苦手から始める作文教室

第20回 本はずっとそこにいるだけ

本連載もいよいよ最終回。前回に続き、書くことにつながる読書について考えます。友達にもいろいろいますが、「本」がもし友達だとしたら、どんな存在でしょう。

 でも、いくら本は友達なんだ、みたいなきれいごとを言っても、「漫画の方が絵がついてるからいいし、動画はさらに動くんだから。それと比べて本はだいたい字ばかりで不親切だ」と反論されたら、そうかもしれませんね、とわりあいあっさりわたしは思います。お話がある上で、絵がついていて、しかも動いたりすることはとても親切だし、絵や動きそのものに魅力がある漫画や動画と比べたら、文章ばかりの本なんて本当に貧相なものだと思えるかもしれませんね。

 ただ、文章には、文章だけ読んでいたらよい、というラクさがあります。ラク? と思われるかもしれませんが、絵を見て、音を聞いて、動きを感じて、と少しの間にたくさんの情報を処理しなければならない漫画や動画と比べると、文章には字しかありません。正確に言うと、字とそれによって呼び起こされる頭の中のイメージしかありません。文章は、自分のペースで字を読んで、どういうことか自分なりに考えて、わかったにしろわからないにしろ、自分のペースで前に進む、ということが簡単にできます。

 「頭の中のイメージを呼び起こすこと」と「どういうことか自分なりに考えること」は、めんどうなようで向いている人は向いています。たとえば、物語の登場人物の〈Aさん〉を思い浮かべる時に、その人がどんな顔をしているのか、ということについて、〈Aさん〉の顔があらかじめ決まっていて作画されたり俳優さんが演じているのが漫画や動画で、反対に、決まっていなくて読む人の数だけあるのが文章です。たまに、主人公や登場人物の見た目が表紙やカラーページで出ている作品もありますが、やはりやることなすことが絵になっているわけではなく、想像の余地があります。また、想像すること自体にも、「主人公の顔に特に興味はないから想像しない」という選択肢があります。決まっていない、自由な部分が多いわけです。

 また友達の話をしますけれども、本を読むこと、文章を読むことは、友達の話を聞くことにも似ていると思います。友達は、ある出来事の話をする時に、当たり前ですがその登場人物や場所を再現することはせず、友達自身の口から出来事について話します。この場所で起こった、とか、この人がそう言ってた、とか、画像や動画を見せてくれることもあるかもしれませんが、出来事そのものを録画して見せてくるというよりは、やはり大部分は友達自身が語るものだと思います。なので読書は、やっぱりというほどではないかもしれませんが、どこか友達の話を聞くことに似ているのです。そしてもしかしたら、ラジオを聴くことにも似ているかもしれませんね。テレビを観るよりラジオを聴く方が好きという人は、これだけ動画で物事を語ることが普通になってきた今でも一定数います。ラジオの良さの一つは、ただ話を聞いていればいい親密さがあると思います。文章にも、ただ読んでいればいい親密さがあるとわたしは思います。

 わたし自身が、すごく小さい頃に友達に恵まれているわけではなかったため、友達という糸口から読書について話していますが、友達に恵まれないことを始め、親に恵まれないこと、先生に恵まれないこと、環境に恵まれないことは、残念ながらいくらでもあります。人間関係は、運の要素が強いものです。だからこそ、その揺らぎを自分の意志である程度安定させる力がある大人の人たちは頑張るべきなのですが、同年代の、同じように子供である友達に「わたしのいい友達になるためにがんばってよ」とは簡単に言えないと思います。

 人間関係は選ぶことが難しくても、本を読むということは選ぶことができます。読む本も選ぶことができます。たとえ携帯の通信量が今月はもう残り少なくても、本は図書館に行ったら読めます。本が読者に紹介してくれる人々やものの考え方は、とても多様です。読者はその中から、登場人物の誰かや、著者の誰かを選んで、自分の友達にすることができますし、べつにそうなりたくもないのに周囲が押しつけてくる「こうなりなさい」とか「こうじゃないと遊んであげない」といった誰かじゃない人間になることを助けてくれます。

 もちろん、ほかの漫画とか動画とか映画とか音楽も、同じような役割を果たしてくれます。ただ、本がすぐれているのは、ものすごく長い歴史があることや、あらゆる娯楽の中でもっとも低いコストで書ける(作れる)ため、多様性と蓄積があることです。また、いろんな時代を経て生き残ってきているため、単純に著者も登場人物も「いろんな人がいる」のです。なので本は、「誰にでも好かれる人気者」というより、「自分にぴったり合う誰か」がいる可能性を秘めています。

 反対に、本は読む人を選んだりはしません。「読むのをやめてよ」と本が言うことはありません。そして、書かれていることに返信しなくても、落ち込んだり悲しんだり怒ったりもしません。また、感想文という形で返信のようなことをするのも自由です。本はずっとそこにあって、読む人を置いていったりはしません。本は急かさずに待ってくれます。

 なので興味を持たれたら、いつか本を読んでみてください。

 

 

※本連載はまとめて、2022年夏頃単行本として刊行の予定です。詳細が正式に決まり次第、こちらでもお知らせをいたします。

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