく延長される一世代分の年月をどこでどのように過ごすのがよいか》(連載本文より)。その解答はさまざまでしょうが、たとえば次のようなライフプランはいかがでしょうか。

長生きすると困ること

 日本人の平均寿命は戦後一貫して延びつづけている。これを慶事と捉えている人は、私の周りにはほとんどいない。

 私事で恐縮だが、40代も終盤になると身体のあちこちに不具合が出てくる。数年前から慢性の関節炎を患い手足がずうっと痛い。思うように動かない指もある。死ぬまでこの状態が続くのかと思うとそこそこ憂鬱になる。友人知人も似たような状態で、「あちこち具合が悪いまま長生きするのもなんだかねぇ」と会うたびにため息をついている。

 寿命が延びれば心配事も増える。住宅の心配事ももちろんあって、長生きをすればするほど「はて、私はこの先どこでどのように暮らせばよいのだろうか」と考えるようになる。

 かつてのように60歳で定年、孫と遊んだりしながら70代で他界という時代なら、どこでどう暮らすかなんて考えなくてもよかった。サラリーマン時代の30代に建てた家に、70代までずっと住んでいればよかったのである。

 ところが、人生百年時代が現実のものとなりつつある今、30代で建てた家にいつまでも暮らしていられる保証はない。30代で建てた家に100歳まで住み続けたら築60~70年。ちょっとした古民家の域だ。外壁、屋根、水廻り、設備機器などは定期的な修繕・交換が必要で、それも一度や二度では済まない。いや修繕・交換は必要に応じて粛々と行えばいいだろう。問題は、30代で建てた家にずっと住み続けていると、家はしだいに自分の身体と歩調が合わなくなってくるということだ。

 若い頃に建てる家は、すべてが元気ハツラツな人向けにつくられる。たとえば階段。現在40代の私ですら、手足の関節に不具合が出てくると階段の上り下りがきつい。できることなら高低差のない家で暮らしたいと思う。それから庭。若い頃は週末の庭いじりも楽しいものだが、歳を取れば取るほどその気力は失われる。しだいに草むしりも億劫になり、自慢の庭はいつしか雑草が伸び放題の野っ原に変わる。

 在宅医療の問題もある。昭和の昔、まだ高齢者の人口が少なく国の医療費に余裕があった時代は、ちょっと具合が悪くなっただけですぐさま入院の許可がおりた。病院を家代わりに使えたのである。しかし、国をあげて医療費削減の方向に舵を切ったいま、病院はほとんど当てにならなくなった。今後は自宅(あるいは施設)で医療・介護を受けるスタイルが確実に増える。そのとき、元気な人向けにつくられた家は在宅医療の現場としては不適格だ。家族の介護を受けるにせよ、外部からヘルパーの助けを借りるにせよ、ベッドは絶対1階にあったほうがいい。水まわりはできるだけ近いほうがいい。車椅子を常用するならそれ相応のスペースが必要になる。高齢者には高齢者が暮らしやすい住まいというものが確実にあるのだ。

 

リフォームでもなくマンションでもなく

 老後に備えた住まいのあり方については、すでに市民権を得ている考え方がいくつかある。

 ひとつは現在の住まいに大々的なリフォームを施すパターンである。子供が進学や就職で家を出ていったタイミングで大規模なリフォームを行う。ここで高齢者仕様の住まいに刷新できていれば、のちの何十年を安心して過ごせる。

 あるいは、いま住んでいる家を貸したり売ったりしてマンションに引っ越すという手もある。階段もなく庭もないマンションは高齢者にとってはある種の理想郷だ。実際、私の知り合いには定年前後のタイミングでマンションに引っ越した夫婦がたくさんいる。

 ただし、戸建てからマンションに引っ越すという方法が採れる人は、マンションの供給数が多く戸建ての賃貸や売却が容易な地域に住む人に限られる。田舎のほうではあまり現実的な選択肢とはいえない。

「ならば、こんな方法はどうでしょうか?」

 神奈川県小田原市在住の建築家・湯山重行さんが、こんなタイトルの書籍を上梓して老後の住まい・第三の方法を世に問うたのは2016年のことである。

『60歳で家を建てる』(毎日新聞出版)。

 ひとことで言えば、いま住んでいる家を思い切って取り壊し、あらためて新しい家に建て替えませんかという提案である。ポイントは60歳という年齢。そして、新しい住まいに「小ぶりな平屋」を提案しているところにある。湯山さんの試算によれば、夫婦二人が暮らす平屋であれば建築費は1000万円台中盤から可能だという(2022年現在)。もちろん既存家屋の解体も必要になるが、その費用などを含めてもおよそ2000万円台前半でプロジェクトは実現する。

