もしも家を建てるなら

第十二回 30代の家、60代の家、老後の家
住まいは一生に一度の買い物か?[スタイルはかわる②]

人生百年時代です。《「終の住処問題」は、今後ますます避けては通れない課題となる。これからの老後はたっぷり30年。否応なく延長される一世代分の年月をどこでどのように過ごすのがよいか》(連載本文より)。その解答はさまざまでしょうが、たとえば次のようなライフプランはいかがでしょうか。

「この家が完成してすぐのことでした。久しぶりに町内会の集まりに顔を出したら、会長さんが私のところへ飛んできたんです。なにごとかと思ったら、『いやぁ、〇〇さんのおかげでこのあたりの街並みがすっかり垢抜けましたよ』ですって。家を建て替えただけなのに街並みが垢抜けただなんて、ずいぶん大げさな言い方でしょう? そう思っていたら今度は、ふだんそんなにお付き合いのない奥さま方が近づいてきてこう言うんです。『じつは私たちも、建て替えの最中から〇〇さんの家がとても気になっていたんです。もしよければ今度お宅におじゃまさせてもらえないでしょうか』って。あ、そうそう、最近は庭の芝生に水を撒いていると、家の前を通りかかる人に声をかけられることがとても増えました。『ここは何かのお店なんですか?』って。まさかこんなことになろうとは夢にも思いませんでしたよ」

 彼女は顔を上気させながら、建て替えを機に起きた身の回りの変化を終始嬉しそうに話してくれたという。湯山さんも嬉しそうに、私に一部始終を話してくれた。

「結局、築50年の古家に住んでいるうちは、彼女はたんなる初老の女性なんです。それが瀟洒な平屋に建て替えた途端、街中の注目を集めて趣味の良いマダムのように扱われる。それって60歳を過ぎた人にはこの上ない喜びなんだと思いますよ。とくに会社勤めの方は定年後に自分の居場所をなくす人が多いじゃないですか。そんなとき、地域のなかの自分という立ち位置が再確認できると、人はそれだけで毎日を張り合いをもって生きていけるようになるみたいです」

 

人生百年時代の三部構成

 もうひとつ、これからの時代のプロトタイプになりそうなケースを紹介したい。

 こちらは40代、都内の戸建てにご主人と息子さんの3人で暮らす奥さまである。彼女のお父さんは80代で数年前から認知症を患っている。70代のお母さんはリウマチでもう何年も足腰が悪い。そんな両親が住む築40年の2階建てを、介護サービスを受け入れやすい高齢者用の平屋に建て替えられないか、というのが彼女から湯山さんへの相談だった。

 家は横浜市の西部にあった。長年日当たりの悪い2階の奥で寝起きしている両親も、明るく風通しの良い平屋に引っ越せば多少は具合が良くなるかもしれない。平屋への建て替えには、彼女のそんな期待も込められていた。

 ただこの相談には、もうひとつ大きな目的があった。彼女は両親が移り住む予定の新しい平屋に、いまから約20年後、今度は自分たち夫婦が移り住もうと考えていたのである。いま住んでいる都内の3階建ては子供に譲り、自分たち夫婦は郊外の平屋に引っ込む。そうすれば、来るべき60代以降の人生を高齢者仕様の平屋でラクに暮らせる。そういう算段だった。最初の建て替え費用は両親が全額出すとすでに話がついている。自分たち夫婦に必要なのは約20年後のリフォーム費用のみ。金銭的にもリーズナブルな住み替え計画である。

 住まいをめぐる彼女の人生設計は、30年ごとに分割するととてもクリアになる。30歳までは「実家&ひとり暮らし」、60歳までは「夫婦で建てた3階建てで主に子育て」、60歳以降は「両親が建て替えた平屋で長い老後を楽しむ」。人生百年時代を見据えた、じつにシンプルで明解なライフプランといえた。

 

一生のうちに2度家を建てる方法

 かつて、一戸建ての購入は「一生に一度の大きな買い物」と呼ばれていた(いまでもそうかもしれない)。だから住宅を売る側は、「良い材料を使って良い家を建てましょう」と住宅の質的向上と販売価格の向上を同時に目指した。買う側も、「一生に一度のことなのだから」と良い家を奮発する決断に迷いがなかった。

 ところがこれからの時代は、60歳前後でもう一度住まいの決断を迫られる。いま住んでいる家に大規模なリフォームを施すのか、マンションに引っ越すのか、小さな平屋に建て替えるのか――いずれにしろここで再びお金が動く。これからの若い世代にとって一戸建ては、一生に一度の大きな買い物では済まないということだ。「一生に2度」と覚悟しておくくらいがちょうどいいように思う。

「でも、一生のうちに2度も家を建てるなんてなかなかできることではありませんよ。わが家は退職金も親の遺産もそんなになさそうだし……」

 そう訝しがる人が多いのではないか。

 そんな反応を見越していたわけでもないだろうが、『60歳で家を建てる』が出版される4年前、湯山さんは預言的にこんな本も出版している。

『500万円で家を建てる!』(飛鳥新社・2012年)。

 当時40代半ばの湯山さんが、自身2軒目となる自邸を破格のローコストで建てた実体験を綴った体験記である。さすがにいま、500万円という金額で建てるのはかなり厳しい(建材費も人件費も消費税率も上がっているので)。それでも湯山さんは、家族4人が暮らす同程度の住宅なら1300万円もあれば十分建てられると断言している。

湯山さんが考案したローコスト規格住宅「TOFUハウス」。豆腐のように凸凹を廃した真四角な形状で建築費を極力抑えている(この住宅はオプション満載で1900万円)。広さも設備も充実していて4~5人家族が過不足なく住める(設計:湯山重行)

 これが「一生のうちに2度も家を建てるなんて……」に対するひとつの答えだ。

『500万円で家を建てる!』が出版されて1年くらい経ったある日のこと、私は湯山さんの事務所でこんなやり取りをしたシーンをいまでもありありと思い出せる。

「『500万円で家を建てる!』ってずいぶんセンセーショナルなタイトルだと思うのですが、こういう本を読んで家づくりの相談に来られる方って、いったいどういう方です?」

 500万円という現実離れした金額を端緒に、何か面白いエピソードが引き出せるのではないかと思い聞いてみたところ、案に相違して湯山さんの答えはじつに示唆に富むものだった。

「当初は500万円という金額に反応して、バーゲンセールに殺到するおばちゃんみたいな人たちが押し寄せてくるかと思っていたんです。でも、ふたを開けてみると、いらっしゃるのはみな聡明な方ばかりでした。とくに凛とした女性のお客さまが多かったですね。お母さんと娘さんが2人で暮らすための新居をつくりたいと相談に来られたりとか。どうしてこの本に興味を持たれたのですかとうかがうと、みなさん似たようなことをおっしゃいました。『これからの長い人生を俯瞰して見ると、住宅にお金をかけ過ぎると経済的なバランスが悪くなると思ったんです。本当に500万円くらいで家が建てられるのなら人生設計の幅も広がるだろうし、歳を取ってからやりたいことが出てきても躊躇なく踏み出せる余裕ができるだろうと考えまして……』。経済的に困窮しているので安い家を建てたいという方はひとりもいらっしゃらなかったのが意外でした」

 長生きには良いこともあれば悪いこともある。

 ひと昔前ならぎりぎり切り抜けられた「終の住処問題」は、今後ますます避けては通れない課題となる。これからの老後はたっぷり30年。否応なく延長される一世代分の年月をどこでどのように過ごすのがよいか。聡明な方でなくても入念なシミュレーションが必須の時代に入っている。