「でも、60歳で家を建て替えられるほどお金に余裕のある世帯って、いまの時代だんだん少なくなっていませんか?」

 そろそろ熱燗が恋しくなる11月下旬、西荻窪駅前の騒がしい居酒屋で私は湯山さんに率直な疑問をぶつけた。すると湯山さんは今の60歳前後のリアルな懐事情をわざと声をひそめてこのように明かした。

「それはたしかにそうなんですが、いまの60代には親の遺産を相続して急に裕福になった方が一定数いるのも事実です。みなさんあまり大きな声ではおっしゃいませんが、遺産をそのまま建て替え費用に充てられることはよくあります」

 60歳でもう一度家を建てようと呼びかけたこの本は、湯山さん本人も驚くほど一部に大きな反響を巻き起こした。同書の出版を機に企画された家づくりセミナーに、60歳前後の人たちが大挙して押しかけたのである。

 セミナーを企画したのは某全国紙が運営する住宅展示場のイベント担当者だった。当初は一会場だけの予定でスタートしたが、セミナーの予約が始まると会場はすぐに満席になった。気をよくして他の会場まで広げるとこちらも即満席に。久々の大ヒット企画に昂ぶる担当者にうながされ、湯山さんは全国にある系列の住宅展示場を北から南まで回ることになった。60歳以降の暮らし方に何らかの指針を求める人が、それだけたくさんいたということである。

 

ある独身女性の決断

 湯山さんのセミナーがきっかけとなり、本当に平屋に建て替えた女性を紹介したい。

 歳は60代前半。独身。実家暮らし。大手金融機関をリタイヤし、現在は関連会社で経理の仕事を任されている。実家といっても両親はすでに他界していて、ここ数年はひとり暮らしの状態がつづいていた。2階建ての戸建ては築50年。ひとりで住むようになって以来、毎年どこかに不具合が生じていた。

 この家をどうするべきか、彼女はずっと悩んでいたという。友人たちに相談すると、みな判で押したように同じアドバイスをしたらしい。

「歳を取ったら便利な駅近のマンションに引っ越すのがいちばんよ。いま住んでいる家を土地ごと売ればワンルームマンションくらいポンっと買えるでしょ?」

 場所は東京の郊外である。敷地は60坪もあるので売れば相当な額になる。彼女はさっそく近所に点在するモデルルームを見て回った。だが、目につくのはマンションの嫌なところばかりだった。どの部屋も南北に長い同じような間取り、風通しは悪く日当たりも限定的。お隣さんはどういう人になるのだろう、隣近所との関係も気になった。食指はさっぱり動かなかった。

 そんなある日、帰宅途中の住宅展示場に掲示された「60歳で家を建てるセミナー」の案内に釘づけになった。彼女が湯山さんにわが家の建て替えを依頼したのは、その3カ月後である。

 湯山さんは、60歳で建てる平屋に「60(ロクマル)ハウス」という名の標準仕様を設けている。間取りは田の字形が基本。屋根はシンプルな切妻屋根。南面には日当たりや風通しをよくする広いテラスがある。耐震性、断熱性はむろん最新の基準だ。彼女の新居はほぼ標準仕様に沿ったかたちで計画された。

 古びた実家とはきれいさっぱりお別れして、ひとり暮らし用の小ぶりな平屋が建った。60坪もあった敷地は建物を北側に寄せたことで南側に広い庭が取れた。そこには一面芝生を敷いた。一部は土のまま残して家庭菜園のスペースに。なんとなく、戦後の米軍ハウスを思わせるハイカラな一軒家である。

60代前半の女性が建てた「60ハウス」。ひとり暮らしサイズの小ぶりな平屋に広い庭という組み合わせになった。住宅でありながらカフェやショップを思わせる垢抜けた雰囲気(設計:湯山重行)

 

新しい家がもたらす新築以上の喜び

 彼女の建て替えストーリーは後日談も面白い。竣工からしばらく経ったある日のこと、外構の打ち合わせのため真新しい平屋を訪ねた湯山さんは、彼女からこんな報告を受けることになった。